865 スオナとお店
「……クウ。ひとつ、いいかな?」
「うん。なぁに、スオナ」
「実は試してみたいことがあって、協力してほしいんだ」
今日は休日で雨。
お店のカウンターで、私とスオナは並んで座っていた。
さっきまではアンジェがいたけど、魔力の制御に失敗して浮遊の時間もおわったので入れ替わった。
アンジェは今、ヒオリさんと奥の工房だ。
「うん。いいよー。なにするの?」
「まずは念のため、カウンターに桶を置かせてもらってもいいかな?」
「いいよー」
お客さんもいないし。
スオナが奥の工房から桶を持ってきて置いた。
その上に、魔法で水球を作る。
ふわふわと浮かんで、ぷよぷよとして、なんだか可愛らしい。
「実はひとつ、面白いことを思いついたんだ。この水球に『心核』を入れてみてもらってもいいかな?」
「それって、ゴーレムにしてみたいってこと?」
「うん。そうなんだけど……。お願いできるかな?」
「いいよー。面白そうだし、やってみようかー」
というわけで、アイテム欄から『心核』を取り出した。
「クリエイト・ゴーレム」
魔法を唱えて、水球の中に入れてみる。
すると……。
『心核』を受け入れた水球が、ピカッと光って――。
ぽよん。
と、弾んで、桶の中に落ちた。
ふむ。
「跳ねてみて」
試しに命令してみると――。
おお!
水球が跳ねた!
これは、まさにスライム!
「すごい……。できるかなとは思ったけど、できてしまったね……」
「スオナも命令してみたら?」
「あ、ああ……。そうだね……。では……」
スオナがおそるおそる言った。
「君、挨拶はできるかい? こんにちは、と言ってごらん」
スライムは、ぷるぷると震えて……。
あ。
シャボン玉みたいに弾けて、水に戻ってしまった。
「駄目かぁ。残念」
「ねえ、スオナ。さすがにスライムにしゃべれっていうのは無理じゃない?」
「……言われてみれば、そうだね。ファーが普通にしゃべるものだから、つい挨拶から始めようと思ってしまったよ」
「あはは」
この後はいろいろと試した。
まずは形状。
これについては、スライムや蛇のような形しか無理だった。
犬や鳥や昆虫のような形でも『心核』を埋め込むことはできるけど、1分も維持できずに崩れてしまった。
行動については、移動と跳ねることはできた。
あとは無理だった。
触手のように水を伸ばしてものをつかんだりできないかなと思ったけど、触手を伸ばしたところで崩れてしまった。
あと、スライムらしく、ものを食べて消化することもできなかった。
紙を食べさせようとしただけで、崩れてしまった。
「実用性は低いかぁ」
スオナが落胆して肩を落とす。
「挨拶代わりにプルプルさせるのは可愛かったよー。愛玩用にはいいかも」
「愛玩用かぁ」
「なんにしても、水でもゴーレム化できることがわかっただけすごいよー」
私はやろうとも思わなかった。
大発見だ。
「ちなみにこれ、クウが水球から作ったとしたら、どうなるんだろうね」
試してみた。
まず、触手を伸ばすことはできた。
ただ、触手にはあまり力がなくて、重いものは持てなかった。
複雑な形を維持することもできた。
ただ、翼をはためかせて、空を飛ぶとかは無理だった。
ものを吸収しての消化もできなかった。
まあ、うん。
結論的には微妙でした。
ここで雨の中、お客さんが来てくれたので、桶は片付けた。
お客さんが帰った後は雑談する。
「そういえばスオナって、ディレーナさんの紹介した人とパーティーを組んで野外研修に出るんだよね?」
「ああ。そういうことになったよ」
「もしかして、ガイドル?」
「いや。彼は普通科だし、文官志望だから野外研修には出ないよ。組むのは中央貴族の騎士科の人たちだね」
ガイドルは、アロド公爵がスオナの婚約相手に選んだ青年だ。
ただ、その話はすでに解消されている。
「ガイドルとって、今でも会ったりしてるの?」
ガイドルの近況を知っているようだし。
「たまにね。僕達は、ディレーナ様のお世話になっている者同士だから、どうしても顔は合わせるよ」
「大丈夫? 辛くない?」
ガイドルは、スオナにとって、過去のトラウマを思い出させる相手だ。
スオナを虐待してきた兄と外見が似ているからだ。
だからこそ、婚約話は消えた。
「最初は緊張したものだけどね。なんだか慣れてきたよ」
「そかー」
「それに――さ。彼は僕の兄だった訳では無い。完全な別人だよね」
「まあ、それはね……」
「彼は、僕の兄だった人間とは真逆の、静かで落ち着いた人だしね。先日もアロド公爵邸でランチをお呼ばれした時、少しだけど会話をしたよ」
「そかー」
「くく」
スオナが小さく笑った。
「どうしたの?」
「いや――。クウのそかーには、いろいろな色があるんだね」
「そかー」
「くくく! あははは! いやごめん、バカにしている訳ではないんだ。だけどなんだか気づいたら面白くて」
「いいよー。面白いならいくらでも言ってあげるよー」
この後しばらく、そかーを連発した。
スオナは本気でツボに入ったようだ。
うん。
スオナもすっかり元気だ。
心配していた人間関係も、良い方向に向かっているのかな。
ディレーナさんには感謝だね。
私は嬉しく思いつつ――。
目の前で笑い続ける、長い黒髪の友人を眺めるのだった。




