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82 ウィルちゃん



 さて、気を取り直して『透化』。

 そして解除。

 こうすれば汚れはすっきりと落ちる。

 我ながら、本当にありがたい能力だ。


 ただ、立ち込める悪臭だけはどうにもならない。

 そもそも下水道だし。


「ところでゼノ、穢れた力の反応は消えた?」

「うん。消滅済み」

「オーケー。任務完了だね」


 さっさと帰りたいところだけど、そうもいかない現実が目の前にはある。


 女の子は、さっきから変わらず、壁の隅で体操座りをしている。

 私たちのことにも、襲いかかってきていた変異スライムにも、あたりに散らばったその残骸にも気づいていない。

 ただぼんやりと、うつろな眼差しで虚空を見つめている。

 心ここにあらずだ。


 女の子はブラウスとスカート姿だった。

 いいところのお嬢さんが着るような仕立てのよい服――というか、アレだ。

 ゴスロリだ。


 隷属の首輪はしていない。

 ロープや鎖で縛られている様子もなかった。


 リボンで結ばれた長髪の色は銀。

 漂う瞳の色は赤。

 色合いだけならナオに近い。

 ただ、印象はまったく違う。

 ナオには、ちゃんと生気があった。

 無表情でも色白でも、肌や尻尾は艶やかだったし、感情に合わせて耳や尻尾がピコピコ動いていた。

 この子には生気がない。

 まるで死者だ。

 肌色も、血の通っている感じがなくて、単に青白い。


 私は間近でしゃがんで、目線を女の子に合わせた。


「ねえ、君、どうしてこんなところにいるの?」


 話しかけても反応はない。


「誰かに捕まったの?」


 んー。


 私は顔を近づけて、女の子の赤い瞳を覗き込んだ。


 お。


 じっと見ていると、ピクリと、赤い瞳が動いた。

 反応アリ。

 私のことを見つめた?


 次の瞬間だった。


 左右に唇を広げた女の子が、唇から伸びた牙で私の首筋に食らいついた。

 正確には、食らいつこうとした。


 まあ、うん。


 一瞬早く敵感知が反応したしね。

 反応しなくても、十分に対応出来る程度の勢いだったけど。


 剣の柄で女の子の胸を突いた。

 一気に押し込んで、女の子の背中を壁にぶつける。

 それなりに力を込めた。


 女の子の体がびくりと跳ねて、目を剥いて、短く息を吐く。


 私はレベルカンストにしては非力な精霊の冒険者。

 素手での攻撃に関しては、超人的なパワーを出すことはできない。

 でも小剣を使えば話は異なる。

 なにしろ攻撃に小剣の熟練度補正がかかる。

 さらに『アストラル・ルーラー』を使っている時には、神話武器の強烈なステータス補正もかかる。

 岩でも軽々と砕けてしまえるパワーを持つのだ。


 女の子は、人間じゃないよね。

 前世の知識的に吸血鬼だ。


 なので容赦なく、剣の柄を胸にめり込ませた。


「あはははははっ! だーまされた! だまされた! クウ、その子のこと、普通の人間だと思っちゃった? 思っちゃったよねー!」


 ゼノがケタケタとお腹を抱えて笑う。

 うざっ!


「……わかってたなら教えてよ。吸血鬼ならターンアンデッドで済んだのに」

「んー。だよねー。だから言わなかったんだよ」


 ゼノが笑うのをやめて神妙な面持ちを見せる。


「どういうこと?」

「その子、吸血鬼なんだよね」

「知ってるけど?」

「彼女、実は闇の子なんだよー。つまり、なんていうか、ボクの眷属的な?」

「……さっきのスライムやゾンビとは違うってこと?」


 穢れた力とは無関係ということだろうか。


「うん。そう」

「へー。でも、こんなところにいられたら迷惑だし、成仏させるね?」

「待って待って! そうなんだよね。こんなところにいるはずはないんだよ。そもそも不自然にぼんやりとしていたでしょ?」

「何か事情があると?」


 確かに、普通ではない感じだったけど。


「うん。どうも魔術をかけられているっぽいから、できれば――」

「ディスペル」


 こういう時、緑魔法がないのは不便だ。

 魔力感知ができない。


 まあ、でも、さくっと魔法解除。

 手応えアリ。

 女の子を覆っていた魔法が、パリンと砕けて割れた。


「できれば、どこか静かな場所で、かけられた魔術の分析を……」

「もう解いたよ」

「一瞬、そんな気はしたよ!?」


 女の子が静になる。

 しばらくすると、ぴくんと肩が動いた。

 一度閉じた女の子の目が、あらためて、ゆっくりと開いていく。


「……ぃ、た」


 そんな小さなつぶやきが、女の子の唇からこぼれた。


「スイタイ?」


 かな?

