806 エカテリーナさんの幸せな日
こんにちは、クウちゃんさまです。
今日は2学期の2日目。
9月12日。
まだ新学期になったばかりなのですが、のんびりする余裕もなく、今日はいきなりのテストです。
赤点ならば、しばらくの間、放課後は居残り決定。
大変です。
私にはたくさんやりたいことがあるので、放課後の自由は死守なのです。
さあ、今。
一限目の授業の時間となって――。
私の眼の前にもテスト用紙が裏返しに置かれた。
いよいよだ。
こう見えて私は、きちんと1学期を乗り切った。
さらには昨日、友人たちの助けを借りて、しっかりと予習もした。
カンペキのはずだ。
問題なく、するっとクリアできるはずだ。
……私、今日のテストがおわったら、放課後にシャルさんのお店にハンバーガーを食べに行くんだ。
……お腹いっぱいになるんだ。
我ながら、わざとらしくフラグっぽい気合を入れてみたけど。
まるでこれでは、赤点になりたいみたいだけど。
私は気にしない。
私は、細かいことは気にしない子なのだ。
ちなみに成績的に私の最大のライバルであるレオは、まさに今、戦場に向かわんとばかりに真剣な顔をしていた。
うん、わかる。
ここで補習になれば、貴族家の面目は丸潰れだ。
私は注意しておこう。
たとえ、レオだけが落ちて、レオ1人だけが補習になったとしても。
いやー、名前書き忘れちまったぜー。
とか、苦しい言い訳をしたとしても。
ざまー!
とか、笑わないように。
ぐっと我慢して、顔を逸して、知らないフリをしてあげよう……。
先生がテスト開始を告げた。
私はペンを手に持ち、テスト用紙を表に返す。
まずは名前を書いて――。
やるぞ!
やってやるぅぅぅ!
…………。
……。
チャイムが鳴って、テストはおわった。
テスト用紙が回収されて、先生が教室を出ていく。
「ふう」
私は座ったまま背伸びをした。
疲れた。
「クウちゃん、どうだった?」
すぐにアヤが聞いてくる。
「うーむ」
私は腕組みしてうなった。
「……駄目だったの?」
「ううん。むしろ逆。あっさり解けすぎて逆に迷うくらいだった」
「だねえ。本当に基礎の基礎だけだったね」
「うん」
私は気楽にアヤと笑い合った。
問題は簡単だった。
算学と語学の基礎が、ざっくりと出題されただけだった。
予習していなくても、多分、平気だったくらいだ。
本当に、先の夏季休暇で、何もかもを忘れてしまったおバカな子がいないかを確認するためだけのものだったね。
「その様子だと、問題なくクリアできたようですね」
「おかげさまで。ありがとう」
勉強会を開いてくれたエカテリーナさんにはお礼を言っておく。
エカテリーナさんを前にしつつ私はちらりとレオのことを見た。
レオは大丈夫だったのだろうか。
正直、心配していたけど……。
平気だったようだ。
余裕だったぜ、と、大いに笑っている。
「……ねえ、クウちゃん。ちょっとだけいいかしら?」
「うん。なに?」
レオの無事な姿を見たところで、エカテリーナさんに廊下に連れ出された。
何事かと思えば、セラのことだった。
早くもエカテリーナさんのところに、10月の最初の休日に遊びに行きたいという旨の手紙が届いたらしい。
「……クウちゃんには、もうお話は届いているんですよね?」
「聞いてるよー。問題なければ私も参加させて」
「それはもちろんです。安心しました。それで、あの……」
「うん?」
「詳しいことはクウちゃんと決めてほしい、とあったのですけど……。相談しても大丈夫ですか?」
「あー。うん。まあ、いいけど」
セラめ、丸投げしてきたな!
「実は父から、できれば、個人的なお茶会ではなく盛大なガーデンパーティーにして友人知人にもセラフィーヌ殿下を紹介したいとの希望がありまして……。そういうことにしても良いのかどうかを……」
「いいと思うよー。皇女様が来るなんて一大イベントだろうし、紹介できれば鼻も高いだろうしねー」
「……クラスメイトも、招いて問題ないですよね?」
「うん。もとからそういう話だったよね」
「それは、そうですね……。では、男子はどうしましょうか……?」
「他にも大勢来るパーティーなら、誘っても問題ないよね」
「そうですね。ありがとうございます」
廊下で話していると、休み時間がおわった。
2限目からは普通に授業をした。
念の為、次の休み時間でセラのところに行って今の話を確認したけど、セラは即座に了承した。
問題なしだとエカテリーナさんにも伝えた。
そして、お昼。
さあ、ランチだというところで――。
エカテリーナさんがクラスメイトたちに声をかけた。
「皆さん、少しいいかしら? 実は、以前にお話したセラフィーヌ殿下とのお茶会なのですが――。ガーデンパーティーという形で、10月の始めに我が家で開くことが決まりましたの」
クラスメイトたちが驚きの声をあげる。
「それで、これも以前にお約束した通り、皆さんのことも、ご招待させていただきたいと思いますの」
これにはクラスの女子たちが黄色い声をあげた。
私は完全に感覚が麻痺しているけど――。
一般的には、皇女様と同じパーティーに出られるのは、それだけで十分に自慢話になる名誉なのだ。
「今回は男子もご招待させていただきますわ。もちろん、レオだけでなく、他の皆さんもですよ」
「……つまり、俺でも良いのですか?」
将来は文官を目指している平民の優等生ダリオ君が、くいっとメガネを持ち上げて緊張の面持ちでたずねた。
「ええ。もちろんです」
「それは有り難いです。勉強させていただきます」
「他の皆さんにも良い経験となることでしょう。ぜひご参加ください」
エカテリーナさん、得意げだ。
「……はぁ。俺はパスな。めんどくせー」
一応は貴族家の跡取りなレオが、顔をしかめて、そっぽを向いた。
「あら。殿下がいらっしゃるパーティーに欠席するのですか?」
「うぐ……」
「わかりました。どうしても嫌と言うなら――」
「行くよ。行かせてください!」
「ええ。わかりました」
レオを屈服させて、エカテリーナさんがますます得意げになった。
うん。
今日はエカテリーナさんの幸福日だね。
素晴らしい。
このままずっと、いいことばかり続いてほしいものだ。




