843 晩餐会
「酷いですよ、クウちゃん。わたくしが寝ている内に秘密の話なんて」
「ごめんよー。お姉さまの個人的な話も少しあったからさー」
壁際に移動して2人で話せるようになるや否や、セラが頬を膨らませてきたので私は謝りました。
こんばんは、クウちゃんさまです。
私たちは今、エカテリーナさんのお屋敷のホールにいます。
もうすぐ晩餐会が始まる会場です。
すでにホールにはたくさんのテーブルが置かれて、音楽が流れて、参加者の人たちが言葉を交わしています。
今はまだ、自由に歩き回っても良い時間です。
「もしかして、トルイドさんとのことですか?」
「あ。えっと」
「そんなの、いくらわたくしでも見ていればわかります。お姉さま、素直になれなくて大変ですよね」
「……まあ、うん。そだねー」
セラとは、そこまでしかお話しできなかった。
セラの姿を見つけて、知り合いのご婦人が声をかけてきたからだ。
やがて着席の時間になった。
私とセラの席は遠い。
セラは、皇女様だから前の方の特別席だ。
私はうしろの目立たない席。
今日の私は学院生。
異国の王女様ではないのだ。
私のとなりには、エカテリーナさんが座った。
エカテリーナさんは今日の主宰者で、本当ならセラやお姉さまの近くの席のはずなんだけど……。
今日は本当に疲れて、疲れ果ててしまって……。
失礼があるといけないから、ということで、うしろに下がったようだ。
ごめんね、ご迷惑をかけました……。
今夜の晩餐会は、急遽、開催が決まった。
昼に精霊様の祝福が降りたということで、その祝いのためだ。
参加者は、昼のパーティーに参加した貴族の方々と、エカテリーナさんの家との繋がりが深い一部の市民の方。
クラスメイトたちは、すでに帰宅した。
まだ未成年だしね。
私は普通に参加しているけど。
料理は、ハラデル男爵とトルイドさんが主導して作ったそうだ。
「……ねえ、クウちゃん。ひとつ聞きたいことがあるのですけど」
となりの席のエカテリーナさんが囁きかけてきた。
「うん。どしたの、エカテリーナさん」
「……もしかして、アリーシャ殿下とサンネイラの次期当主は、想いを寄せ合う間柄なのですか?」
「たぶんね」
「……合点がいきました。答えてくれて、ありがとうございます」
「あはは。秘密でお願いね」
「もちろんですわ」
晩餐会では、昼と同じくエカテリーナさんのお父さんが最初に挨拶した。
お父さんは超ご機嫌だった。
次にお兄さま、さらにお姉さまとセラが挨拶する。
そして、夕食となった。
私は腹ペコだった。
なんだかんだで大忙しだったのだ。
ハラデル男爵とトルイドさんの料理は絶品だった。
さすがという他はない。
料理が出てくる度にハラデル男爵の長い説明が入るのも、最初は邪魔だったけど慣れれば楽しくなった。
スイーツについては、トルイドさんが説明してくれた。
トルイドさんも熱心で長かった。
2人とも、本当に料理を愛しているのだろう。
長かったけど。
ともかく。
私は大いに堪能することができた。
満腹で大満足だ。
食事の後は、帰るか、部屋を移っての歓談となる。
お酒が出るようだ。
「帰ろっか」
私はセラに言った。
「その前に少しテラスでのんびりしませんか」
「うん。いいよー」
セラに誘われて、私はテラスに出た。
目の前には、ライトアップされた夜の庭園があった。
なかなかに良い雰囲気だ。
「さあ、クウちゃん。お話をお願いします」
「ん? 何の?」
「今日のことです。わたくし、まだなんにも聞いていません。いったい何があったのですか?」
まあ、いいか。
セラはお姉さまのことに、もう気づいているわけだし。
私にはセラにも今日のことを話した。
「なるほど。そんなことがあったんですね。連れて行かれた子も運が良かったというか悪かったというかですね」
「あはは。だねー」
「……お兄さまは、どうおっしゃったのですか?」
「万が一にも何かのナリユキでナリユ卿から正式に打診が来たら、前向きに手を貸してくれるってさー」
「すごいことになりますね、もしも、そうなったら」
「だねー。ただ、お別れの時の反応を見るに、まずないだろうけど」
「そうですか……。残念ですね……」
「いろいろと難しいよねえ、そういう話っていうのは」
「お姉さまは上手くいくと良いのですが……」
「お姉さまの方は、身分的にも環境的にも問題なさそうだし、あとは当事者たちの気持ちの問題だよね」
なんてことを話していると――。
あ。
庭園に、当事者たちがいた。
アリーシャお姉さまとトルイドさんが並んで歩いている。
距離は少しあるけど、楽しそうにおしゃべりしている様子はわかる。
向こうは、私たちのことには気付いてない。
「……クウちゃん。……あそこ、お姉さまがいますね」
セラも気づいたようだ。
「いるねー」
「どんなお話をしているんでしょうか……」
「さっきの食事のこととか?」
「それもあるかもですけど……。将来のこととかではないでしょうか……」
「ねえ、セラ。こっそり聞いてみようか」
「ク、クウちゃん……!? なんてことを言うんですかっ! そんなの、いくらなんでも駄目ですよっ!」
「うん。わかる。セラも気になるよね」
「気になりますけどー。駄目ですよー」
「なら、私が1人で聞いてくるからさ、セラはここで待っててよ」
それならそれでもいいけど。
「クウちゃんが行くなら行きますー!」
「なら行こっか」
「うう。……はい。あ、なら、ちょっと見てもらえますか?」
セラは自分で自分に、光の魔法を唱えた。
「インビジブル」
うん。
透明化の魔法だね。
お見事。
セラの姿は消えました。
「どうですか、クウちゃん? わたくし、見えますか?」
「ううん。見えないよー」
「ふふー。やりましたー。ユイさんに教えてもらったんです、この魔法。初めての実戦投入ですよー」
「そかー」
「……正直に言うと、ちょっとだけ楽しみですね」
「だねー」
私はかなり楽しみだ。
というわけで。
2人で姿を消して、こっそりと様子をうかがうことにした。
「クウちゃん! 見つかったら駄目ですからねっ! ぜーったい、大きな声とかは出したら駄目ですよっ!」
フラグっぽいセラの言葉を聞きつつ――。
姿を消して、私たちは、夜の庭園に出た。




