86 結成! ふわふわフェアリーズ
エミリーちゃんに期待を込めた眼差しで見上げられる中、まず最初に思いついたのは私の仕事でもあるこの言葉だ。
「ふわふわ……」
「ふわふわ!」
「……ふわふわ……フェアリーズ」
「ふわふわフェアリーズ!」
エミリーちゃんが大きな声で繰り返す。
「クウちゃんって精霊なんですよね? どうしてフェアリーなんですか?」
セラがもっともな質問をする。
「なんとなくっ!」
そうとしか答えようがない。
なにしろ今、適当につけた。
「というわけで! ふわふわフェアリーズ……とか。
……アンジェはどう思う?」
最初にパーティーの約束をしたアンジェに、まずはお伺いしてみる。
「それってパーティー名なの? みんなで戦う的な?」
「んー。違うか」
帝都防衛隊の延長で考えていたけど、このメンバーで戦闘に出ることはないか。
ないよね、さすがに。
「お茶会? 同好会? そんな感じの集まりよね?」
「だねー」
「それならいいんじゃない? 可愛いし、ふわふわしてるし」
「セラとエミリーちゃんはどうかな?」
「わたくしは、クウちゃんが決めたものならなんでも」
「わたしっ! わたしもっ!」
2人もオーケーみたいだ。
「なら決定! 私たちは、ふわわふフェアリーズ! 仲良しお茶会クラブー!」
「おー!」
「おー!」
私が拳を振り上げると、ノリノリでエミリーちゃんとセラがつきあってくれる。
「まあ、いいんじゃない? よろしくね、みんな」
アンジェは腰に手を当てて、いつも通りに陽気に笑った。
「ちょっとー。ボクは? ボクはー?」
頭の上からゼノが抗議してくる。
「別に忘れてないよ? ゼノも入るよね?」
「いいけどさー」
「というかそろそろ降りてね?」
「はいはーい」
ここでやっとふわっと空中に浮かんでくれた。
ふう。
やっと肩が軽くなった。
「そ、某も……」
「ごめん忘れてた。リフレッシュ。ヒール」
へたったままのヒオリさんに、さくっと白魔法をかける。
これで元気になるだろう。
「ゼノ、吸い過ぎちゃダメだよ? ヒオリさんはタフだけど普通の子なんだから」
「少しだけだよ?」
「大精霊的な尺度で少しでしょ、どうせ」
「バレたか」
妖艶な美貌で可愛らしく振る舞っても私は惑わされないからね?
私は厳しいのだ。
「一応言っとくけど、アンジェとかセラとかエミリーちゃんに同じことしたら、しばらく消滅してもらうからね? あとうちは出入り禁止にします。ついでに精霊姫の名において物質界に来るのを禁止します」
「わかってるてばー! ちゃんと自重するから許してー!」
「わかればいいのです」
うむ。
私はやさしいのだ。
「おう! 戻ったぞー!」
オダンさんが両手いっぱいに食べ物を抱えて戻ってきた。
両肘には、加えて大きな布の袋をぶらさげている。
「オダンさん、すごい買ってきたね」
「奮発したぞー!」
肉の香ばしい匂いが、お店いっぱいに広がる。
「お父さん、何を買ってきたのー?」
「さすがは帝都だよな。屋台がたくさん出ててな、どれもこれも安くて美味そうで持てるだけ買っちまった」
どさり、と、お店のカウンターにオダンさんが食べ物と飲み物を置いた。
「何があるのー! 何があるのー!」
エミリーちゃんがお父さんのところに走る。
「帝都の食べ物かぁ。私も興味あるわね」
「わたくしもです」
アンジェとセラも続いた。
「セラは帝都の人じゃないの?」
アンジェがセラに話しかける。
「帝都に住んではいますけれど、ぜんぜん外に出て食べることはなくって」
「メイドさんがついてくるくらいだもんね。ねーねー、セラってば、実は大商人とかの娘さんなの?」
「えっと、そうですね……。違いますけれど、近い感じです……」
「安心して。私、実はアーレで有名なフォーン神官の孫なのよ。けっこうすごいからセラがお嬢様だって距離を置いたりしないわよ。それよりさ、今日の皇帝陛下は光り輝いて素敵だったわよねー。セラも見てたんでしょ?」
アンジェは、いつもの馴れ馴れしい感じでセラに話しかけている。
君が褒め称える英雄帝の娘だからね、その子。
言わないけど。
セラもそこは隠したい様子だし。
ここで私はバルターさんをほったらかしにしていることに気づいた。
「すみません、騒がしくって」
「いえいえ。滅相もありません。楽しい空間ですな。私は、やや情報量が多すぎて混乱しておりますが」
