863 視察
「もー。酷いですよ、お兄さま! よりにもよって、私のことをク・ウチャンの愛弟子とか言うなんて!」
「はははっ! すまんすまん、つい、な」
「もー! ホントに! 変な話が広まって、私が平和に暮らせなくなったら、どうしてくれるんですかー!」
オダウェル商会を出て、次の現場へ馬車で向かう道中、私は怒った。
こんにちは、クウちゃんさまです。
はい、うん。
だって私は、ク・ウチャンでもセンセイでもないのだ。
ただのかしこい精霊さんなのだ。
可愛いだけが取り柄の子なのだ。
変な設定を追加されるのは、とても迷惑なのだ。
愛弟子とか。
ちょっとカッコいいけど。
「安心しておけばいいさ、クウちゃん。その時には、ちゃんとカイストが責任を取ってくれるさ」
「おっ! いいね、それ!」
「そうですね」
ウェイスさんの言葉に、ブレンダさんとメイヴィスさんがうなずく。
「……ならいいですけど」
まあ、うん。
ちゃんと責任を取って噂を消してくれるのなら、問題はない。
「お。いいってよ、カイスト」
「それなら、噂を広めねーとだな!」
「そうですね」
「ちょっとー、やめてくださいよー。なんですかー、その嫌がらせはー。噂を消すためにバラまくって、意味がわかりませんよー」
私が文句を言うと、何故か笑われた。
「俺も遊び心が過ぎた。次からは気をつけるから許してくれ」
「……まあ、いいですけど。ていうか、お兄さまに遊び心なんてあるんですね」
「おまえは俺を何だと思っている?」
「何だというか、皇太子ですよね?」
「そうだな」
「なら、遊び心なんてない感じゃないですか?」
「どうしてそうなる?」
「だって、お偉い様ですよね?」
うん。
「ちなみにクウ、おまえは精霊の第何位だったかな?」
「第一位ですけど?」
それがなにか?
「ほほう。なるほど、な」
「もー。なんですかー」
意味ありげにー。
ここでまた、メイヴィスさんたちが笑った。
ふむ。
よくわからないけど、面白かったようだ。
「やりましたね、お兄さま」
「何がだ?」
「ウケてますよ。どうやら私たちの大勝利のようです」
「なあ、クウ。真面目に言ってもいいか?」
「はい。どうぞ」
「俺はたまに、おまえのその前向きな思考を心から羨ましいと思うぞ」
「いやー。あははー」
真顔で称賛されると、さすがに照れますよ。
「ところでそういえば、今日はお姉さまがいないんですね?」
気を取り直して私はたずねた。
「アリーシャなら、今日もハンバーガーの研究と言っていたが」
「あー」
そかー。
「なあ、クウ」
「はい」
「大丈夫なのだろうな?」
「何がですか?」
「アリーシャのことだ」
「私に聞かれても」
困るというものだ。
「では、おまえ以外に誰に聞けばいい?」
「聞かない方がいいと思いますよ。そういうのは本人たちの問題ですし」
おすし。
「あ、おすしと言えばっ!」
「いきなりどうした、クウ」
「さっきの海苔巻き、まだありますけど食べますか?」
「ぜひいただこう。正直、美味だった」
ウェイスさんたちもほしがったので、みんなで食べることにした。
私はお腹が空いていたのだ。
ぱくぱく。
ごちそうさまでした。
「いやー、うまかった! 聖国料理もいいもんだなー!」
ブレンダさんが上機嫌に言った。
「ノリマキは、聖国のどんなお店で売っているのですか?」
メイヴィスさんが聞いてくる。
「今の海苔巻きは、売り物ではないですよー。全部、ユイがお土産に作ってくれたものなんですよー」
「ユイとは、聖女ユイリア様のことですよね?」
「はい」
「それは……。すごいものを気楽に食べてしまいましたね……」
「信者に売れば家が建ったな」
ウェイスさんが笑う。
「売らないでくださいね?」
「残念だが、もう俺達の腹の中だな」
「たしかに」
なら、いいか。
この後は、バーガー大会の会場となる場所を見学した。
闘技場だ。
闘技場にはすでに、「最強バーガー決定戦」の横断幕が張られて、前売り券の販売も行われていた。
参加選手を紹介する特設のパネルもあった。
参加者4人のプロフィールが、思いっきり美化された肖像画と共に、それぞれに書かれている。
料理の賢人たるハラデル男爵。
サンネイラの次期当主たるトルイドさん。
大宮殿料理長のバンザさん。
推薦枠のシャルさん。
多くの人が、そのパネルを見ていた。
いったい誰が勝つのか、賭けの対象にもなっているようだ。
そんな様子を馬車の中から見つつ、私たちは貴族用のロータリーに到着した。
馬車から外に出ると――。
貴族の男性が、すぐにやってきた。
「おお! 殿下! これは奇遇ですな!」
「ビスク男爵か。本当に奇遇か?」
彼もまた、お兄さまとは顔見知りの様子だった。
「はは。これは手厳しい。実は、学院がおわれば殿下が視察に来るかと思い、待ち構えておりました」
あー、うん。
彼もまた、バーガー大会の利権に乗っかりたい人のようだ。
私たちは普通に歩いたけど――。
歩くお兄さまの横にぴったりとついて離れない。
「実はですな、先日の件なのですが――。なんと、私が面倒を見ている商人たちに話を振ったところ、ぜひとも協力したいと申す者達がおりましてな。つきましては屋台なのですが、5台にまで対応できそうでしてな。あ、もちろん、それぞれの屋台で趣向を凝らした品を発売しますぞ。そういうわけですので、ぜひとも闘技場内に5台の屋台を出させていただきたくですな」
「事務局からも言われたであろう? それは無理だと」
「そこをなんとか。殿下のため、帝国のため、この大会を盛り上げたい一心で私も粉骨砕身しておるのです」
「残念だが、俺ではどうにもならん」
「何故ですか!」
「俺は、ただの代理人だからだ。この大会を仕切っているのは美食ソサエティであり、その主宰たるク・ウチャン殿だ」
「そ、そうでしたな……。では、せめて場外に許可を! 許可をいただけねば私も帰れません! 何卒!」
貴族でも、商魂たくましい人は、けっこういるもんだねえ……。
お兄さまは、早くも疲れた顔をしていたけど……。
私は、感心してしまうのでした。
しかし……。
うん……。
私、思う。
なんとなくノリで決めてしまった大会だけど……。
そのせいで、本当にたくさんの人たちが、頑張ってくれているんだねえ……。
ありがたい話だ。




