810 序章!? バーガー戦国時代!
さて、早速ですが、ホワイトソースのたっぷりかかったシャルさんの新作バーガーをいただきますかっ!
ボリュームのあるバーガーを両手でしっかりと握って。
ぱくり。
もぐもぐ。
ふむ。
ホワイトソースの具材は、ひき肉とタマネギがメインだね。
他にも入っているようだけど、私は素人さんなので、細かいところまではよくわからないです。
バーガー自体の具材は、タマネギにトマト。
バンズにはマスタードが薄く塗られている。
これは、アレだ……。
全体的な構成は、クウバーガーと同じだね。
ミートソースのトマトソース部分をホワイトソースに置き換えて、新作バーガーとしたわけか。
口の中にホワイトソースの甘みが広がって、それが優しくバンズやパティを包み込んでくれる。
最初は、ちょっとバーガーとしては甘ったるいかな……。
なんて思ったりもしたけど……。
食べ進めていけば、次第に口が甘さに慣れてきて、これはこれでアリかな、とも思えてきた。
「ごちそうさまでした」
私はバーガーを食べおえた。
アリーシャお姉さまたちも食べておえていた。
「どうだったかな?」
様子を見ていたシャルさんが、おそるおそるたずねてくる。
「悪くはなかったかな」
私は率直に、思ったままの感想を告げた。
「そうですわね」
アリーシャお姉さまが同意する。
次にアンジェとスオナが言う。
「美味しかったけど、ちょっと手についちゃいますね」
「食べるのには少し苦労したね」
確かに、食べている最中にけっこうソースがこぼれた。
幸いにも服にはつかなかったけど……。
服にソースがついてしまったら、面倒だったかも知れない。
まあ、私たちには魔法があるけど。
今回はテーブルに置いてある手拭きペーパーで綺麗に出来る程度だったので、まだマシなんだけど。
「クウバーガーは紙に包んだまま食べるのが基本なので、このバーガーも紙に包むと食べやすくなりますね」
私はアドバイスしておいた。
「なるほどー。次からはそうしてみるねー」
シャルさんは素直にうなずいて、
「で……。どうだったかな……? シャルバーガー、売れると思う?」
「そうですねえ……。売れるとは思いますけど……。たぶん、女の子がメインになる気がするので……」
「うー。それだと、うちだと厳しいかなぁ?」
シャルさんが顔をしかめる。
シャルさんのお店は裏通りにある。
女の子が休日の散歩で来るような場所ではない。
お客さんは主に男性の労働者だ。
なので、ボリュームのある肉肉しいバーガーが人気だった。
「かもですねえ……」
「うーん。残念だなぁ。せっかくの力作なのに、お店とは合わないかあ」
その時だった。
それまで静かにバーガーを食べていたとなりの席の中年男性が、深くかぶった帽子の下で小さく笑った。
「ふ。甘いな」
それは明らかに、私たちに向けてのものだった。
正確には――。
シャルさんに向けて、か。
「あの……。なんですか?」
シャルさんが、ほんの少しだけ不快感を滲ませて問いかける。
「甘い、と言ったのだ。このバーガーも、貴様もな」
中年男性が言う。
「バーガーはともかく、私のどこが甘いんですか? これでも頑張って、精一杯に努力していますけど?」
「ふ。甘ったれた努力だな。そんな程度の努力だから、お嬢様とその御友人に気を使わせてしまうのだ」
「私のことを馬鹿にしているんですかっ!?」
「ふ。誤解するな。俺は、甘い、と言っているだけだ」
中年男性はニヒルだった。
ただ、うん。
私は彼の言葉に、反発することはできなかった。
何故ならば……。
彼の言葉は正鵠を射ている部分もある。
私は確かに、シャルさんに気を使って言葉を濁してしまっていた。
中年男性は言葉を続ける。
「……この帝国には今、戦乱の嵐が吹き始めようとしている。
長く続いた安定の時代が崩れ、各地の勇士たちが、それぞれの才覚を武器に立ち上がろうとしている。
力なき者は砂に帰すのみ――。
淘汰の時代が来ようとしているのだ。
美食ソサエティ――。
その主宰――。
ク・ウチャンという稀代の英雄が掲げた、美食同源――。
その理念を旗印として」
うつむいたまま、中年男性が身を起こす。
男性が私たちに向き合う。
そして、礼儀正しく深く一礼した。
「――お嬢様、失礼をお許しください。
ですが、続けさせていただきます」
頭を上げた中年男性が、深くかぶっていた帽子を取った。
その素顔が顕になって――。
私は驚愕した。
そこに現れた男性の顔には見覚えがある。
知っている相手だった。
それは――。
紛れもなく、プロ。
プロの中のプロと言っても差し支えはない存在だった。
「バンザ……。何故、貴方がここに……?」
お姉さまが驚きを隠せずに言った。
そう。
中年男性の正体――。
それは、帝国を代表する超一流の料理人――。
大宮殿の料理長だった。
バンザというのは、彼の名前だろう。
私は戦慄する。
そんな彼が口にした言葉――。
美食同源。
いったい、いつの間に、私はそんなセリフを吐いたのだろう……。
記憶にありませんが……!
