825 閑話・青年ラハエルは異国の王女と2人で帰った
話に一段落がついたところで一般のお客さんが来た。
仕事帰りの常連さんのようだ。
姉さんは、パッと営業スマイルに切り替えると、手際よく注文を聞いて奥の厨房へと戻っていった。
僕とマイヤさんは姉さんに軽く声をかけてから、お店を出た。
2人で並んで夕暮れの通りを歩いた。
「ラハ君、今日はありがとね。付き合ってくれて」
マイヤさんが言う。
「こちらこそだよ。姉さんがお世話になりました。ありがとう」
「せっかく大会に出るんだから、いい成果、出してほしいねー」
「うん。そうだね」
むしろマイヤさんが出場した方が、健闘できる気もするけど。
「大会……。ク・ウチャン様か……」
僕はつぶやいた。
「げほっ! げほっ!」
マイヤさんがむせる。
「マイヤさん! 大丈夫!?」
「う、うん。平気だよぉ」
「……呪いって、もしかして、ク・ウチャン様が関係しているの?」
「え。なんで?」
「だって、さっきも、僕がク・ウチャン様の名前を口にした後だったよ。マイヤさんが苦しんだのは」
僕は考えて、思ったことを口にした。
「……もしかしてク・ウチャン様って、悪人なの?」
「そ、そんなことはないよ!」
「本当に?」
「う、うん」
「でもマイヤさん、様子が変だよ?」
「へ、へんかな?」
「うん。変だよ」
「そかー。あは。変かぁ……。あははは……。うん。だよねぇ。さすがに無理があるとは思っていたんだぁ、実は」
マイヤさんが力なく笑って、よろめきつつ斜め前に歩いた。
あ!
「マイヤさん、前!」
大柄でいかにも強そうな、強面の人がいるよ!
どんっ!
マイヤさんがぶつかったぁぁぁ!
「おい、ガキ。気をつけろ」
「はぁぁぁ!? 喧嘩売ってンのかコラァァァァァァァ!」
なぜかマイヤさんが吠えたぁぁぁぁ!
なにしてんのぉぉぉぉぉ!
僕は正直、動揺のあまり発狂しかけた。
だって。
うん。
怖そうな人は、そのまま許してくれそうだったのに……。
どうして喧嘩を売るの……。
とは思ったけど……。
僕は男だ。
こんな時には、女の子を助けないと……!
僕は勇気を出して、間に入ろうとした。
けど……。
「おい。なんだよ」
「ガキが喧嘩売ってきたんだよ」
「ははは。なんだそりゃ」
怖そうな人には仲間がいた。
あっという間にマイヤさん、囲まれた……。
ど、どうしよう……。
正直、逃げたかった。
でも、僕が逃げたらマイヤさんが……。
「あ、あのお!」
僕は完全に自棄で、怖そうな人たちの間を割って、マイヤさんの前に立ちはだかろうとした――。
の、だけど……。
「こ、これは!」
「大変に失礼をしました!」
怖そうな人たちが、なぜか一斉に直立して敬礼する。
「はぁぁ? あ」
マイヤさんは尚も攻撃的な声をあげて――。
なにかに気づいたみたいだ。
「なんだ、君たちかー」
「お会いできて光栄であります、師匠!」
「うん。元気だった?」
「はい! お陰様で、力のみなぎる日々であります!」
「あはは。みなぎるのはいいけど、一般人には手を出さないようにねー」
僕は呆然と――。
怖そうな人たちとマイヤさんが親しげにしている、その光景を見た。
なぜかマイヤさんは師匠と呼ばれている。
一体、どんな関係なのだろうか。
と思っていると、怖そうな人が僕のことに気づいた。
「ところで師匠、こちらの青年は彼氏ですか?」
「ただのクラスメイトだよ」
「ほほう。それにしては、もやしのような体で意地を見せて、我々の前に出ようとしてきましたが」
「そうなんだ? 私のこと、助けてくれようとしたの?」
マイヤさんまでが僕に聞いてくる。
「そ、それは……。クライメイトなんだから当然だよ……。マイヤさんが酷いことされたら大変でしょ……」
僕がどうにかそう言うと――。
笑われた。
マイヤさんにも、怖そうな人たちにも。
この怖そうな人たちは、なんと、皇帝陛下に仕える騎士――。
エリートの中のエリート――。
白騎士と呼ばれる、近衛隊の人たちなのだそうだ。
「ラハ君、すごいね。よく喧嘩を売ろうとしたねー」
「師匠を守ろうとする気概! 見事ですな! もっとも、どこの誰が師匠を害するのかという話ですが」
わっはっはー。
と、マイヤさんと近衛隊の人たちが笑う……。
僕は立ちすくんでいた。
「それにしても、みんな、ちゃんと普通に戻っていてよかったよー。練習の熱は取れたみたいだね」
「そうですね……。自分たちでも不思議ですが……。アレは夢だったのかと思うこともあります……」
「力はついてるよね?」
「もちろんです! 黒騎士だろうが聖国王国の精鋭だろうが、今なら後れを取ることはありません!」
「ならよかった」
まるで、マイヤさんが指導したかのような口ぶりだ。
もちろん、そんなことは有り得ない。
なので、たぶん。
別の意味のある会話なのだろう。
ただ、そうだとしても、近衛隊の人たちとマイヤさんは親しいようだ。
陽気な雰囲気の中、近衛隊の人たちと別れた。
僕たちはまた、2人になる。
「そうだ。さっきのク・ウチャン様の話だけど――。悪人じゃないから。むしろ逆だから。そこについてはお願いね。あと、心配してくれてありがとう。私は平気だから気にしないで」
「あ、うん……」
僕は、それしか言えなかった。
マイヤさんとは、そのまま広場でお別れした。
「じゃあ、ラハ君。また明日ねー!」
マイヤさんの青い髪は、夕暮れの中でもキラキラと輝いている。
幻想的だった。
それこそ、エルフよりも。
その髪が人並みに消えてから――。
「……うん。また明日」
僕は今更ながらに、1人でつぶやいた。




