824 閑話・青年ラハエルは異国の王女とハンバーガーを食べた
「ねえ、ラハ君。シャルさんってさ、昔から料理は好きだったの? 家にいた時からよく作ってたりしてた?」
「ううん。家では、見たこともないよ」
「そかー」
家に居た頃の姉さんは、食っちゃ寝の権化のような人だった。
あまりにも怠惰なので、父さんも母さんも、お見合い話すら進められずに途方に暮れていたくらいだ。
だけど今、僕、ラハエルの姉であるシャルロッテは――。
1人でバーガー屋を切り盛りしている。
厨房からは、バーガーを作る姉さんの上機嫌な鼻歌が聞こえていた。
「それでよく、1人でやろうなんて思ったねー」
マイヤさんが笑って言った。
「母さんと喧嘩しちゃってねー」
「へー。どんな?」
「姉さんのケーキを、母さんが間違えて食べちゃったんだよ。それで姉さんが激怒して、ケーキのない家になんていられるかーっ! て」
「……出ていったんだ?」
「出ていったというか、母さんに泣きついてこのビルを借りてね」
「激怒した相手に泣きついたんだ?」
「まあ、姉さんだし」
「そかー」
「逆に父さんの方が、そんな姉さんに呆れて、もう知らん好きにしろって感じになっちゃってねぇ」
「そかー。でも、ケーキが好きならケーキ屋になればよかったのにね」
姉さんに作れると思う……?
無理だよね……。
と、僕は思ったけど、すぐに考えを改めた。
「そうだね……。ケーキだって、作れたかも知れないね……」
なにしろ姉さんは、権威あるバーガーの大会に出る。
認められたのだ。
やれば出来る人だったということだ。
「おまたせー!」
姉さんが厨房から戻ってきた。
姉さんが僕たちの前に、それぞれハンバーガーを置いた。
三角の紙に挟まれていて、ソースがこぼれても手や服につかないように配慮されたハンバーガーだ。
「シャルお姉さん特製、シャルバーガー・スリーだよー」
「わーい。ありがとー」
マイヤさんが無邪気に喜んだ声をあげる。
「ささ、食べてみて」
僕とマイヤさんは、早速、シャルバーガー・スリーを手に持った。
食べる前に、まずは中身を軽く確かめる。
バンズには輪切りにされた2つの白い野菜と焼いたベーコンが挟まれて、その上にホワイトソースがかかっていた。
2つの白い野菜は、別の種類のようだった。
同じ白色でも質感が異なっている。
なんだろう。
どんな野菜なのかは、パッと見ただけではわからなかった。
とりあえず食べてみる。
ぱくり。
僕はすぐに理解した。
白い野菜は、長芋と大根の輪切りだ。
味は、うん……。
2つの根菜が、ホワイトソースとパンから浮いているね……。
ベーコンが頑張って少しは中和してくれているけど……。
でも、足りない感じだ。
僕はちらりとマイヤさんを見た。
マイヤさんは真顔だ。
真剣な面持ちで、静かにバーガーを食べていた。
「どうかな……?」
姉さんの問いかけにマイヤさんは答えない。
やがて食事はおわった。
「ごちそうさまでした」
と、マイヤさんが手を合わせる。
「クウちゃん、どうだった……?」
「ねえ、シャルさん。ちゃんと試食はした?」
「してないけど……。どうだったかな? 白と白と白で、けっこうバランスはいいかなーと思ったんだけど」
「雪バーガー?」
「あ、それいいかもっ! なら商品名はそれで――」
「不要です」
マイヤさんがハッキリと言った。
「え。なんで?」
「色合いだけで具材を決めてどーするんですかっ! だいたい試食なしでよく客に出せましたねっ!」
「だって、クウちゃんたちはお客じゃない……」
「お客と思ってくださいよ! なんでそんな、とりあえず挟んでみましたーみたいものを食べさせるんですかー!」
「だってぇ」
姉さんが唇を尖らせて拗ねる。
「だっても食ってもありません! 私はクウちゃんですよ! せめてクウにしてくださいよ食うならば!」
「くう……?」
「そうです! クウです! 練習しますよ! 私に続いて言うこと!」
マイヤさんが立ち上がると、姉さんの前に立った。
そして、練習が始まった。
「いきますよ、はい。クウちゃんだけに」
「くう?」
「勢いが足りません! もっとハキハキと! クウちゃんだけに!」
「くう」
「もっとー! クウちゃんだけに!」
「くう!」
「クウちゃんだけにぃぃぃぃぃ!」
「くうぅぅぅぅぅ!」
2人は、何をやっているんだろう……。
僕の目の前で、マイヤさんの勢いに飲み込まれた姉さんが、言われるままに大きな声で叫んだ。
「よろしい。クウの心を忘れないように」
「はい!」
「……とにかく、長芋と大根でしたっけ、挟んであったのは。発想としては面白いですけど、口の中で反乱を起こしていましたよ。ホワイトソースにまるで調和していませんでした」
「そかー」
「私の真似はしなくてもいいですっ!」
「え。でも、クウって……」
「クウちゃんだけに?」
「くう」
姉さんがうなずいた。
するとマイヤさんは納得したようだ。
「ならまあ、いいですけど。とにかく、合っていませんでした。大根と長芋を使うなら、たとえば聖国風にするとか。バンズの代わりに焼いたご飯を使って、ソースは醤油をベース。そうすれば、大根と長芋はバッチリ調和します。ライスバーガーということですね」
「……クウちゃん、すごいね。そんなのがパッと思いつくなんて」
「新しい食材を使うなら、その食材がどんな風に食べられていて、どんな調味料が使われているのか。まずはそこを知ることです」
「そかー」
「クウちゃんだけに?」
「くう」
そのやり取りは必要なんだろうか。
僕は思ったけど口にはしなかった。
「でも、うんっ! よくわかったよ! 勉強になったよ! 私、食材のことをもっと調べてみるね!」
「うん。がんばって」
マイヤさんと姉さんが手を取り合って微笑みを交わす。
よかった。
話は上手くまとまったみたいだ。




