847 ボンバードリーム
「……クウちゃんさん」
「えっと。なに……?」
「ボンバードリームとは、いったい、なんでしょうね」
「私に聞かれても……」
本気で困るけど。
蹴り飛ばしたボンバーを起こして、とりあえず道端に座らせたところ――。
しみじみとボンバーに問われて私は困惑した。
ふむ。
とりあえずボンバーの前に立ったまま、答えてはみた。
「君たちの光とか、君たちの希望とか、触れ合いの気持ちとか?」
「触れ合い……。ですか……」
「そもそも、さ」
「はい」
「ボンバーにドリームなんてあるの?」
「ありますともっ!」
「うわあああああ!」
「ぐほぉ!」
また蹴ってしまった。
まあ、うん。
いきなり立ち上がって、顔を寄せてくる方が悪いよね。
私は悪くない。
それどころか、建物に当たらないように、ちゃんと角度を変えて道路の側に回し蹴り飛ばした私は偉い子だ。
ただ放置していたら話が進まないので、仕方なく――。
ふむ。
考えてみると、話を進める必要はないのか。
ほっとこ。
と思ったけど、どう見ても通行の邪魔なので、やっぱり起こすことにした。
再び道端に座らせる。
「……で、どんなドリームなの?」
また蹴るといけないので、仕方なく今度は私もしゃがんだ。
「それはもう、光と希望ですぞ!」
「じゃあ、光と希望を胸に抱いて頑張ればいいよね」
「実は私、ハニーに嫌われてしまったかも知れないのです……」
ハニーとは、オルデのことかな。
「ダンジョンから帰って、今日は好きなものを買ってあげると言ったのに、なんと断られてしまったのです」
「あら」
「ハニーは言いました。ボンバーさんのおかげで、私、すごいドリームを見ることができたよ、ありがとう。と」
「そかー」
トリスティンでのことだね、たぶん。
ボンバーが買い与えた高級な衣装と装飾品のおかげもあって、オルデはお嬢様と思われていたし。
「ダーリンと呼んでくれなかったのです!」
「そかー」
「私、ちょっとリアルでも頑張ってみることにしたよ。と」
「そかー」
「これから礼儀の勉強に行くから、またね。と言われてしまったのです」
「いいことだよね、それ?」
「あああ……。いったい、どういうことなのでしょうか……。誰よりも人にものを貢がせるのが大好きだったハニーが……。貢がせるためなら、いくらでも愛想を振りまくあのハニーが……」
「……それわかってて、よく付き合う気になれたね」
いや、ホントに。
「もしかしたら、別のダーリンが出来てしまったのかも知れません!」
「そかー」
その時だった!
通りの向こうからオルデが歩いてきた。
となりには男がいる。
「ボンバーこっち!」
私は咄嗟に、ボンバーを物陰に引っ張り寄せた。
「ど、どうしたのですか、クウちゃんさん」
「冷静にアレを見よ」
「あ、あれはあああああ!」
「しー」
オルデと一緒にいるのは……。
あ。
私は隠れてから気づいた。
モッサだ。
私がトリスティン送りにした元武闘家の荒くれ者で――。
今では魔改造されて……。
髪を七三に整えて、ぴしっと背筋を伸ばして歩く、いっぱしの紳士だ。
スーツ姿も様になっている。
放課後のエメラルドストリートには、それなりに人通りがある。
その中でオルデとモッサは、私たちには気づかなかった。
「歩く時も背筋を伸ばして、前だけを見るのですよ。常に人に見られている意識を持ち続けることが肝要です」
「はい、先生」
なんて会話が聞こえた。
オルデとモッサが通り過ぎていって、消えた。
ボンバーはわなわなと震えていた。
「塾の先生と勉強中みたいだったね」
私は気楽に笑った。
「クウちゃんさん。クウちゃんさぁぁぁぁぁん!」
「うわあああああ!」
「ぐぼおおっ!」
だから顔を寄せるなって言うの!
また蹴ってしまった。
ああああ!
いきなり大男が飛んできて、ご婦人が驚いてよろめいてしまった。
危うく激突させるところだった。
私は駆け寄って謝罪した。
幸いにもご婦人に怪我はなくて、しかも良い人だった。
何があったのかと驚かれはしたけど快く許してくれた。
「あの――。店長さん、武具の搬入はおわったすけど――」
タタくんがお店から出てきた。
「ボンバーが失礼したっす」
私が起こすよりも先に、タタくんがヨイショとボンバーを背負った。
「これ、持ち帰った方がいいっすか?」
「あ、ううん……。とりあえずお店に入れてあげて……」
「わかったっす。ご慈悲に感謝っす」