 吸血鬼的に。


「痛い……。ちょっ! 痛いんですけど! ウィルちゃん死にそうなんですけど!? なんなのこれ胸が陥没してるんですけど!」


 ちがった。

 いきなり騒がしい。


 理性が戻ったかはよくわからないけど、知性は戻ったようなので、とりあえず剣の柄で拘束するのはやめてあげた。


「いたっ! いたっ!」

「ヒール、ほしい?」


 手のひらに白魔法の魔力を込めて、聞いてみる。


「そんなの食らったらウィルちゃん本気で死んじゃうんですけど!?」

「いやもう死んでるよね?」


 アンデッドだし。


「人間基準で決めつけないでくれるー? 死者的にはウィルちゃん、ちゃんと生きている領域に属しているんだから」

「とりあえず癒やすね?」

「イヤーー! っす。 なんちて。いやすだけに?」


 てへぺろされた。


「むむ……」


 ここでギャグとは、なかなかやりおる。

 はっきり言って100点中6点だけど、この場で言えたことは素晴らしい。

 まさに磨かれる前の原石と呼べるのではなかろうか。


 ここはひとつ、先輩としてお手本を見せてやるか。


「すなわち、ヒー。るんるん。だね」


 ふふ。

 どうだい。


 これがプロの技だぞ。

 ヒール。

 すなわち、ヒーでイヤーな苦しみを示し、そして、るんるんで癒やされた後の安らぎを示す完璧なる布陣。

 私にスキはない。


 目が合ったので、力強くうなずく。


「意味わかんないけど、やめてくれてありがとね?

 ねえ、でも、どうして貴女……。

 ウィルちゃんが赤い瞳で見つめているのに平然としているのかしら?

 これでもウィルちゃん、上位種だし?

 魔眼の力でニンゲンなんて好きにできるはずなんですけど?」


「そんなことより私はクウ。君の名前は?」

「名前? ウィルちゃんですけど……」


 そうだとは思ったけど、一応、確認してみた。


「で、ウィルはこんなところで何をしていたの?」

「ウィルちゃんですけど?」

「ウィルはこんなところで何をしていたの?」

「だーかーらー。かわいいこのウィルちゃんに、ちゃんとちゃんをつけないってどういう了見? ちゃんまでが名前なんですけど?」


 だれがつけるか。


「……で、ウィルはこんなところで何をしていたの?」


 思いっきり睨んでやった。

 まあ、いつものことではあるけれど、所詮、かわいい女の子な私なので、迫力なんて全然ないだろうけど。

 かわいい基準で言うならば、私こそちゃんで呼ばれるべきだ。

 って、アレ。

 けっこう呼ばれてるか。

 勝ってたよ!


 ともかく今日は陛下の演説会があるのだ。

 のんびり下水道にはいられない。

 仕事がおわったなら、さっさと青空の下に帰りたいのだ。


「知らないわよー。ウィルちゃん、お昼寝していただけですしー? 気がついたら貴女に胸をえぐられていて痛かっただけの被害者ですしー? ねえ、謝罪と賠償を請求したいんだけどいいかしら?」


「ねえ、ゼノ、もうこいつ、ターンアンデッドしていい?」


 さっきから脇で様子を見ているだけのゼノに、いらっとしつつ確認。


 ちなみにえぐられたはずの胸は、もうほとんど再生している。

 さすがの吸血鬼だ。


「ごめん、クウ。この子のことはボクに任せてもらっていいかな? 嘘をついている様子はないから本当にわかっていないんだと思う」

「関わっちゃっていいの?」

「正直、迷ってるけど、一応は眷属だし、放置もできないしね」

「わかった。なら任せるよ」

「ありがとう」


 ゼノは軽々とウィルを肩に担いだ。


「ちょ。えっ。凄まじいまでの闇の力を感じるんですけど!? ウィルちゃん、もしかして闇に呑まれちゃう!?」

「なにそれ」

「イヤー! 闇に呑まれてバケモノにされるのはイヤー!」

「詳しい話、聞かせてもらうね」


 ウィルの言う闇とは、邪悪な力のことだろうか。

 少なくともゼノの力ではないようだ。


 どうもいろいろなところで、何か悪いことが少しずつ進んでいる気がする。

 気のせいならいいけど。


 ウィルを担いだまま、ゼノは自分の影の中に潜っていった。


 私は1人になる。


 とりあえず、アレだ。


「帝都防衛、完了っ!」


 いえい!


 やったぜ。



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― 新着の感想 ―
書籍版2巻の最大のバグはウィルちゃんが登場しないことですかね、コミカライズでは登場する事願ってます!
[一言]  また変な女の子キャラが……
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