844 クウとセラの覗き見タイム
「クウちゃん……! しゃべったら駄目ですからね! ぜーったい、静かにして見つからないようにしないといけませんよ! あーでも、ドキドキしますね! 本当に見ちゃっていいんでしょうか……! あーでも、気になりますよね! 気になっちゃいますよね……!」
小声でまくし立てるセラと共に、私は夜の庭園を歩いた。
私とセラは魔法で姿を消している。
なので、慎重にしていれば、見つかることはない。
ちなみに私とセラは、お互いの姿をうっすらとながら認識できている。
私の固有技能『ユーザーインターフェース』のシステム経由で、パーティー状態にしてあるからだ。
「――セラ、そろそろ静かにね」
「あ、はい」
背後から忍び寄って、距離が縮まってきた。
お姉さまとトルイドさんの声が聞こえる。
「――本当に、ハラデル男爵には困ったものですわね。家の料理人を差し置いて厨房を仕切るなんて」
「それについては、そうですね。よく考えてみると、確かに。僕も男爵のことは言えませんが。ははは」
お姉さまは学院の制服姿。
トルイドさんは料理人姿。
服装的にはチグハグだけど、並んで歩くうしろ姿に違和感はない。
うん。
お似合いだ。
「トルイドさんは何を楽しそうに笑っているのですか。おかげで、やっとお話しできるのが夜になってしまったのですよ」
「ははは。そうですね」
「もう」
お姉さまは、なんか拗ねている。
トルイドさんは楽しげだ。
「でも、ディナーも楽しんでいただけましたよね?」
「ええ。最高でしたわ。特にデザートが」
「それは光栄です。――アリーシャさん」
トルイドさんが足を止めた。
「なんですか?」
「ベンチがあるので腰掛けませんか?」
「ええ。いいですわよ」
2人が並んでベンチに座った。
目の前には小さな噴水。
ベンチには魔石の明かりが届いていて、座った2人の姿を照らした。
私とセラは、少し離れた花壇の陰に隠れて様子を窺う。
うん。
姿は消しているんだけど……。
なんとなく、雰囲気的にというか……。
「クウちゃん……どうなっちゃうんでしょうか……。もしかしてキスとかしちゃうんでしょうか……」
「セラ、静かにね……?」
「は、はい……」
私たちが見守る中、トルイドさんは話を始めた。
「アリーシャさん――。僕は、来月の最強バーガー決定戦――。全身全霊で挑んで賢人の称号を手に入れるつもりです」
「ええ。トルイドさんなら、きっと勝てますわ」
「ありがとう。アリーシャさん――。その時には、今度は僕が自分で、陛下に願い出ようと思っています」
「何をですの?」
お姉さまがキョトンとたずねる。
「今回、ハラデル男爵に勝手にやられてしまったことです」
「え……。あれはですねっ! ちがうんですの! わたくし、実は、親の決めた話だけは――。そう! 話がイヤだったわけではなく、親の決めた話反対派としての正義を貫いただけで! それ故に……。ゆえーい」
いきなり壊れたお姉さまが、変なピースサインをした。
ゆえーい、って……。
「なのですぅぅぅ!」
お姉さまがリトみたいに叫んだ。
「ええ。アリーシャさんの正義については、少しですが、ハラデル男爵を経由して聞きました」
「そ、そうですのね……」
さすがは男爵。
抜かりないね。
「なので今回は僕からと。その時には、ご検討をお願いします」
トルイドさんが笑いかける。
「ゆ、ゆえーい、ですわね」
お姉さまは混乱していた!
ゆえーいが、まだ抜けきっていないようだ!
2人の間に沈黙が降りた。
「クウちゃん……。クウちゃん……! これってプロポーズですよね……! 婚約の話をするってことですよね……! どうしましょう! わわわわ、わたくしはどうしたらいいのか……!」
「セラ。しっ」
「……あ、そうですね。失礼しました」
よかった。
セラが少し騒いだけど、気づかれはしなかったようだ。
やがてお姉さまが言う。
「やっぱり嫌ですわ」
と。
お姉さまは、すぐに早口に言葉を繋げた。
「だってそれでは、優勝できなかったらおしまいではありませんか。相手にはハラデル男爵やクウちゃんが見込んだ職人がいるのですよ。もちろん、トルイドさんの料理の腕は信じていますけど――。せめて、わたしが満足するバーガーを作れたらということにしてくださいな」
「でも、それでは覚悟が足りませんよ」
「なんの覚悟ですかっ! 覚悟なら、わたくしにお願いします!」
再びの沈黙が降りた。
アリーシャお姉さまが、トルイドさんを睨んでいる。
トルイドさんは――。
わずかに目を閉じた後――。
「ありがとう」
と、言ってから、目を開けて、言葉を続けた。
「わかりました。約束します。必ず、アリーシャさんに満足してもらえるバーガーを作りますね」
「こ、これでもわたくし……。トルイドさんの作るものはなんでも大好きですから……。絶対に満足すると思いますわよ」
お姉さまはそっぽを向いたけど――。
やがて、恥ずかしがりながらもトルイドさんの方を向いた。
2人は――。
少しずつ顔を近づいて――。
その時!
限界突破したセラが悲鳴と共に叫んだ!
「きゃああああああああああああああ! キス! キスしちゃいますよ! どうしますかクウちゃん! わたくしたち、帰ったほうがいいですよね! こっそりと帰りましょう!」
甘い時間はおわった。
完全に動きを止めたお姉さまが――。
やがて、ギギギ……。
と、私とセラの隠れている花壇に向けて、首を動かした。
ベンチから身を起こすと、ゆっくりと歩いてくる。
もはやここまで。
セラの魔法は叫んだ時に解けた。
私もあきらめて解除した。
「……2人とも、ここで、何を、しているのですか?」
お姉さまが、しゃがんだままの私たちに……。
それもう冷たい目を向けた。
「あはは」
私は笑ってごまかした。
「す、すすすすす、すみませんお姉さま! わたくしたち、その、お邪魔をするつもりはなかったんですけど! わたくしたちはもう帰りますので、どうぞごゆっくり続きをお楽しみくださいいいいいい!」
セラが叫んだ。
「何のですかあああああああああ!」
お姉さまも叫んだ。
「はは……。これは、恥ずかしいところを見られたなぁ……」
「申し訳ありませんでした」
遅れてやってきて苦笑するトルイドさんに、私は立ち上がって謝罪した。




