809 ク・ウチャンのこと
エカテリーナさんへの誤解は、とりあえず解けた。
よかったよかった。
根本の問題はそのまま残っているけど、それについては当事者たちが自分で考えて決めることだ。
私が頑張る事柄ではない。
私は今、ハンバーガーだ。
工房を出て、シャルさんのお店に向かった。
アリーシャお姉さまとスオナとアンジェも一緒だ。
エミリーちゃんたちも誘ったけど、仕事中とのことで、ご遠慮された。
うん。
はい。
ダメな店主でごめんなさい。
「お姉さまは、すっかり護衛なしなんですね」
道中で私は言った。
今日、お姉さまに付いているのは、メイドさん1人だけだ。
昔はまわりに護衛の騎士がいたものだけど。
「自分で言うのもなんですが、すでに並の騎士よりも強いですから。護衛は陰にいれば十分ですわ」
「ああ、いるにはいるんですね」
さすがは皇女様。
まあ、なんにしても、帝都は今日も平和だ。
何事もなくシャルさんのお店についた。
「こんにちはー」
「クウちゃん、久しぶりだねっ!」
お店には、シャルさんに加えて、まばらにお客さんの姿があった。
私たちは普通にテーブル席に着いた。
「早速なんだけど、新作バーガーとかどうかな?」
水をくれつつ、シャルさんが言った。
「へー。あるんですか」
「うんっ! 最近、クウバーガーっていうのが流行り出したでしょ、それに対抗してシャルバーガーを作ったのです。我ながら力作なんだー!」
せっかくなので注文することにした。
すると、横の席にいた中年男性が手を上げて、こう言った。
「店主、その新作のバーガー、私もいただけないかね? もちろん、お代は支払わせていただくが」
「はい。かしこまりましたー!」
シャルさんは快く了承して、厨房に入った。
私はちらりと横を見た。
その中年男性から、なにやら、ただならぬ気配を感じたからだ。
念の為、敵感知や魔力感知をしてみたけど、反応はない。
中年男性は深く帽子をかぶっていて、服の襟首を立てていたから、その表情はよくわからかった。
どこかで見たことのある相手のような気もする。
ただ、パッとは思い出せない。
話しかけてみようかな……?
とも思ったけど……。
アンジェが話しかけてきたので、やめることにした。
「ねえ、クウ。私、クウバーガーって初めて聞いたけど、最近、人気なの?」
「あー。うん。そうみたいだねー」
「偶然にもクウと同じ名前ね」
「あははー。そうだねー。ク・ウチャンっていう伝説の美食家が考案したバーガーみたいだねー」
私は他人事のように言った。
お客さんの中に食通がいたら大変なので、さすがにここでク・ウチャンとは私ですとは言い辛い。
「ふーん。そうなんだー」
アンジェが、疑わしそうに感心する。
言いたいことはわかる。
なにしろクウバーガー、クウちゃんとク・ウチャン。
どう考えても、まんまだよね。
「ねえ、クウちゃん。わたくし、ふと思ったのですが――」
今度はお姉さまが声をかけてきた。
「はい。なんですか?」
「先程の件ですけど――。親が決める婚約など時代後れだとク・ウチャン様に口添えしていただくわけには」
「ク・ウチャン様は、食だけの人ですからね? それに謎の人物ですよ? さすがに無理ですからね?」
「そうですか……。名案だと思ったのですけど……」
丸投げは阻止です。
さすがに頑張れる部分は自分で頑張ってください。
「ねえ、クウ。僕もひとついいかな?」
「うん。なぁに、スオナ」
「僕は今までの話を、真面目なものであり、冗談の類ではないと認識しておけばいいんだよね? 特にク・ウチャンという人物については」
「え」
「え? ちがうのかい?」
私の反応に、スオナは驚いた様子で目を開いた。
ク・ウチャンは、料理対決に勝ったハラデル男爵を祝うために適当に設立した組織の適当な主宰です。
と、私は言いたかったのだけど――。
それよりも早く、お姉さまが言った。
「ク・ウチャンは、わたくしの運命すら握る偉大なるお方です。失礼のないようにお願いしますわね」
「はい。わかりました。気をつけます」
スオナが真面目な顔でうなずく。
いや、うん。
ク・ウチャンは、軽ノリから生まれた冗談のかたまりだからね!?
と、私はツッコミたかったのだけど――。
「わかりました」
アンジェまでもが真顔でうなずいた。
まあ、うん。
2人は、アリーシャお姉さまに真面目に言われれば従うか。
いいや。
帰り道にでも、あらためて説明しよう。
「お待たせしましたー!」
シャルさんが厨房から戻ってきた。
テーブルに作りたてのハンバーガーを置いてくれる。
さあ。
バーガーの時間だ。
バーガーを食べよう。
シャルさんの実力。
見せてもらいましょうか!
お皿に乗ったバーガーからは、ホワイトソースがこぼれていた。
甘い香りが鼻をくすぐる。
今までにないバーガーの予感がする。
これはなかなかに、期待できそうだ。




