804 トルイドさんの手紙
こんにちは、クウちゃんさまです。
おうちに帰ると、1階のお店にアリーシャお姉さまたちが居ました。
お客さんはいません。
エミリーちゃんはカウンターで澄まし顔です。
「ねえ、クウちゃん」
「はい」
「ふふ。この手紙、誰からだかわかりますか?」
胸に手紙を抱えたお姉さまが、とっても上機嫌にたずねてくる。
誰からかは、わかる。
トルイドさんだろう。
ただ、簡単に答えてしまって良いものか。
私は困って、近くにいたブレンダさんとメイヴィスさんに目を向けた。
「朝からずっとこれでさ。私らなんて、もう10回は聞かれたよ」
「いいではありませんか。クウちゃん、聞いてあげてください」
「はい。なら、まあ……」
これも付き合いというものだろう。
私はお姉さまにたずねた。
「えっと。誰からなんですか?」
「ふふ。クウちゃんにもわからないことはあるんですのね。ふふ。誰からなのか気になってしまいますか?」
「はい。まあ……」
正直に言うと、私は勉強で疲れている。
早く一休みしたいけど。
「では、ヒントを差し上げます。第一のヒントは、料理の得意な方です」
はい。
ですよね。
「第二のヒントは、クウちゃんの知っている方です」
「そかー」
「第三のヒントは、帝都の住民ではありません」
「そかー」
「第四のヒントは、メガネの似合う温厚な方です」
「そかー」
「第五のヒントは、トから始まる名前の方です」
「そかー」
ふむ。
そろそろ答えてもいいかな?
どうしようか迷っていると、お姉さまが言った。
「ふふ。わかりませんか? では、答えを教えて差し上げましょう」
どうやら答える必要はなさそうだ。
「トルイドさんですわ」
ですよね。
「ふふ。驚いたでしょう? 手紙なんて出して来なくてもいいのに。本当に律儀な方で困ったものですね」
「そかー」
「クウちゃん、何が書いてあったと思いますか?」
お姉さまの様子からして悪いことではないよね。
たとえば、ハラヘールの領主ハラデル男爵の孫娘――エカテリーナさんとの間に婚約が成立しました、とか。
それならお姉さまは……。
うん。
氷の悪役令嬢と化しているはずだ。
間違いない。
エカテリーナさんの柔らか胃袋が無事で済みそうで良かった。
「うーん。わかりません。なんて書いてあったんですか?」
「ふふ。気になりますか? 気になっちゃいますか?」
「はい。まあ……」
「ふふー。クウちゃんったら、他人の手紙の内容が気になるだなんて、あまり良いことではありませんよ」
帰ろっかな。
と思ったけどここが私の家でした。
「はい。どうぞ」
お姉さまが手紙を渡してくる。
「えっと。いいんですか?」
手紙を人に見せるなんて、それこそ良くないような……。
「ええ。実はクウちゃんにも読んでほしい内容だったので今日はわざわざ持ってきたのですわ」
「羨ましいですね、クウちゃん」
「私らなんて、散々に焦らされて見せてもらえなかったよ」
どうしようか。
迷ったけど、とりあえず読むことにした。
手紙は、トルイドさんからの暑中見舞いだった。
そして、当たり障りのない文面の後、こんなことが書かれていた。
本当に、まだ最近のことなのに、アリーシャさんと一緒に帝都で過ごしたあの日のことが懐かしいです。
僕は今、ひとつの決断を求められていて、それは感情ではなく、冷静に客観的に利益を求められるものです。
そうであれば、答えは出ているのですが――。
でも僕は、つい、あの日のことを思い出してしまうのです。
僕は大人になるべきなのか。
それとも、どうするのか。
だからつい、こんな意味のない手紙を出してしまいました。
アリーシャさんは、お元気ですか?
あと、クウちゃんさんも、お元気でしょうか?
僕の都市では、今、クウちゃんさんの話題で持ち切りです。
もっとも、それはク・ウチャンとしてですが。
クウちゃんさんがク・ウチャンだということについては、言わないほうが良いのでしょうか。
うちの都市では、ク・ウチャンはすでに伝説の老人です。
これを肯定するのか否定するのかで迷っています。
よければ、おたずねください。
そして、できれば、返信をください。
アリーシャさんのご健勝とご多幸を心よりお祈り申し上げます。
「なあ、師匠。なんて書いてあったんだ?」
「私たちには、まだ教えてもらえないのかしら?」
読みおわって手紙を畳むと、ブレンダさんとメイヴィスさんがたずねてきた。
「ふむ」
お姉さまに手紙を返して、私は考える。
ク・ウチャン……。
気のせいか、けっこうあちこちで名前を聞くけど……。
いったい、どれほどの美食家なのだろうか。
伝説の老人か……。
いや、うん。
ク・ウチャンのことは、どうでもいいんだけどね……。




