81 変異スライム討滅戦
「なるほど。よくわかったよ。クウをどうにかしたい時は、とにかく気持ち悪いものをぶつければいいのか」
「そんなことしたら、本気で斬るからね?」
「冗談だよー。精神ごと斬り殺されそうだし、そんなことはしないよー」
ゼノはお気楽に笑った。
疲れても怖がってもいない。
ちなみにのんびり会話をしている場合ではない。
外では、たくさんの目玉とノコギリのような口を広げた変異スライムが、容赦なくドアに体当たりをしている。
ガツン!
ガツン!
すごい音が部屋に響き渡る。
私は必死でドアを押さえる。
スライムから広がる汚物と屍肉の悪臭が、ドアごしでも容赦なく鼻を突いてくる。
ゼノは手伝う素振りも見せず、ふわふわと部屋に浮かんでいた。
「身体強化! 身体強化――!」
言ってみたけど発動はしない。
なぜならば、緑魔法はセットしていない。
くうう。
きつい。
分厚い鉄のドアはスライムの攻撃に耐えてくれているけど、私の筋力の方が押し切られてしまいそうだ。
私は非力な精霊とはいってもレベルカンスト。
大男に羽交い締めにされたって軽々と弾き退けるくらいの筋力はある。
そう。
私は十分に強い子だ。
とはいえ、あくまでそれは普通の人間と比較しての話。
ナオのように素の蹴りで岩は砕けない。
少なくとも筋力において、私は超人ではない。
得意分野ではないのだ。
でも私には、その分、魔力と素早さがある。
圧倒的な魔力で敵を粉砕。
それが精霊のスタイル。
しかし残念ながら、今は黒魔法をセットしていない。
ならば素早さで敵を翻弄。
それも精霊のスタイル。
しかし残念ながら、今はドアを抑えるのに必死だし、そもそも部屋の中に跳び回れるほどの空間はない。
くううう。
私、完全に後手に回っている。
長所を生かせないっ!
緑魔法で身体強化できれば、こんなの楽勝なのに。
銀魔法が使えればフィールドを設置して時間稼ぎもできたし、『離脱』の魔法で逃げることもできた。
瞬間移動の魔法としては『帰還』があるけど、こちらは戦闘中には使えない。
つまり、今は無理だ。
「あああああ!」
ドアの隙間から黒いヌメヌメが侵入してきたぁぁぁぁぁ!
「ゼノっ! 黒いの! 黒いのヤッてぇ!」
「黒いのって?」
「ほら、隙間から隙間から!」
「あー、これね。いいでしょ、これくらい」
「よくないー!」
「だってボク、今回は見てるだけだし」
くっそーこいつ!
完全に遊びモードに入っている!
私の必死な顔が楽しくて仕方ない様子を隠そうともしていない!
「じゃあもう、私、一旦逃げるからね! 私、『浮遊』して『透化』して壁をすり抜けて上に行くから!」
「あ、そうするんだ」
「ゼノも、さっさと逃げる! ほら早くっ!」
「へー。ボクを心配してくれるんだ?」
「いいからっ!」
ここはもう仕切り直そう。
いったん安全地帯に出て、黒魔法と銀魔法をセットして、フィールド設置でスライムの動きを止めて、黒魔法で確実に消滅させよう。
それがいい。
そのほうがいい。
剣で斬るのは嫌だぁぁ!
