850 ボンバーラッシュ
ボンバーは、まさに爆発したような勢いだった。
「ボンバァァァァァァァァ! スピィィィィぃン! ラァァァッシュ!」
飛び込んだかと思ったら丸太のような両腕を振り回して、いきなりスキンヘッドの4人を吹き飛ばした。
凄まじいパワーだ。
いつも私に蹴り飛ばされて気絶しているヤツとは思えないね!
まあ、うん。
実際のところボンバーは、若手冒険者のホープ。
強いと言えば強いのだ。
「ハニー! ここは私に任せて、今の内に逃げるのです!」
ボンバーが漢を見せる。
なにしろ相手は20人。
数が多い。
いくらボンバーでも、楽勝とはいかない。
勇気ある行動だ。
ただ、相手の様子は少し変だった。
「なんだテメェ!」
「なんのつもりだコラァァァァァ!」
と、怖い声を出すものの――。
囲んでボコれ!
みたいなことにはならなかった。
むしろ逆だった。
「いきなり暴力なんて振るってんじゃねーぞ!」
「捕まるぞ!」
「俺らは喧嘩しに来たんじゃねぇ!」
スキンヘッドたちが口々にボンバーを非難する。
ボンバーは問答無用だった。
「黙りなさい! 貴方達のような者の手口はわかっているのです! この私を騙せるとは思わないことですね!」
ボンバーのハンマーのような拳が唸りを上げる!
だけど、その攻撃は、スキンヘッドには届かなかった。
「――お待ちください」
と、間に入ったスーツ姿のモッサが、片手で拳を受け止めたのだ。
「な――! この私の拳を軽々と、ですと……?」
ボンバーが驚愕の顔を見せた。
それはそうだろう。
モッサは、実は武闘会チャンピオンなので強いのだけど、今は立派な紳士にしか見えないのだ。
「この者達は、私の元の生徒なのです。どうか拳をお収め下さい」
「……ぬう」
ボンバーは拳を下ろされて、呻いた。
スキンヘッド達が叫ぶ。
「先生! 何故ですか! せっかく戻られたというのに、何故いきなり武の道をあきらめて礼の道に進むなどと!」
「先生! 一緒に地元に戻りましょう!」
「また暴れましょう!」
ふむ。
なるほど。
彼らはモッサの門下生たちか。
「皆、何故、頭を丸めたのですか?」
モッサが静かに問う。
「反省しねーと鉱山送りだって衛兵に脅されたんですよ! 帝都はヤバいですって! 地元に戻りましょうよ!」
「……反省したのなら、ヤバいことなどないでしょう。礼儀に則って、正しく生きれば良いだけのことです」
「先生!」
門下生の呼びかけに、モッサは首を横に振った。
緊迫した空気の中、オルデが言った。
「ねえ、アナタたちってモッサ先生の弟子なんでしょ? だったら先生から礼儀作法を習えばいいんじゃない?」
「そんなもん習って、何になるんだよ!」
「何にと言われても困るけど……。貴族のパーティーとかに呼ばれた時、礼儀を知らないと困るでしょ」
オルデがそう言うと、門下生たちは顔を見合わせて笑った。
「バカかテメェ!」
「庶民がそんなパーティーに呼ばれるわけねーだろ!」
「私だって完全無欠の庶民だけど、この間、運良く参加できたわよ。だから先生から礼儀作法を学ぼうと思って。今日は一対一で実習指導を受けたんだけど、半日でもすごい勉強になったよ」
「だから、バカかっての。万が一に参加できたとしても、庶民が礼儀正しくして何がどうなるっつーんだよ」
「バカにされておわりだっつーの」
「そうそう。どうせ美味いモン食って帰るだけだろ」
「だよなー」
「ま、それはそうなんだけどさ」
門下生たちが笑う中、オルデは怒ることなく肩をすくめた。
ふむ。
前向きに頑張っている人間をバカにするとは、下衆だね。
どうしてくれようか。
と思ったら、モッサがどうにかしてくれた。
拳で。
「ぐはっ!」
「べぼっ!」
「あがっ!」
「……貴方達、いけませんねえ。紳士失格ですよ」
さすがはモッサ。
強い。
あっという間に全員を倒してしまった。
まあ、門下生たちが無抵抗だったのもあるけど。
「先生、紳士なら暴力はどうかと思いますよ」
オルデはさっぱりしたものだった。
怯える様子もない。
「そうですね。失礼しました。ですが、時に紳士には、いえ、時に人間には、守るべきもののために戦わねばならない時もあるのです。ですが、そうですね。安易に拳など握るものではありませんか」
失礼しました。
と、モッサがぶん殴った門下生たちに頭を下げる。
「先生……」
門下生の1人が、怒るような、すがるような、なんともいえない表情でモッサのことを見上げる。
「聞きなさい。私は気づいたのです。私の道は、間違っていたと」
「そんな! 先生!」
「私は今まで、ただ勝つことを目指してきました。勝利し、富と栄誉を手にすることがすべてだと。そして、私は武によって勝利を重ね、ついには帝都への進出を果たしました」
「その通りです! 先生の道はこれからではありませんか!」
「ですが、それは儚くも散りました」
「そんな――!」
「私は、負けたのです。あっさりと、簡単に」
「先生――!」
「そう。私の道は、負ければおわりの道でした。それは当然なのです。何故なら私の栄光とは、すべて、他者を負かして手に入れたものなのですから。負ければ失うのは当然なのです」
「また勝てばいいではありませんか!」
門下生の言葉に、モッサは静かに首を横に振った。
「私は気づいたのです。道とは、そのようなものではないのだと。
道とは、己の人生。
己の内にこそ、道はあるのです。
そして、礼の道こそが――。
常に己を律し、常に己を清くし、美しく在り続けることこそが――。
道を照らす究極の輝きなのだと。
その輝きこそが、たとえバカにされようが――。
たとえ何度も負けようが――。
決して失われることのない、道を照らす標なのだと。
真の強さなのだと」
「そ、そんな……」
「私は礼の道が、真の強さへと至る道だと確信したのです。皆は皆の、それぞれの道を探すと良いでしょう」
「我々は……。先生についていきたいのです!」
「先生こそが道なのです!」
「先生!」
「先生!」
門下生たちが祈るように叫んだ。
「――それならば、ついてきますか? この険しき道に」
「はい!」
「はい!」
門下生たちが一斉にうなずく。
「では、行きましょう。まずは、ご令嬢を無事に送り届けることが紳士としての第一の使命です。ついてきなさい」
「はい、先生!」
「――オルデ嬢、お見苦しいところを失礼しました」
モッサがオルデに頭を下げる。
「いいえ。さすがは先生。おみそれしました」
対してオルデは、敬意を払うように、片足を引いて軽く膝を曲げた。
なかなかに美しい所作だ。
そして……。
門下生を連れて、モッサとオルデは路地の奥に消えた。
ふむ。
いったい、私たちは何を見ていたのだろう。
正直、よくわからないけど。
なんとなくいいものを見ていたような気はする。
その場には――。
ぽつん。
と。
どうしてここにいるのかも忘れたけど、ボンバーだけが立っていた。
完全に取り残されている。
「……タタくん、帰ろっか」
「……そうっすね」
私たちは来た道を引き返し、ライトアップされた大通りから、日が暮れても賑わいを続ける中央広場に戻った。




