807 エカテリーナさんの野望!?
それは平和な、とある休日の午後のことだった。
9月の下旬。
その日、私はお店にいた。
だいたいの仕事はエミリーちゃんとフラウにお任せしつつ、たまに接客をして楽しんでいた。
正直、私にはやりたいことが多い。
ざっとリストを見るだけでも、レア素材の収集に、ゴーレム軍団の製作に、東側諸国の様子見に……。
あと、なんだっけ。
とにかく、アレやコレやとある。
だけど、だ。
2学期が始まって、勉強に疲れた私の心と体には娯楽が必要なのだ。
そんなに頑張ることはできないのだ。
娯楽が仕事というのは悲しい気もするけど、まあ、お店にいるのは楽しいから良しとしている。
部屋でゴロゴロしているだけでは、退屈だしね。
あと今日は、もう少ししたら、シャルさんのお店に行こうと思っている。
最近、シャルさんのハンバーガーを食べていなかった。
久々に味わってしまおう計画なのだ。
楽しみなのだ。
からんからん。
鈴の音を鳴らしてドアが開いた。
さあ、次のお客さんだ。
と思ったら、現れたのは私服姿のアリーシャお姉さまだった。
「いらっしゃいませ、お姉さま」
「こんにちは、クウちゃん」
お姉さまに続いて、付き添いのメイドさんが姿を見せた。
今日は珍しく、ブレンダさんとメイヴィスさんは一緒ではないようだ。
「今日は遊びに来てくれたんですか?」
「クウちゃん」
「はい」
「今日は、実はひとつ、真面目な質問があって来ました」
お姉さまの面持ちは真剣だ。
冗談の様子はない。
今、お店には、他にお客さんもいる。
なので、そういうことなら、と、カウンター奥の接客室に来てもらった。
腰掛けたところで、私はあらためてたずねた。
「それで、質問ってなんですか?」
「ええ……。クウちゃんのクラスメイトのことなのですが……」
お姉さまは言葉を区切って、こう続けた。
「エカテリーナ――。という名前だと思いますが――。クウちゃんは、あの女とはそれなりに親しいのですよね?」
「あ、はい……」
いくらふわふわな私でも、即座に理解できましたよ。
だって、ダンジョンの中でさえ言葉遣いを崩すことのなかったアリーシャお姉さまが、あの女とか言っているし。
まちがいなく大宮殿で、トルイドさんとエカテリーナさんの婚約話があることを聞いたのだろう。
「……どのような女ですか?」
「えっとぉ。強引ではあるけど、思いやりのある子だと思いますよ。困っている人を見捨てることができないというか、なんというか。私もおかげで、赤点を取らずに済んでいます」
「なるほど。外面だけは良いのですね」
「あのお……」
「クウちゃん」
「はい」
「騙されてはいけませんよ。あの女は悪女です。凶悪な野望でこの帝国を文化面から支配しようとしている敵なのです」
「あのお……。お姉さま、いったい、どんな情報ですか、それ……」
わかっていつつも私がたずねると――。
お姉さまは、静かに静かに告げた。
「……お父様がさらりと、本当に何気なく言ったのです。2つの食の都――。サンネイラとハラヘールが婚姻によって融和しそうだと。帝国の食文化は、ますます発展するかも知れないと」
「へー。それは楽しみです――」
ね。
と、思わず私は、反射的に同意してしまった。
あわてて最後に言葉を止めたけど……。
手遅れだったようだ。
「……野望です。……それはすべて、エカテリーナとかいう女の野望なのです」
「いえ、あの」
本人は断固たる意思で拒絶していましたよ。
と私は言いたかったのだけど。
「やらせはしません! やらせはしませんわぁぁぁぁぁ! 帝国の文化は、わたくしが守ってみせます!」
それより早く、お姉さまが叫んだ。
「クウちゃん」
「はい」
「協力してくれますわよね!? この帝国を悪女の野望から守りましょう!」
ガッチリと私の手を握って、お姉さまが迫る。
真顔だ。
真剣だ。
どうしたものか……。
と、ここで、奥の工房からアンジェとスオナが顔を見せた。
今日は休日ということで2人は朝から遊びに来ていた。
まあ、うん。
奥の工房で、ずっとヒオリさんと魔道具をいじっているので、実質的には勉強しに来たようなものだけど。
「あの……。アリーシャ殿下、なにかあったのですか?」
「僕たちでよければ、力にならせてください」
アンジェとスオナが言う。
「あ、別に――」
たいしたことじゃないから、気にせず工房に戻って。
私はそう言おうとした。
2人は、アリーシャお姉さまとトルイドさんの関係を知らないのだ。
だけどまたも、その前にお姉さまが言った。
「――感謝しますわ。どうぞ、2人もお座りになって」
アンジェとスオナが着席した。
ふむ。
トルイドさんのことを実に話し辛くなってしまった。
私が次の言葉に迷っていると……。
お姉さまが2人に、帝国が今、悪女の野望によって危機に陥ろうとしていることを語り始める。
気のせいか、話す度に話が大きくなっている。
いつの間にか帝国の危機になっていた。
アンジェとスオナは、真顔でお姉さまの話を聞いていた。
私は言うべきだろう。
お姉さま、それは完全に嫉妬ですよ、と。
ただ、うん。
アンジェとスオナの前で、そんなストレートな言い方はできない。
困った。
どうするか。




