819 メイドロボ
晴れた午前。
私は空の上でふわふわとしていた。
9月下旬。
まだまだ日は温かくて、風は柔らかくて、実に心地よかった。
今日は休日。
学院はお休みで、ついでに工房もお休みにした。
エミリーちゃんも今頃は、たまの休日に羽を伸ばして――。
は、いない。
今日は休日ということで――。
むしろ、いつもより早い時間にうちに来た。
今は、フラウとヒオリさんと3人でお店の奥の工房に籠もっている。
私の生成魔法とゴーレムの研究だ。
エミリーちゃんは本当に、真面目で優秀な子だ。
慢心することもサボることもなく、地道にコツコツと毎日の勉強を積み重ねて成長している。
今ではフラウもヒオリさんも研究の助手として認める存在だ。
ただ、うん。
逆に言うと、真面目すぎて、遊び心が少ないというか……。
帝都に来て同年代の友達を作っていない気がする。
なにしろ、うちで働いてばかりだ。
休日にも勉強している。
友達といえば私やセラやアンジェはいるけど、見事に年上ばかりだ。
といっても、じゃあ、休日には勉強するなー!
外で遊んできなさーい!
と言っちゃうのも、なんか違う気がする。
まあ、うん。
気にだけはしておこう。
私も今日は休日。
なーんにも、考えない日なのだ。
お姉さまのこともハラデル男爵のこともバーガーのことも、今日は綺麗に横に置いてしまうのだ。
うん。
ふわふわしよう。
ふわふわ。
ふわふわ。
「あ、そうだ」
ふわふわしつつ、私は不意に忘れていたことを思い出した。
「ゴーレム軍団を作ろうっ!」
そう。
私は夏の旅で、たくさんの『心核』を手に入れていた。
これがあればゴーレムの生成が可能。
ゴーレム軍団を作って遊ぼうと思っていたのに、いろいろなことが重なって完全に忘れていた。
というわけで私は、帝都を離れて南へ飛んだ。
向かう先は荒野。
そこで、アイアンゴーレムをたくさん作って並べてみた。
うん。
壮大な光景だ。
なにしろアイアンゴーレムは、人の背丈の優に5倍はある巨体だ。
本当に、どうしてこの巨人が、たった数個のインゴットから簡単に生成できてしまうのだろうか。謎だ。
まあ、でも。
それを言ったらいろいろとおしまいなので……。
私は気にしない。
「さあ、ゴーレムくん! 命令だぞー! まずはその場で足踏み!」
どすん!
どすん!
私の声に従って、ゴーレムが動き始めた。
地面が揺れる。
「ジャンプ!」
ゴーレムが一斉に跳躍して。
どーん!
凄まじい地響きと共に着地した。
「踊ってー!」
曖昧な指示を出してみたけど、ゴーレムはちゃんと踊った。
私の頭の中にあるイメージも伝わるようだ。
この後、私は、走らせたり、位置を入れ替えたり、いろいろな命令を出してみたけどゴーレムはすべて従った。
なんという高性能なのでしょうか。
素晴らしい。
「よーし! 飛べー!」
理不尽な命令もしてみた。
してみたところ……。
ゴーレムは私のイメージの通りに飛ぼうと跳躍して……。
飛べずに地面にうつ伏せに落ちて……。
ああ……。
全身に亀裂が入っていく……。
見ていると、そのまま、割れるように砕けて散ってしまった……。
「ああああっ! ゴーレムくーん!」
ごめんよぉぉぉ!
状況が把握できずに、つい傍観してしまったぁぁぁぁ!
ころんころん。
と、『心核』だけが残って地面に落ちる。
私は『心核』を拾い上げた。
幸いにも、壊れてはいない様子だった。
よかった!
そう言えば、実行不可能な命令はダメだったね。
エミリーちゃんのハトちゃんも、飛ぼうとして砕けたんだった。
しっかりと覚えておこう。
次は、いろいろと見た目を変えてゴーレムを生成してみた。
デフォルトのゴーレムは、どんな素材で作っても、いかにもゴーレムという感じで地味な見た目だ。
どうせなら、カッコいいほうがいい。
幸いにも私には前世の記憶がある。
その中で……。
次第に私は思い始めていた。
大きなロボットは浪漫だ。
素晴らしいものだ。
ただ、現実的に考えると実用性は低い。
何故なら私は荒野に住んでいるわけではない。
帝都に住んでいる。
実用性を重視するなら、人間のサイズくらいでちょうどいい。
人間サイズのゴーレム……。
すなわち……。
メイドロボ。
うむ。
作ってみるか!
