856 ユイのお願い?
ナオのところに行った次の日。
朝、学院に行くため、私が身支度を整えていると――。
空からユイが飛んできた。
ユイは魔法で姿を消していたけど、なにしろ光の魔力のかたまりなので接近を感知するのは容易だった。
窓を開けてあげると、中に入ってきた。
「クウ、おっはよー」
姿を見せたユイが、輝かしくも清楚な聖女様の格好で、朝から元気に陽気な挨拶をしてくる。
「今日はユイが、朝からわざわざ来てやったのです。クウちゃんさまは泣いて感謝するのです」
ユイの肩には、真っ白なフェレットがいた。
リトだね。
相変わらず生意気で偉そうだ。
「ねえ、ユイ」
「どうしたの、クウ?」
「こんな朝から来るなんて非常識だよ?」
「え」
「え」
心底、驚いた顔をされた。
「だって私、今、着替え中だったし。思わず窓を開けちゃったけど、誰かに見られてたら恥ずかしかったよ?」
パジャマを脱いで、ブラウスを着ているところだったのだ。
ユーザーインターフェースの装備欄を経由すれば、どんな着替えも一発完了の私だけど――。
人間らしさを忘れないために、普段の着替えは普通にしているのだ。
「ねえ、クウ」
「どうしたの、ユイ?」
「クウっていつも、私のところに、朝、来るよね?」
「うん。そうだね」
多忙なユイも、朝ならほぼ確実に家にいるしね。
「だから私も、朝、来たんだけど」
「今日、私、学校なんだよー」
「私だって、クウが来る時は、いつも仕事だよ?」
「でも、ユイのところに行くのって、私はだいたい休みの日だし」
うん。
だから平気だよ?
「ねえ、クウ」
「どうしたの、ユイ?」
「おかしいよね!? 不公平だよね!? クウだって来てるんだから私が来たっていいよね!? 駄目なの!? ねえ、駄目なのっ!?」
「あーごめんごめん。ジョークジョーク」
よく考えればそうだよね。
「じゃあ、来てもいいよね!?」
「いいけどさぁ……。いったい、わざわざ何の用?」
「なんで嫌そうなの!?」
「だって、のんびりしていると遅刻だし」
「平気だよ?」
「そうなの?」
「うん。だって私、準備バッチリだし。このまま仕事に行くだけだよ」
「そかー」
「そんなことより、早くお茶でも用意するのです。まったくクウちゃんさまは礼儀のひとつも知らないのです」
まずは私は、制服にちゃんと着替えた。
着替えの途中だったしね。
その後、テーブルにお茶を出して、ユイと向き合って座った。
座るついでに、リトをユイの肩からつまみあげた。
「ぎゃあああああ! 助けて! 助けてなのです、ユイ! クウちゃんさまに拷問されるのです殺されるのです!」
「あー、はいはい。カワイイカワイイ」
膝の上に乗せて、真っ白でさらさらの毛をもふもふする。
ちゃんと魔力を込めてね。
魔力を込めてあげると、びくんとして、リトは大人しい良い子になるのだ。
うん。
素晴らしい手触りだ。
「ねえ、クウ」
ユイが言った。
「うん」
「私ね、昨日、思ったの」
「うん」
「エリカリータ」
「うん」
エリカリータは、前世のマルゲリータ・ピザを丸パクリしてエリカが世に広めたジルドリアの人気料理だ。
「クウバーガー」
「う、うん……」
ちょっと恥ずかしい思いをしつつ、私は相づちを打った。
クウバーガーは、前世の人気バーガーを丸パクリして私が世に広めた最近帝国で話題のバーガーだ。
「ねえ、クウ」
「うん。なぁに、ユイ」
「私もね……。なんか、そういうのがほしいなぁって……」
「なるほど」
「ねえ、なんか、いいのないかなぁ?」
「和食でいいんじゃないの? ユイが広めたんだよね? ユイ食とか」
「なんかそれ、私が食べられるみたいでヤダ」
「なら、ユイ汁とか」
「なんかそれ、エッチだよね……?」
「どうして?」
「え?」
「え?」
沈黙が流れた。
仕方なく私は補足した。
「いや、うん。どうしてユイがエッチだと思ったのかなぁ、と」
具体的に教えて?
さらなる沈黙を挟んで、ユイは言った。
「こほん。とにかく、なんかない? もっとこう、普通な感じのヤツ」
「と、言われても……。ユイの煮付けとか。ユイの姿造りとか」
「わざと言ってるでしょーそれー!」
「あはは」
ごめんごめん。
「……エリカとクウはすごいよね。エリカリータもクウバーガーも、なんかこうものすごく自然だもん」
「それだと、ナオのも考えないとだねー。ナオフライとか」
「へー。それってどんなの?」
「中身までは考えてないけど、語感的にいいよね」
「うん。そうだね。いいかも」
「じゃあ、決まりってことで」
さて。
膝の上に置いてカワイイカワイイしていた真っ白なフェレットのリトを、ユイの肩に返してあげる。
よいっしょっと。
私は立ち上がった。
「どうしたの、クウ?」
「またね」
「え」
「だって、もう時間だし。遅刻しちゃうよ」
「でも、まだ肝心の私の料理が決まっていないよ?」
「ユイ汁でいいよね」
めんどいし。
「ユイ汁はイヤー! ねえー! もっとカッコいい、クウバーガーとかエリカリータみたいなのを考えてよー!」
あーもう!
聖女様の姿で、しがみついてくるなー!
「そもそも、公式料理なんて作ったら大騒ぎになるよね? いいの?」
聖国って、ユイの一言が法律にも上回る国だし。
と思ったけど、それについては平気らしい。
今はユイも、光のオーラの制御ができる。
きちんとオーラを抑えておけば、感動されこそすれ、昔のようなトンデモ騒ぎにはならないそうだ。
「クウちゃんさま。ユイのためなのです。ちゃんと考えるのです。その小さな小さな小さな頭をフル回転させるのです」
余計なことを繰り返しつつ、リトがしみじみと言った。
「とりあえず前向きに検討しておくからー」
「……ホント?」
「本当です。前向きに、考えるかどうか、検討しておきます」
だから安心して。
ね。
ということが朝からあって……。
私はとても疲れた。
ちなみに学校には、ギリギリ間に合った。




