84 千客万来
お店に帰ると、ドアの前にヒオリさんが座っていた。
「ただいまー」
「おかえりなさい、店長」
「……ヒオリさんでもアレだね。おかえりって言ってもらえるのはいいね」
「でもとかアレとか気になる部分はありますが、喜んでもらえて某も嬉しいです」
「というか、ごめんね。鍵、渡してなかったね」
「お気になさらず。陽気の中、賑やかな通りを眺めるのも、また一興です。みんな、どこから来て、どこへ行くのでしょうか」
「月日は百代の過客にして、行き交う年もまた旅人なり。だね」
スペアキーは何本かあるので、1本をヒオリさんに渡す。
「ありがとうございます。これで某も正式にお店の一員ですね」
嬉しそうに受け取ってくれた。
しまった。
そういえば短期間で出ていってもらう予定だった。
やっぱ取り返すか今なら間に合う!
…………。
まあ、いいか。
なんか、うん。
私、最近の1人暮らしで自覚したけど、寂しがり屋だ。
おかえりとただいまが言える相手がいるのは嬉しい。
ドアを開けて、お店の中に入る。
「しかし、先の店長のお言葉、とても深みを感じる美しい語句ですね」
「ホント、帝都はいつも賑やかで楽しいね」
実は前世の有名な紀行文ですとは言えないので、適当に流す。
「特にあの演説会の後ですし。お祭り騒ぎはまだしばらく続きそうですね」
「お腹空いたからなんか食べるけど、ヒオリさんもどう?」
「ぜひに!」
「あくまで間食だから、ゆっくり食べること。いい?」
「は、はいっ……。味わいます」
アイテム欄からホットドッグを4つ取り出す。
1つが私。
3つはしょうがないのでヒオリさん。
「いただきまー」
食べようとしたところで、勢いよくドアが開いた。
「来たよっ! クウっ!」
元気いっぱいなアンジェが現れた。
「うおうっ」
びっくりしてホットドッグを落とすところだったよ!
「あ、ごめん。食事中だった?」
「ううん。いいよ。アンジェも食べる?」
「うん! もらうっ!」
「座るところないけど……」
椅子は2つしかない。
「平気!」
「じゃあ、これ。はい、どうぞ」
アイテム欄から取り出して、ひとつあげた。
「ありがとっ! ……でもこれ、どこから出したの?」
「精霊の力?」
っぽい何かだと思ってくれるとありがたいです。
「そうなんだ……。不思議ね」
首をひねりつつも、アンジェはホットドッグをパクリと食べた。
「おいしっ! 作りたてなのねっ!」
「でしょー。でもアンジェ、いろいろ行事とかあるんじゃないの? 来てくれるのは嬉しいけどいいの?」
貴賓は、演説会がおわって解散とはならないだろう。
パーティーとかあるはずだ。
「だってじっとしているだけで退屈なんだもん。ねえ、それより、そっちの無心でホットドッグを味わっている子は、友達?」
見ればヒオリさん。
アンジェが来たことにも気づかず、ただ一心に一口ずつ、ゆっくりとホットドッグを食べていた。
「ヒオリさーん」
呼びかけると気づいてくれた。
「お。これは失敬。お客様でしたか」
「私のお友達だよ。アーレから来てくれたアンジェリカ」
「よろしくねっ! アンジェでいいよっ!」
アンジェが元気いっぱいに微笑む。
「こちらはヒオリさん。えっと……。友達というか、うちの店員さん」
「初めまして。某、ヒオリと申します。店長のお友達でしたら某のお友達も同然。よろしくお見知りおきを」
「エルフなのよね? 珍しいわね、こんな大都会にいるの」
「店長のおそばにいるため、馳せ参じました」
「いいなー。クウと一緒にいると楽しいもんね。この子、何やるかわかんないし」
「はい。楽しい日々です」
「日々っていうほど一緒にいないけどね? あと何やるかわかんないこともないしね私は大人しめの子だし?」
一応、訂正しておく。
「ねーねーそれより! 陛下の演説会は見たわよね! すごかったわよね! 精霊様の祝福が天から降り注いでさ!」
「そだねー」
うなずいたところで、勢いよくドアが開いた。
「クウちゃん! 来たよっ!」
エミリーちゃんが満面の笑みで現れた。
うしろにはオダンさんがいる。
「エミリーちゃん、来てたんだ」
「うんっ! お父さんのお仕事についてきたの! クウちゃんに会いたかったし」
「あはは。ついこの間会ったばかりだけどね」
「……ヒオリさんと仲よくやれているようで安心したよ」
エミリーちゃんがしみじみと言う。
うん。
心配してくれてありがとう。
「エミリー殿、オダン殿、数日ぶりです。その節はお世話になりました」
ヒオリさんがエミリーちゃん親子に挨拶する。
「この子も友達?」
アンジェは私に聞いてくる。
「うん。ネミエの町のエミリーちゃん。魔力持ちなんだよ?」
「へえ! すごいのね! よろしくね、エミリー! 私、アンジェリカ! アンジェって呼んでいいわよ!」
「よろしくね、アンジェちゃん」
「私もこう見えて魔力持ちなのよ? 先輩として質問があれば答えてあげるわ」
「ほんと!? ありがとうっ!」
そこにゼノが帰ってきた。
虚空から、まるで幽霊みたいにすうっと現れて。
「ただいまー」
「おかえりー」
「なんだか大賑わいだね。報告があるんだけど、これは後でいいかな」
「急ぎ?」
「ううん。別に今度でいいよー」
ならよかった。
「あー疲れたー。ひおりーん、ひおりんパワー補充させてー」
「ぎゃあああ! ヘルプ、ヘルプ店長!」
「あー。ボクとひおりんって相性いいよねー」
「そ、某……。体が痺れておりますが……」
「気持ちいいなぁー」
ゼノがヒオリさんに密着して頬ずりする。
ふわふわと浮かんだまま。
「……えっと、この子も精霊なんだよね。実はいろいろあって、私のところに精霊界から遊びに来ていて」
私は、ポカンとしたままのみんなに説明する。
幸いにも、みんな……。
あ、うん、そうなのね、的に、あっさり納得してくれた。
オダンさんも細かいことは気にせず、さすがはクウちゃんの友達だと笑って受け流してくれた。
すると、またもドアが開いた。
「あのお、申し訳ありません……」
なんと。
さすがの私も驚いた。
「セラ!?」
思わず声が出た。
「クウちゃんっ! よかった! いてくれてっ! わたくし、留守だったらどうしようかと不安だったんです!」
やってきたのは、ローブを深くかぶった私服姿のセラだった。
うしろにはメイド姿のシルエラさんがいる。
他に人の姿はないけど、たぶん、忍者な人たちも周囲にいるんだろうねえ。
なんと言っても時の人。
世直し旅で話題の皇女様なんだし。
ともかく。
皇帝陛下の演説会がおわって町の興奮も冷め止まぬ中。
我が家は千客万来となった。




