818 大喜びのお姉さま
1日の授業がおわって家に帰ると、お姉さまがお店の中で待ち構えていた。
ドアを開けて入ってきた私の姿を見るや否や――。
制服のスカートを翻して、大胆に走り寄ってくる。
「お姉さま、はしたないですよ」
「クウちゃんっ! やりましたわよっ! 作戦は大成功でしたわ!」
「こほん」
ここで店員のエミリーちゃんが軽く咳をした。
うん。
今日もお客さんがいるね。
私はお姉さまを誘って、三階にある自分の部屋に入った。
「で、なにがどうしたんですか?」
「実は昨日、ハラヘールより早くも手紙が届いて、ハラデル男爵がバーガー大会への参加を表明してきましたの!」
「そかー」
「ハラデル男爵は、作戦通りにわたくしの手紙に激怒して、トルイドさんにも敵意むき出しの様子でしたわ!」
「そかー」
「婚約話もナシですって! 叩き潰すのですって!」
「そかー」
「ふふふふっ! 正義! 正義ですね! クウちゃん、わたくしたちは正義を成し遂げたのですわっ!」
「そかー」
「もー。なんですか、その気のない返事は」
「……いや、うん。だって、叩き潰すとか物騒ですよね、正直」
「ふふ。はー。よかったですわー。これで後は、あの女にキチンとオハナシをしてすべては完了ですわねー」
「お姉さま、あの女じゃなくてエカテリーナさん。ちゃんと名前で呼ばないと本当に失礼ですよ」
「そうですわね、失礼しました」
お姉さまが優雅に一礼する。
ホントに、もう。
素直じゃないのに素直なんだからね。
困ったものだ。
まあ、でも、いいか。
エカテリーナさんも、アリーシャお姉さまからパーティーに出たいとの連絡を受けて鼻高々だった。
一族をあげて歓迎すると言っていた。
これでお姉さまが、エカテリーナさんへの敵意全開で参加しては私としても申し訳ないところだった。
今のお姉さまなら大丈夫だろう。
にっこにこだし。
「ねえ、お姉さま」
「なんですか、クウちゃん」
「ハラデル男爵からは、他には何もなかったんですか?」
「ええ。特には」
「そかー」
「どうしてですか?」
「いえ――。ハラデル男爵って、たしかに直情的な方でしたけど、政治力もしっかりとある方だと思ったので――。ただ怒って、ただ婚約解消なんていう安易な結果だけなのかなぁと思いまして――」
「クウちゃん」
「はい?」
「クウちゃんの得意技ですわよね。細かいことは気にしない!」
「そかー」
得意技にしたつもりはないけど……。
まあ、うん。
私もだいたい、細かいことは気にしない子だった。
ただ、それでもたまには考えることもある。
実はハラデル男爵は、すべてを理解した上で、あえて乗ってくれた。
ということはないのだろうか。
何しろハラデル男爵は、ク・ウチャンとお姉さまとトルイドさんの間に繋がりがあることを知っている。
だとすれば、何か目的がありそうだ。
まあ、いいか。
あったとしても、害を成すようなことではないだろう。
たぶん、食のことだ。
今日のお姉さまは長居せず、言いたいことだけを言ってすぐに帰宅した。
で、次の日。
来るかなーとは思っていたけど……。
学院の休み時間、ブレンダさんとメイヴィスさんが私の教室にまで来て、私は廊下の隅に連れて行かれた。
「えっと。アリーシャお姉さまのことですよね?」
「お、さすがは師匠。話しが早いな」
「ええ。実はそうなんです。最近、どうも様子が変でして……。クウちゃんなら何か知っているのではと」
どうやらお姉さま……。
教室でも「正義を」「正義が」とか、つぶやいていたらしい。
「今日、すっごい上機嫌になってました?」
「それはもう気持ち悪いほどに。何かあったのですか?」
「はい、まあ……」
ただ、本当に幸いなことに……。
お姉さまは、詳細については語っていないようだ。
もちろんエカテリーナさんのことも。
私はどうしようかと思いつつ……。
黙っていて探られて、変な勘違いをされても面倒なので……。
ざっくりと説明することにした。
本人が嫌がっているのに親が勝手に婚約話を進めて、その話を聞いたお姉さまが怒りの声をあげた、と。
それでなんとか納得はしてもらえた。
「しっかし、平和なもんだよなー。正義正義とか言うから、てっきり悪党でもいるのかと思ったよ」
頭のうしろに手を組んで、ブレンダさんが笑う。
「そうですね……。残念です」
「だよなー。どうせなら、東側諸国くらい帝国も荒れればいいのに」
「また物騒なことを言って」
私は呆れた。
「クウちゃんは知っていますか? 最近の東側では、諸国の混乱に乗じて、正体不明の存在が勢力を伸ばしているとか」
メイヴィスさんが言う。
「さあ……。最近は、家と学校の往復なので、外のことは……」
私には、まるで思い当たることがなかった。
「私らも詳しいことは教えてもらっていないんだけどさ、たまに大人の会話から聞こえてくるんだよな。センセイガ、とか」
「名前的に魔物ですかね?」
なんとなく私はそう思った。
「あー。かもだなー」
「とすれば、大発生でもしているのでしょうか……」
ブレンダさんがうなずくと、メイヴィスさんが考えつつ言った。
「それなら退治に行きたかったな」
「そうですね」
ブレンダさんとメイヴィスさんが笑い合う。
東側の事態はよくわからないけど……。
東側にはユイとリトがいる。
ナオだって今では立派なものだし、ハースティオさんを始めとした竜の人たちも滞在している。
なにより深刻な事態なら、リトが飛んでくるはずだ。
心配は不要だろう。
私も一緒に笑うことにした。
あははー。