私の魔法の力は、はっきりいって万能だ。
イメージさえ固めれば、だいたいなんでも作れてしまう。
なので見た目的には問題ないだろう。
問題は中身だ。
どうすべきか。
まだ試作だし、現段階で感情はなくていいか。
ただ、せっかくのメイドロボだし、言葉で応答くらいはできるといいねえとはイメージしておこう。
というわけで――。
アイアンインゴットに『心核』。
加えて、メイド服用の布も一緒に置いてっと。
「クリエイトゴーレム!」
できた。
メイド服を着たメイドロボな女の子!
うむ。
無表情ながら可愛い。
パッと見には、普通に人間の女の子にしか見えないね!
ただ、ちゃんと見れば……。
お人形さんのような人工の瞳や関節部分で、メイドロボとわかる。
良い完成度だ。
「こんにちは」
私は声をかけた。
だけど返事はなかった。
「こんにちは。って、言ってみて」
そう言い直すと――。
「コンニチハ」
おお!
思いっきり無機質だけど、しゃべったぁぁぁ!
すごいね!
「握手しよ」
私が手を伸ばすと、メイドロボがその手を掴んだ。
あくまで鉄製なので触れば固いし冷たいけど、ちゃんと肌色をしていて、見た目的に違和感はない。
あと髪は、素材を準備していなかったのに、ちゃんとあった。
人間の髪よりも光沢があって、固そうで、明らかに人工っぽさはあるけど逆にそこがメイドロボらしくていい。
きっちりと揃えられた見事なボブカットだった。
我ながら、本気ですごい完成度だ。
ただ贅沢を言うなら、触感がもう少し人間に近いといいかな。
冷たくて固いのは寂しい。
では、どうすればいいのか。
人間っぽい質感のゴーレムを作りたいのであれば……。
人間の素材が必要になるのかな……。
人間って、なんで出来ているんだっけか……。
たんぱく質?
カルシウム?
いや、水か。
人体の60%は水だよね。
あとは、炭素や酸素や窒素だった気がする……。
ふむ。
そこまで難しく考える必要はないか。
要するに素材があればいいのだ……。
たとえば、死体とか……。
ふむ……。
「忘れよう! メイドロボに触感は不要! ロボなんだから!」
私はあきらめることにした。
なんか、うん。
マッドサイエンティストかネクロマンサーな禁断の領域に、足を踏み込んでいく自分を感じた。
「よし、遊ぼう!」
私は気を取り直して、ゴーレムで遊ぶことにした。
メイドロボを量産して運動会をしてみる。
面白いことに、同じ要領ですべて作ったはずなのに、足の早い子がいたり力の強い子がいたりした。
私の気合の入れ方が無意識で違っていのかも知れないけど……。
最初に作った子が、飛び抜けて優秀だった。
すべての競技で一等だった。
遊びおわって、私はメイドロボを素材と『心核』に戻す。
ただ、全競技で勝った最初の子だけは、分解せず残しておくことにした。
私は、その子を前にして考える。
そして、決めた。
「よし、君の名前はファー! ファーと呼んだら君のことだから、ちゃんと返事をするように! いいね!」
「了解シマシタ」
私が命令すると、言葉とうなずきでファーは反応を示した。
名前の由来は、単にファーストから。
最初の子だし、一等だったしね。
ふむ。
しかし、会話が成り立つということは……。
実は自我があるのだろうか……。
「ファー。今、思っていることを言ってみて?」
「命令ヲドウゾ」
まあ、ないか。
単に反応しているだけかな。
「とりあえず今はないから、しばらく休んでて」
「了解シマシタ」
私はファーをアイテム欄に入れた。
ファーはすんなりと収納された。
ファーのテキスト欄には、こう書かれていた。
メイドロボ【ファー】
育成型知能個体。
レベル2。
ふむ。
知能……つまりは、自分で考える力を持っているということかな。
付けるつもりはなかったけど、付いているようだ。
しかも成長するのか。
レベルが2なのは、運動会のせいかな。
これは、アレか。
気軽に作ったけど、すごいものになってしまったのかも知れない。
しばらくの間、扱いは慎重にしよう。




