820 ファーとあれこれ
「クウちゃん、見たかったよおおおお!」
「秘密なのであるか!」
「店長……。某は……悲しみのあまり、溶けてなくなりそうです……」
家に帰って、メイドロボのファーをヒオリさんたちに見せたら……。
なぜ、我々に内緒で作ったのかと……。
ものすごい非難を受けた。
「まあ、うん。ヒオリさんは、溶けたければ溶ければ?」
なんか溶けても、どうせまた出てきそうだし。
「そんなー」
ヒオリさんがセラみたいな声を上げて、セラみたいに四つん這いになる。
「さあ、ファー。挨拶して」
「コンニチハ。ワタシハファー。メイドロボデス」
私が促すと、ファーは直立不動の姿勢ながらも挨拶した。
「すごいのである。挨拶されたのである」
「うん……。ゴーレムってすごいんだね……。あっ! わたし、エミリー! よろしくね、ファーちゃん!」
「妾はフラウニール。今は人の姿を取っているが竜なのである」
「そ、某は……」
「ここにいるのは私の同居人。まあ、家族かな。身内だから、敵ではないということを登録しておいて」
「了解シマシタ。登録完了」
「製法については秘密でお願い。見ての通り、かなり特別な子だから扱いは慎重にするつもりなの」
「わかったのである」
「うん。私も」
「で、これからファーに大切なことを教えるつもりだけど……。それなら見ててもいいけど、どうする?」
「見たいのである!」
「私も!」
「うん。なら見ててもいいよー」
ここで身を起こしたヒオリさんが、某にも挨拶をさせてくださいー! と叫ぶので挨拶させてあげて……。
改めて、ファーに最初の指導をすることにした。
「まずは、ファー。君の製造番号はMR01です。自己紹介する時には自動反応型ゴーレムMR01ファーと名乗ること」
MR01。
つまりは、メイド・ロボ、第一号。
なんかメカならばこういうナンバリングは必要だよね!
カッコいいし!
「では、次に基本の挨拶を覚えてください。私の言葉と動きを真似ること」
いくよ。
難しいけど、見ててね?
では。
私は一呼吸を置いて、基本の挨拶を披露した。
くるって回って。
「にくきゅうにゃ~ん」
肉球に見立てて軽く折り曲げた両方の手を、可愛らしく胸の前に掲げて、あとは満面の笑顔を作る。
これこそ、私の最大奥義とも呼べる一発芸。
にくきゅうにゃ~ん、だ。
うむ。
今日も私の芸はカンペキなのだ!
続けてファーが、くるって回って――。
「ニクキュウニャーン」
と、私の動作を真似た。
「ふむ……。固いね。動作も言葉も」
アイアンゴーレムだから、やむなしな部分は大きいけど。
「もう一度やるから見てて」
やろうとすると――。
「あのお、店長……」
「ん? どうしたの、ヒオリさん?」
「それが挨拶なのですか?」
「うん。そだよー」
私がうなずくと、ヒオリさんがなにやら言いたげな表情を浮かべた。
「あ、一緒にやる?」
「いえ、その……」
「なに?」
「それは挨拶というか、一発芸、ですよね」
ふむ。
言われてみれば、確かに。
と思ったら、フラウとエミリーちゃんが言った。
「一緒にやるのである!」
「わたしもっ!」
そして、フラウがしみじみと言う。
「本当に、さすがはクウちゃんなのである。妾はまたもや、クウちゃんのあまりの彗眼に鱗の落ちる気持ちなのである。おそらく、世間に出せば警戒されるであろう新しき技術に、あえて滑稽な要素を加えることで、相手の警戒心を解き、それどころかファーがクウちゃんの影響下にあることを万民に知らしめる……。まさにカンペキな挨拶と言わざるを得ないのである」
「うんっ! わたしも思った! こんなヘンな挨拶、クウちゃんじゃなきゃ絶対にさせないよねっ!」
「うむ。で、ある」
エミリーちゃんとフラウがうなずき合う中――。
ヒオリさんはよろめいた。
「そ、その通りです……! 某、なんという短絡的な思考を……! 店長はまたいつもの考えなしで、ファー殿の気持ちも考えず、テキトーに恥ずかしいことをさせようとしていただけなどと……」
申し訳ありませんでしたぁぁぁぁぁ!
と、叫んで、またもヒオリさんが四つん這いになった。
私、思う。
私、馬鹿にされているよね、これ。
でも私、怒っちゃいけないんだよね、きっと。
何故ならば……。
みんな、真剣なのだから。
ふむ。
「みんな、一緒にやる?」
「やるのである!」
「うんっ! 私もクウちゃんの挨拶を覚えるっ!」
「そ、某も心を入れ替えます! ぜひとも、ご教授を!」
というわけで。
みんなでしばらく、にくきゅうにゃ~んをした。
ファーは固いままだったけど。
まあ、うん。
なんだか繰り返す内に、私の心はどんどん冷めてきて……。
なにをやっているんだろうなぁ。
とか思い始めちゃったので……。
合格ということにしておいた。
「習得完了。ニクキュウニャーン。登録シマシタ」
「やりました……! ついに某も店長の挨拶を!」
「やったのである!」
「わたしたち、これでまた、クウちゃんに一歩近づけたね!」
ヒオリさんたちが喜びを分かち合う。
みんなは本気の様子だった。
イヤイヤ付き合って、やっとおわったかぁという雰囲気はない。
その輪の中には、任務をおえて、無言で無表情、かつ直立不動で次の指示を待つだけのファーもいた。
私、思う。
まあ、いいか。
細かいことを気にしても仕方がない。
私も喜ぶことにした。
ともかくこうして、ファーは我が家の一員となった。
ただしばらくは、慎重にいくつもりだ。
表には出さない。
ヒオリさんたちにも、ファーのことは秘密にしてもらった。
しばらくは、私が家にいる時にだけアイテム欄から出して、いろいろと学習してもらうつもりだ。
果たして、どんな風に成長するか。
とても楽しみだ。