「あはは」
「あそこで浮かんでいるのが闇の大精霊殿なのですな?」
バルターさんの視線がゼノに移る。
「はい。あれでも一応、この世界の闇を司っているみたいです」
ゼノは、本当にヒオリさんを気に入っているんだね。
白魔法で元気を取り戻したヒオリさんのとなりに浮かんでニコニコとしている。
ヒオリさんの方は……正直、怯えている。
やむなし……。
これからはあんまり吸わないと思うし、仲よくなれるといいね。
「となりにいるのは賢者殿ですな」
「賢者?」
はて。
「ヒオリ・メザ・ユドル。帝国中央学院の学院長を長年に亘って務め、名誉子爵位と賢者の称号を先々帝より得た傑物ですが……」
「ヒオリさんが?」
びっくりだ。
「私と陛下も賢者殿の生徒だったのですぞ」
「じゃあ、ヒオリさんって、もしかしてホントに400歳?」
「年齢は存じませんが、帝国の成立以前より生きていることは確かですな」
「へー」
まったくそうは見えないけど、バルターさんが嘘はつかないだろう。
「学院に戻ったとは聞いておりましたが、ここにいるとは思いませんでした。どう挨拶すべきか戸惑っております」
「普通でいいと思いますよー。だってヒオリさん、今はただの店員だし」
ただの、というか、めんどくさい。
だけど。
「いやはや、驚きの連続です」
「ねえ、クウー! お茶会ってここでやるのー? それとも上に行くのー?」
「んー。決めてないー!」
「決めてよー!」
「クウちゃん、わたし、クウちゃんのおうちもっと見たいっ!」
「わたしくも、クウちゃんがお部屋をどう使っているのか気になります」
「さあ、どうぞ。お友達のところにお戻りください」
「はい、バルターさん。また後で」
バルターさんから離れて、みんなのところに行く。
「とりあえず、軽くおうち観光する?」
「わーい! するするっ!」
エミリーちゃんが飛び跳ねて喜んでくれる。
セラはシルエラさんに声をかける。
「朝から多忙でしたし、シルエラは休んでいてください。クウちゃんもいますし、わたくしは平気なので」
「お気遣いありがとうございます、お嬢様。お言葉に甘えさせていただきます」
違和感なくお嬢様と言い換えているあたり、さすがはシルエラさんだ。
「セラは預かるねー」
「お願いいたします、クウちゃん様」
「んじゃ、いきますかー!」
バルターさんとオダンさんのおじさん組には、さすがに部屋を見せるのは恥ずかしいのでお店で食べていてもらう。
お客さん、どうせ来ないよね。
我ながら悲しいけど!
というかオダンさん、早々と飲み始めた。
バルターさんにもコップを渡して乾杯。
正体を知ったら、こっちもひっくり返るだろうなぁ……。
オダンさんは、シルエラさんにも飲み物を勧めてる。
まあ、放っておいていいか。
そもそも飲まないか。
仕事中だし。
と、思ったら、あれ、普通に飲んでるね。
あ、バルターさんが勧めたのか。
それは断れないよね。
あ、果実水か。
お酒ではないみたいだった。
私はエミリーちゃんに手を握られて、みんなと一緒に階段を上った。
ヒオリさんとゼノも一緒だ。
2階の案内はさらっと。
何しろ何もない。
あるとすれば、お客さん用の布団セットくらいだ。
3階には私の部屋がある。
ドアを開けて、みんなを招き入れる。
「ここが私の部屋だよー」
「うわぁ! 綺麗ー! 豪華なお宿みたいだねー」
さすがはエミリーちゃん、その通りです。
整えてもらった部屋だし、私が1人で使っているとは思えないほど広いし、今のところ生活感はまるでないしね。
「ここ、本当にクウの家と店なのね。すごいなぁ。私もいつか1人でちゃんと生きていけるのかなぁ」
「アンジェなら立派な魔術師として独り立ちできるんじゃない?」
「それは当然だけどさぁ。やっぱりすごいわよねえ」
「本当ですね。わたくしには到底無理です。あっ! このオルゴール、お姉さまからいただいたものと同じです。おそろいだったんですね」
棚に置いておいたオルゴールを見つけたセラが嬉しそうに言った。
鳴らしていいかと聞かれたので、いいよーと答える。
流れるのは、ゲームのオープニング曲だ。
もともとは旅立ちをテーマにしたような勇壮な曲だけど、オルゴールの音色で聞くと印象がかなり変わる。
強くて優しい不思議な音色だった。




