836 困った時には……?
会場は静まり返った。
まるで、瞬間、時が止まったかのように……。
犯人は私だ。
つい、思わず、パワーワードまで使って睡眠魔法をかけてしまった。
大変なことをしてしまった……。
だって、うん。
立っていて寝てしまえば、当然、倒れる。
手に持っていたグラスは割れるし、ドレスも汚れる。
食事中に寝てしまえば、最悪、料理が服や顔にべったりだ。
ちょっとした惨事だ。
だけど、仕方がない。
仕方がなかったのだ。
だってお姉さまが、見てしまう寸前だったから。
私の判断は、間違っていないはずだ。
うん。
とりあえず、庭園全体に回復の魔法をかけた。
これで怪我人はいないはずだ。
ついでに病気も治してあげた。
これで、うん。
きっと、精霊様の祝福だと思ってくれることだろう。
祝福なんて、帝都ではもう何回もあった。
慣れっこだよね!
たいした騒ぎにはならないよねっ!
いつものこと的な!
汚れたドレスはごめんなさいだけど、この世界には洗浄の魔術がある。
問題にはならないよね。
駄目にした料理やグラスは、本当にごめんなさいだけど。
「よいしょっと」
私は、着飾った1人の女の子を肩に担いだ。
もちろんオルデだ。
これからどうするのか。
正直、どうすればいいのか、まったくわからない。
でも、そんな時。
どうすればいいのかは、わかる。
そう。
トリスティンだ。
私には、トリスティン王国があるのだ。
ラムス王によろしくお願いしよう。
それですべて、上手くいくはずだ。
間違いない。
私はそう信じることにして、転移と飛行の魔法を使って、トリスティン王国の見慣れた王城にまでやってきた。
もちろん、いつものソード様の格好に着替えて、だ。
ただ今回は、勝手に置いてはいけない。
なにしろオルデに罪はないのだ。
私的には大いに問題があるとしても、それは別に法律違反ではない。
だから、ポイッと捨てていくのは駄目だろう。
キチンとお願いしないと。
あと、日帰りだし。
夕方には迎えに来るから、それまでお願いします、なのだ。
「……あ、あの。もしや、聖国のソード様では? また、その、よろしくをしにご来訪されたのでしょうか?」
おっと。
適当に王城に降り立ったら、即座に文官の人に見つかってしまった。
まあ、ちょうどいいか。
「ラムス王の所在は?」
私はソードらしく、ちょっと上から目線で申し訳ないのだけど、なんとなく格好をつけてたずねた。
「ラムス前国王ですか……。すでに王城にはおりませんが……」
「……それは、どういう意味だ?」
「いえ、あの……。すでに我が国は新体制に移行していまして……」
話を聞いて、本気で驚いた。
なんと。
ラムス王は、自ら玉座から降りたというのだ。
それだけではない。
王太子リバースも、王太子たる自らの地位を捨てて、地方貴族へと位を落としたのだという。
現在のトリスティン王国は、国王不在なのだそうだ。
代わりに、公爵家の男子であるナリユ卿が貴族会議の議長となって、臨時の盟主を務めているそうだ。
ナリユ卿のことは覚えている。
ナリユキでクーデターの盟主にされちゃった気の弱い青年だ。
「では、獣王国との停戦の話も消えたのか?」
ナリユ卿は、なんの方針も持っていない人だったけど……。
その配下というか実質的なボスだった騎士団長のドランという男は、徹底抗戦派だったはずだ。
「いえ、それについてはソード様とお約束した通りです。正直に言うと、まだ小競り合いの報告はありますが……。近々、ジルドリア王国の仲介で正式に停戦協定が結ばれる運びになっております」
「ならば、良い」
とにかくナリユ卿に会わせてもらうことにした。
文官の人は、何の抵抗もなく話を繋いでくれた。
すぐに会えるそうだ。
なんか、うん。
もうソード様が来たら、無駄な抵抗はせず、言われたままにするようにとのお達しが出ているようだ。
あーでも、アレだなぁ……。
廊下を歩きながら私は思う。
最近は学院生活が忙しくて、東側にはまるで顔を出していなかった。
まだ争いは、おわっていないんだね……。
ナオも大変だろう……。
エリカが頑張って、話をまとめてくれればいいけど。
「……んん」
肩に担いだままのオルデが小さな声をもらした。
そろそろ目を覚ましそうだ。
私はオルデを床に下ろして、軽くその体を揺さぶった。
「……あれ。ここ、どこ?」
オルデは目覚めて、ぼんやりとあたりを見回した。
「ここはトリスティン王国の王城だ」
私は、カッコつけソード様のままで答えた。
「王城って……。そんな馬鹿なこと……。あれ、でも……」
落ちぶれたとはいえ、王城は王城。
立派なものだった。
そこいらの建物の廊下とは、豪華さのレベルが違う。
「ねえ、ところで、アナタは誰?」
「ソード」
私はカッコつけて答えた。
我ながら、カッコつけモードがここまで続くのは珍しい。
私、頑張ってる!
「ソードって、あの聖国の?」
「ついてこい」
私は歩いた。
カッコつけモードなので、優しくはしてあげないのだ。
「ねえ、ちょっとお! ワケわかんないんだけどぉ! ここって本当にお城なの私夢見てるワケじゃないよね!?」
あたふたついてくるオルデを連れて、私はナリユキで盟主になってしまったナリユ卿の元に向かった。




