808 悪役令嬢? 本と、うに?
こんにちは、クウちゃんさまです。
私は今、アリーシャお姉さまとスオナとアンジェの3人で、我が家の応接室にいるのですが……。
アリーシャお姉さまの暴走によって、すっかりエカテリーナさんは帝国の支配を目論む悪役令嬢にされてしまいました。
もちろん、私が知る限り、そんな事実はどこにもありません。
困ったものです。
「……そんな生徒がいるなんて。知りませんでした」
「許せないわね」
スオナとアンジェは真に受けている。
まあ、うん。
さすがに帝国の第一皇女たるアリーシャ殿下のお言葉には力がある。
スオナもアンジェも、まさかそれがすべて嫉妬から生まれた暴走によるものだとは思えないだろう。
本当にね、私がいてよかった。
ほんと、うに、だよ。
本と。
うに。
ふむ。
このネタも懐かしいね。
夏の旅の時、スオナとアンジェがクルーザーの上で披露したショートコントのオチだったダジャレだ。
しかし、どうしたものか。
私はアリーシャお姉さまの妄想話を聞き流しつつ、懸命に小鳥さんブレインを回転させて妙案を探した。
最初に思いつくのは、とりあえず3人とも眠らせて。
お姉さまを担いで。
サンネイラにいるトルイドさんのところに連れて行くこと。
だったんだけど……。
残念ながら、サンネイラがどこにあるのか、私は知らない。
場所は調べればわかるとしても、近くにダンジョンがなければお姉さまを連れて行くことはできない。
逆にトルイドさんを連れてくることも難しい。
私の転移魔法は万能ではない。
登録済みの転移陣にしか飛べないのだ。
もう面倒だし、いっそ、トリスティン送りでもいいかなー。
なんて思ったりもしたけど。
だって、うん。
トリスティオンのラムス王だって、私のトリスティン送りを楽しみに待ってくれているに違いない。
私も最近、トリスティン送りしてなかったから、久しぶりにしたいし。
なんか、うん。
トリスティン送りには、妙な楽しさがある。
まあ、うん。
思ってはみたけど……。
さすがにお姉さまたちをトリスティン送りにするのは違うか。
悪党、また見つけねば。
まあ、アレか。
まずは、エカテリーナさんが悪党ではないことをキチンと言わないとだね。
私はそこから始めることにした。
「えー。コホン。3人とも、私の話を聞いてください」
「ええ。もちろんですわ、クウちゃん」
アリーシャお姉さまが、聞く姿勢を取ってくれた。
スオナとアンジェもそれに倣う。
「まず、エカテリーナさんは無実です。トルイドさんとのお見合い話は、エカテリーナさんの祖父であるハラデル男爵が勝手に言っているだけです。エカテリーナさんは迷惑だと断っています」
「そんなの、気を引く手段に決まっていますわ。なんて狡猾な」
「気を引くも何も、会ったこともない相手です」
「噂で聞くことはあるでしょうっ! 食の都たるサンネイラを代表する素敵なお方なんですからっ!」
お姉さまが睨みつけてくるけど、私は怯まない。
「ねえ、クウ……。どうしてここでお見合い話が出てくるの?」
陰謀論しか聞かされていなかったアンジェが、おずおずと質問してくる。
「いや、アンジェ。それは――」
スオナはすでに察したようだ。
「え。あ。ああ……」
そんなスオナの態度に、アンジェも気づいたようだ。
私はうなずいた。
勘の良い友人で助かります。
「だいたいお姉さま、先日の手紙の内容をよく思い出してください」
「どうしてですか!」
「いいから早く」
「はい……。わかりましたわ……」
お姉さまが目を閉じる。
私は、トルイドさんの手紙の内容は覚えている。
こんな内容だった。
僕は今、ひとつの決断を求められていて、それは感情ではなく、冷静に客観的に利益を求められるものです。
そうであれば、答えは出ているのですが――。
でも僕は、つい、あの日のことを思い出してしまうのです。
僕は大人になるべきなのか。
それとも、どうするのか。
だからつい、こんな意味のない手紙を出してしまいました。
アリーシャさんは、お元気ですか?
「手紙の内容、明らかに今回のお見合い話のことですよね? どう考えてもトルイドさんも乗り気ではないですよね? でも、次期領主として私情を消さなくてはいけないのかと悩んでいる、と」
「そう……ですわね……」
「どうしてお姉さまに、そんな手紙を出したと思いますか?」
「……わかりませんわ、そんなこと」
「私情では、お姉さまのことが大好きだからに決まってるじゃないですか」
「え」
お姉さまが、パチクリと瞬きした。
ふむ。
意外なことに、私の言葉は本気で意外な言葉だったようだ。
思わず聞きたくなる。
ほんとうに?
本と、ウニ?
ウニなのっ!?
と。
まあ、さすがに言わないけど。
そんなことを言ったら、カメ様に失礼に当たるよね。
なんといっても、ウニと言えばカメ様なんだから。
幸いにも、お姉さまも察しの良い方だった。
「そ、そうですわね……。言われてみれば……。あの手紙は、そういうニュアンスを含んでいましたわね……」
「そうですよー」
「え。なら、トルイドさんは、もしかしてわたくしのことを……」
「そうですよー」
私は繰り返してうなずいた。
「だから、エカテリーナさんなんて、眼中にないんですよー」
「そ、そうですわね……。それならば……」
「お姉さまは言ってやればいいんです。今時、本人たちの気持ちを無視して家同士で結婚を決めるなんてナンセンスだ。そもそもエカテリーナさんが嫌がっているんだから可哀想でしょう。と」
「あんなに優しくて素敵な方を嫌がるなんて、エカテリーナという女はやはり見る目がないのですね」
「見る目は関係なく、エカテリーナさんはハラヘールの血筋だからライバル都市に嫁ぐのは怖いと言っていましたよ」
「ああ、なるほど……。そうでしたのね……。それならば、まあ、わかる話ではありますわね……」
「そうですよー。わかってくれましたか?」
「ええ。まあ……。ごめんなさい、クウちゃん、アンジェリカ、スオナ。わたくし先走りすぎていたようですわ」
非を認めて、アリーシャお姉さまが頭を下げる。
よかった。
私は心からほっとしたのだった。
「よしっ! なら、話も一段落したところで! これからハンバーガーでも食べに行きませんか? 私、いいお店を知ってるんですよー」
今日は久々にシャルさんのバーガー屋に行きたかったのだ、私は。
最近、顔を出していなかったし。
本と、うに⇒「653 アンジェとスオナのショートコント」