「うーん。ボクは平気だし、クウも平気だろうけど、いいの?」
「なにがっ!」
「ほら、そこ」
ゼノが目を向けるのは、部屋の隅だった。
え。
「あ。」
必死すぎて気づかなかった。
部屋の隅、テーブルの奥に、両手で膝を抱えて座り込む女の子がいた。
年齢は同じくらい。
銀髪をリボンでまとめた、身なりのよい女の子だ。
「先に言ってよぉぉぉぉ!」
「だって、気づいていると思ったし?」
偶然に飛び込んだこの部屋は、この子が何かの事情でこっそりと暮らしている隠れ家なのだろうか。
廃墟同然の部屋に生活の様子はないけど。
いやちがうか。
そんなわけはないよね。
この子は、たぶん、ここに閉じ込められているのだ。
しかも自我を無くされて。
女の子は悲鳴ひとつ上げず、それどころか私たちやこの騒動に気づいた様子もなく、ただぼんやりとしている。
何にしても、これでは逃げられない。
私が逃げた途端、変異スライムが雪崩込んで、彼女は押し潰されるか呑み込まれるかしてしまう。
「ねえ、どうする? どうする?」
ゼノがニヤニヤと本当に楽しそうにたずねてくる。
「手伝って?」
「ボクは従順だからね。姫サマの最初の命令にちゃんと従うよ」
「撤回!」
「テッカいい?
テッカが好きなんだ?
テッカってなんだろ?」
くううう。
低レベルなボケを。
「テッカって鉄火巻的にマグロのことでしょー!」
「ごめんね。意味がわからない」
「まーグロってかー! 私の運命だけにー!」
「ごめんね。意味がわからない」
このやろー!
しかし私にも意味がわからないっ!
やむなし!
ああもうしょうがない!
もはやこれまで!
「アストラル・ルーラー! 行くよ!」
ドアから手を離せばスライムが雪崩込んでくる。
押し潰されるよりも早く、一瞬で確実に、ドアごと斬り捨てる必要があった。
できる。
斬る事自体に不安はない。
不安なのは、たっぷりと粘液を浴びることだ。
匂いがこびりつきそう……。
毒もすごそう。
ぬっとりしているんだろうな……。
ああ、嫌だぁ……。
『透化』すれば落とせるとはいえ、気持ち悪いものは気持ち悪い。
でも、もう筋力も限界だ。
嫌がっている時間はない。
精神集中。
全身全霊。
――頼むよ、『アストラル・ルーラー』。
もはやベチャベチャでもいいから、一撃で確実に決めるよ。
武技――。
「テンペストエッジ」
敵の懐でただひたすらに斬り刻む――。
大嵐の12回連続攻撃。
レベルカンストでイベント習得できる、奥義に分類される技のひとつだ。
攻撃力こそ高いものの12回攻撃とあってモーションの時間が長く、ゲームでは使うタイミングの難しい技だった。
スライムは、もしかしたら「核」を潰さないと倒せない仕様かも知れない。
そういう設定って、けっこうあった気がする。
なのでこの武技を選んだ。
とにかく斬る。
すべて、斬る。
目玉も核も問答無用ですべて斬り刻む。
結果、成功。
腐臭を放つ巨大な粘体は、無数の泥となって飛び散った。
私の全身にも降り注ぐ。
べちゃ。
生温かくて、ネバネバしていて、気持ち悪い。
臭い。
…………。
死にたい。
「おー」
そんな私に向かって、ゼノがパチパチと手を叩く。
「さすがはクウ。イヤイヤ言っていた割には、あっさり倒したねー」
ゼノは、ちゃっかり『透化』していたようだ。
まったく汚れていない。
しかし隙だらけだ。
跳躍して抱きついてやった。
こすりつける。
「くさっ! くさっ! ちょっ、何すんのー!?」
「うるさいこのやろー!」
ネバネバと悪臭を味わうがよい!
「旅は道連れ世は情け! 私の情けを受け取るがよいぞ! ほれ、ほれ、気持ちええかーええじゃろー!」
「えくないってばー!」
「だいたい闇の大精霊がこれを臭がってどうする! 同じ闇属性でしょー!」
「ちがいますー! ボクの闇は、ボクの導く死の世界はね、もっと静かで、誰にも邪魔されることのない、なんというか救われるようなものなんだ」
「君はどこのグルメ評論家だー!」
「ボクがしているのは、食べ物の話じゃないからね……?」
「私がしてるのだって食べ物の話なわけないですー! だいたい食べ物の話なんてこんな時にしないでくださいー!」
「いやボクしてないよね?」
ともかく。
スライムが、さらに動くことはなかった。
完全に倒すことはできたようだ。
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