料理長はシャルさんに言った。
「――君は気づくべきだ。お嬢様方は君に気を使っている。このバーガーと君の考えが甘すぎるが故に」
「そんなことはありません! このバーガーは、このシャルバーガーは私が一生懸命に考えた自信作です!」
「果たして、そうかな?」
「どうしてそんなことが言えるんですか!」
「どうしても何も、このバーガーは、ただの二番煎じだ。これからクウバーガーが帝都に広まれば、皆、このバーガーに同じ思いを抱くはずだ。これってクウバーガーのほとんどパクリだよね、とな」
「そんな……!」
「確かに、このバーガーがクウバーガーの店にあれば――。クウバーガーの種類のひとつとして売られるのであれば、主に女性客に対して、一定の需要を得ることはできるのも知れない」
「なら――!」
「だが、君はこれをシャルバーガーと名付けた。自信作だと? 笑止。バーガーの構成すべてクウバーガーそのままではないか」
「ソースは違います!」
「問おう。クウバーガーの要とは?」
「それは……。ソース……」
「そう。クウバーガーとは、ソースのかかったバーガーなのだ」
「う」
「そのソースを変えたところで、何だと言うのだ? ソースはソース。その本質に変化などはないのだ」
「う、うう……」
「君のバーガーは、子供のおままごとと同じだ! 本質を理解せず上辺で遊んでいるだけなのだ!」
料理長がシャルさんに厳しい言葉を投げかける。
私たちは、それを黙って聞いていた。
止めるべきだったかも知れないけど、見当違いのことをまくし立てているだけかと言えば、そうでもない。
料理長の言葉には説得力があった。
「そ、そ……。そこまで言うのなら! 貴方には作れるんですか! クウバーガーではないクウバーガーを!」
「ふ。当然だ。作ってやろうではないか」
料理長が言う。
ここでお姉さまが言った。
「では、今夜の夕食でいただきましょう。シャルさん、今夜は我が家にご招待させていただきたいのですが、宜しいですか? そこで彼に、彼のバーガーを披露してもらうとしましょう」
「はいっ! ぜひとも、よろしくお願いしますっ!」
「では、決まりですわね」
この後、迎えの者を来させる時間なんかの確認をして――。
話は正式にまとまった。
「バーガー、ご期待ください」
真剣な眼差しで告げて、料理長が店を出て行く。
「なんなの、アイツ! クウちゃん、アイツがどんなバーガーを出してくるのか絶対に楽しみにしよう! 不味かったら『こんなバーガーが食えるか!』って2人でテーブルをひっくり返してやろう!」
シャルさんが怒りを撒き散らす。
こうして話は、次の舞台へと進んでいくのだった。
これこそがあるいは――。
戦乱の嵐。
バーガー戦国時代――。
――その、序章なのかも知れなかった。
 




