821 休み時間
「……クウちゃんだけに、くう、か」
「どうしたの、クウちゃん。自分の名前なんてつぶやいて」
学院の休み時間。
ふとこぼれた私の言葉に、アヤが首を傾げた。
「あ、うん。最近ね、ちょっとなんとなく、クウちゃんがなんだか、自分のものではなくなっていく気がしてね」
「クウちゃんなのに?」
「うん。そう」
へんなのー。
と、アヤには気楽に笑われた。
最近、クウちゃんだけに、と思うと、セラの明るい声がほとんど強制的に私の頭の中には響き渡るのだ。
まるで、そう。
クウちゃんだけに、が、セラの言葉であるかのように。
否定するつもりはない。
セラはあくまで、好意的なのだ。
だけど、私は思うのだ。
果たしてクウちゃんとは、どこの誰なのかと。
そう。
これは哲学の問題なのだ……。
そんな休み時間の教室では、エカテリーナさんが上機嫌に語っていた。
「大丈夫ですよ。安心しなさい。最初の挨拶さえちゃんと出来れば、あとは問題になることなんてありません。学院生は制服での参加なのですから、服装も普段通りで良いのですし」
いよいよガーデンパーティーは来週。
皇女殿下が揃って来るとあって、休み時間の教室では当然ながら、その話題で盛り上がることが多い。
「でも、エカテリーナ様、本当にすごいですよね!」
「そうそう! 先輩方を押しのけて、皇女殿下をお招きなさるなんて!」
「セラフィーヌ様だけでもすごいのに!」
「アリーシャ様までなんて! どこで仲良くなられたのですか?」
取り巻きの子たちも元気いっぱいだ。
ここぞとばかりにエカテリーナさんを持ち上げている。
「そうですね……。正直、どこということはないと思うのですが……。私の挨拶の仕方が良かったのでしょうか。あまり交流がないながらも、私のことを気に入ってくださったようです」
「すごいですね!」
「挨拶の仕方、もう一度、教えてください!」
というわけで。
次の休み時間にエカテリーナさんの挨拶教室が開かれることになった。
あまりにヨイショされてエカテリーナさんも気持ちが高まったのか、ついには高笑いまで始めた。
「おーほっほっほ! 私に任せておきなさい!」
ふむ。
私は静かに席を立って、エカテリーナさんの肩を叩いた。
「……エカテリーナさん、さすがにその笑いはやめよ」
「そ、そうですね。失礼しました」
よかった。
幸いにもエカテリーナさんは、逆ギレすることなく、冷静さを取り戻した。
さすがにさ……。
おーほっほっほ!
は、私たちの年代では、エリカくらいしか似合わないよ……。
ちなみに挨拶教室には、私とアヤも参加した。
女子の付き合いというものだ。
まあ、ラハ君たち一般の男子も普通に参加していたけど。
貴族のレオは、「くっだらねー」とかそっぽを向いていたけど……。
うん。
当日に泣かないようにね。
あ、そうだ。
レオのことはどうでもいいとして、ふと思い出すことがあった。
「ねえ、ラハ君」
「どうしたの、マイヤさん?」
お昼休み。
ランチを済ませて教室に戻ったところで、私はラハ君に声をかけた。
「実は、お姉さんのことなんだけどさ……」
ラハ君は、真面目で物静かな文学青年なんだけど……。
実は、爆発野郎ボンバーの弟で……。
さらには、バーガー屋を営んでいる陽気でお茶目でドジっ子なお姉さん、シャルさんの弟なのだ。
「え。あ。うん。ごめん。また、うちの姉が何かやらかしたのかな」
残念ながらシャルさんの信用度は低いようだ。
まあ、うん。
正直、わかるけど。
「ごめん、まさか……。マイヤさんのところにまでお金を借りにいった?」
「え?」
「違うならいいけど……」
「……シャルさん、お金を借りにきたんだ?」
「う、うん……。久しぶりに家に帰ってきたと思ったら、いきなりジャンプして、と思ったら土下座して……。最高の新作バーガーを作るための資金を、どうか貸してくださいって……」
実家でジャンピング土下座したのかぁぁぁぁぁ……。
さすがの私も引きますよ……。
「最高の新作バーガーというと、今度の大会用かぁ」
シャルさん、本気なんだね。
「なんか、すごい大会があるんだよね? ク・ウチャン様っていう、料理の世界では世界一の賢人様が主宰する……。そういえばマイヤさんって、クウちゃんって呼ばれている――」
「ラハ君もクウちゃんって呼んでくれていいよー」
私は美少女スマイルでにっこり言った。
「僕はいいよ」
ラハ君が照れて顔を逸らす。
よし。
ごまかした!
ク・ウチャンとクウちゃんの関連性に気づかれるわけにはいかないのだ!
「で、お金は貸してあげたの?」
「今回は、シャルレーン家が全面的に支援することになったよ」
「おお。それはよかった」
「そんなすごい大会で姉さんが恥を晒せば、そのままシャルレーン家の恥にされてしまうしね。うちの家族はみんな、どうしてそんな大会に姉さんごときが選ばれたのかって不思議がっていたよ」
「ごときって……。まあ、うん。そうだね……」
酷い言い方かな、と思ったけど……。
よく考えてみれば、まさにその通りだね……。
他に参加が決まっているのは、ハラデル男爵とかトルイドさんとか大宮殿の料理長とか錚々たるメンバーだ。
あとの参加メンバーは、陛下にすべてお任せしてある。
丸投げだ。
私は関与しない。
だって、大変そうだし。
ただ、きっと、帝国を代表するような料理人が集まることだろう。
…………。
……。
ふむ。
私、思う。
シャルさん、完全に浮くかも知れない。
「ねえ、ラハ君。今日の放課後って暇?」
「暇というか……。いつも通りに帰るだけだけど……」
「ならさ、ちょっと一緒に、シャルさんのお店に寄ってみようか。シャルさんがどんな様子なのか心配だし」
場合によっては参加の辞退を勧めよう。
「え。僕と?」
「うん。一緒に行こうよ」
他にいないよね、関係者なんて。
「いいけど……」
「よしっ! 決まりねっ!」




