853 ボンバーカース
こんにちは、クウちゃんさまです。
今、私の目の前には、いつもの爆弾野郎ボンバーがいて、恍惚の表情でハッピーを招くという黄色のツボを抱きしめています。
うん。
はい。
正直、ボンバーのことはどうでもいいので……。
あー、はいはい。
よかったですねー。
で、おわらせてもいいんだけど……。
「ボンバー……。それ、いくらだったっすか……?」
タタくんがおそるおそるたずねる。
「ははは。お買い得でしたぞ。なんと、本来なら金貨1000枚はするところを金貨50枚で売ってもらえたのです」
「先日の収入全部じゃないっすか! 何をやってるっすか!」
「ボンバーハッピー! 最高ですね!」
ボンバーが笑顔で叫んだ。
タタくんが、がっくりと肩を落とした。
「クランのお金だったの?」
私はタタくんにたずねた。
「……いいえ。ボンバーの取り分だけっす」
「不幸中の幸いだね」
私は笑った。
「で、それって魔道具なのか?」
ボンバーズの1人がツボに興味を持った。
「いいえ、違います。このツボは、そんなものを遥かに超越した――。精霊様のご意識が宿ったツボなのです」
さて。
どうしてくれようか。
一瞬、黒魔法のディスインテグレイトで砂にしてやろうと思ったけど……。
それだと、本当に高いものだった時に困る。
まあ、うん。
ぶっちゃけ、今の私なら、金貨50枚を弁償するのは簡単だ。
とはいえ、そういう問題ではない。
というわけで、銀魔法の重力操作を使うことにした。
ふわりとツボを浮かせてっと。
「あああああー! 私のツボがぁぁぁぁ!」
いきなり勝手に動き出したツボに、ボンバーが声を上げる。
驚いている内に、引き寄せてっと。
はい、アイテム欄に収納。
ツボは消えました。
で、アイテム名のコメントを確認。
アイテム名は、黄色の花瓶。
コメントは、帝都の工房で作られた大量生産の日用品。
まあ、うん、安物だよね。
ボンバーが騙されたことは確定のようです。
しかし。
さらに私は銀魔法の重力操作を使う。
「ぐへぇぇ!?」
ボンバーは突然の加圧にバランスを崩して、うつ伏せに倒れた。
「こ、こここ……。これはいったい……」
動けないボンバーを、私は仁王立ちで冷たく見下ろした。
「残念ですが、ボンバーさんは呪われてしまいました」
「な、何故ですかぁ……」
「あろうことか精霊さんの存在を騙ったからです。そんなツボごときに精霊さんの意思は宿りません。精霊さんはお怒りです。なので、さっきのインチキなツボは消滅しました。これは大変なことですよ」
「そんなわけが……」
「本当です。何故ならば、私がそう言っているからです」
自分で言うのもなんだけど、それ以上に確かな証言はないよね。
私、精霊さんだし。
しばらくの間、オベンキョウさせてあげた後――。
いくらか圧力を弱めて、私はしゃがんでたずねた。
「……で、どこの誰から買ったの?」
「それは……。旅の占い師さんからですが……」
「旅の占い師さん……?」
なんかもう、胡散臭いんですけど。
年の頃なら20代半ばくらいの、仕立ての良いローブを着た、どことなくミステリアスなお姉さんだったそうだ。
「中央広場にいたら、そのお姉さんが声をかけてきたのです……。暗い顔をしているけど、どうしたの、と?」
で……。
気分転換におしゃべりしましょう、と、カフェに誘われて……。
そこでの会話の中でお姉さんは言ったそうだ。
「実は私ね、人の背負っている影みたいなものを見ることができるの。ぼんやりとだけどね。ボンバーさん、最近、不幸が続いていたりしない? 貴方には、よく見ると暗い影が見えるわ……」
ボンバーは、まさにその通りでギクリとしたそうだ。
で。
よかったら、ちゃんと鑑定を受けてみない?
と、誘われて……。
お姉さんが滞在しているという宿の部屋に移動して……。
そこで、正確な鑑定を受けて……。
なんと!
悪霊に取り憑かれていることが判明したそうだ!
でも、その場で儀式をして、すぐに祓えてもらったそうだ!
で。
そのまま、人生はハッピーだという話になって……。
大いにボンバーは感化された。
結果として、気持ちよく金貨50枚なんていう大金を支払って、安物の花瓶を手に入れたのだった。
そんな大金、普通なら持ち歩かない金額だけど……。
オルデが来たら好きなものを買ってあげようと持っていたらしい。
「ねえ、ボンバー」
「なんでしょうか……。クウちゃんさん……」
「まずさ、ボンバーって、暗い顔をしてベンチに座っていたんだよね?」
「暗い顔かどうかはわかりませんが……。ボンバードリームについて、1人静かに悩んではいましたが……」
「そんなんさ、誰が見たって、幸せな状態じゃないよね。影なんて見えなくても不幸だってわかるよね」
「いえ、しかし、私には実際に不幸が……。ボンバーハッピーが……」
まあ、うん。
アレか。
信じ込んじゃってると、説得なんて無理か。
「ねえ、ボンバー」
「はい……。なんでしょうか、クウちゃんさん……」
「その人、それからどうしたの? 私も会ってみたいなぁ」
「残念ながら急ぎの旅だということで、すぐに帝都を経つと言っていました。もう会うことはないでしょう、と」
圧力をかけられて倒れたまま、ボンバーは心から残念そうに言った。
これは重症だね。
「ちなみに、名前は聞いたの?」
「旅の占い師さんです」
「は?」
「旅の占い師さんです」
「……それが名前なの?」
「はい。お姉さんはそう名乗っていました」
ふむ。
なるほど。




