812 料理長のバーガー
時間になった。
メイドさんの先導で私たちは食堂に向かう。
「ほら、シャルさん。リラックス」
右手と右足が一緒に出ているシャルさんの背中を私は軽く叩いた。
「そ、そうだね……。うん。今から緊張していたら、これから始まるバーガー戦争に参加すらできないよね……」
すーすーはーはー。
と、大きく呼吸して、シャルさんは気持ちを落ち着ける。
「戦争ではないけどねー」
私は笑った。
だけど、その私の言葉は、すぐに覆されることになる。
私たちの後に陛下たちも登場して――。
大宮殿での夕食が始まる。
最初に、立派なコック帽をかぶった白衣の中年男性――昼にシャルさんのお店に来た料理長が現れる。
「――本日は、陛下に皇妃様を始めとした皆様にこのような場をいただき、誠に感謝いたします。
私は、このバーガー戦争に必ずや勝ち抜き、宮廷料理人こそが賢人の名に相応しいのだと天下に示す覚悟でございます。
今回は、まさにその初戦として――。
クウバーガーではない、クウバーガー。
お召し上がりいただきたいと思います」
料理長が深々と一礼する。
戦争だったかー。
私は思ったけど、口には出さなかった。
私は空気の読める子なのだ。
「さて本日は、その初戦の前に、皆様にはオリジナルのクウバーガーを味わっていただきたいと思います」
私たちのテーブルの前に、給仕のお兄さんが手際よく、銀色の丸い蓋の被せられたお皿を置いていく。
あと、水も。
「こちらのバーガーは、クウバーガー伝導の地として知られる鍛冶の町アンヴィルより取り寄せたクウバーガー・オリジナルを基に、私が製作したクウバーガーです。限りなくオリジナルに近づけることはできたと自負しています。まずは、こちらからお召し上がりください」
ほほう。
このク・ウチャンに、クウバーガー・オリジナルを食わせると申すか。
なんて私は一瞬、偉そうに思ってしまったけど……。
今の私は、かわいいだけが取り柄な、小鳥ブレイン・ガール。
ク・ウチャンではない。
ここは素直に楽しませてもらおう。
私は蓋を開けて、白い紙に挟まれたバーガーを両手に握った。
うむ。
バンズの中にはパティがあって、刻んだオニオンが乗せられて、ミートソースがかけられて、スライスしたトマトがある。
まさにクウバーガーだ。
かぷり。
もぐもぐ。
ふむ。
見事なミートソース。
そして、見事な全体のバランスだった。
「どうだ、クウ。クウバーガーか?」
陛下がたずねてくる。
「はい。クウバーガーといって、問題はありません。余計な手を加えることなく基本に忠実に作られた良い品です」
「そうか。これが巷で噂の味か。なるほどな」
皆、妙な緊張感の中、静かに最初の食事をおえた。
水を飲んで、口の中をリセットする。
「では、次に今回の課題――。
クウバーガーではないクウバーガーをご賞味いただきたいと思います」
料理長は語る。
「クウバーガーとはミートソースだけのものではありません。クウバーガーとは具材入りのソースをかけたバーガーの総称です」
へー。そうなんだー。
私は他人事のように感心した。
「クウバーガー。すなわち、食う、バーガー。すなわち、クウバーガーとは自由なものなのです」
料理長がそう言うと、セラが「その通りです」と力強くうなずいた。
正直、意味はわからない。
だって、うん。
どんなバーガーだって、食うよね、普通。
ただ、私は余計なことは言わない。
私は空気の読める子なのだ。
「そして、次にお出しするのが私の作品。クウバーガー・ホワイトです。どうぞお召し上がりください」
再び私たちの前に、銀色の丸い蓋を被せたお皿が置かれた。
私は緊張しつつ蓋を開ける。
白い紙に挟まれてお皿の上に現れたのは――。
バンズの上にコロッケを乗せて、コロッケの上にホワイトソースをかけ、千切りのキャベツをたっぷりと乗せた――。
こちらの世界では、初めてみる類のバーガーだった。
私は白い紙の上からバーガーを握って、食べた。
ぱくり。
もぐもぐ。
ふむ。
コロッケの中身は、こちらもホワイトソースだった。
トロトロのアツアツ。
これは、グラタンコロッケだね。
ソースの中には、グラタンの素材が入っていた。
その上に乗ったホワイトソースは、コロッケのホワイトソースよりも固めに仕上げられていて、中にはキノコが入っていた。
同じホワイトソースなのに食感も風味も異なっていて、それが口の中で混じり合うのは実に新鮮な体験だった。
そして……。
2つの甘みを調和して、すっきりとまとめる名脇役。
千切りキャベツの存在感。
さっぱりとしていて、シャキシャキ。
このキャベツがなければ、さすがに甘さばかりが引き立って、食べおわるまでには飽きていたかも知れない。
だが、しかし。
このキャベツがあれば、まったくそんなことにはならない。
素晴らしい役割をこなしていた。
私は、クウバーガー・ホワイトを食べおえた。
「ごちそうさまでした」
私は手を合わせて、それからシャルさんに目を向けた。
シャルさんもバーガーを食べおえていた。
シャルさんの表情は、淡白なものだった。
美味しいとも、悔しいとも、わかるような感情は表に出ていない。
陛下が言う。
「クウバーガーの本質。自由なバーガー。堪能させてもらった。料理長、見事な腕前と発想であったぞ」
「ははーっ!」
深く一礼して、料理長は下がった。
私は何も言わない。
私はこうした場では、ク・ウチャンではないのだ。
ただのセラのお友達なのだ。
それが暗黙のルールなのだ。
だけど、うん。
料理長のバーガーは、素晴らしかった。
見事。
と言う他はなかった。




