803 初日のこと
エカテリーナさんと長話は出来なかった。
先生が来てしまったからだ。
先生の話の後は、すぐに大講堂に移動。
始業式となった。
ステージの上で賢者の衣装を身にまとったヒオリさんが何かしゃべっているのを聞き流しながら、私は考える。
エカテリーナさんがお見合いを薦められた相手――。
サンネイラの次期当主。
私は、その人物のことをそれなりに知っている。
トルイドさんだ。
銀縁メガネのよく似合う、物腰の柔らかい温厚な青年だった。
好人物だとは思う。
婚約して、結婚して、エカテリーナさんが不幸になることはないだろう。
と、言いたいけど……。
もしかしたら、嵐が吹き荒れるかも知れない。
下手をすれば、エカテリーナさんのデリケートな胃袋は、あっという間に破壊されるだろう……。
とはいえ、エカテリーナさんはお見合いに乗り気でなかった。
ただ、お見合いを薦めた相手――エカテリーナさんのおじいさんであるハラデル男爵は強引な人だ。
勝手に話を進めて、勝手にまとめてしまうかも知れない。
仮にそうなったら……。
どうなるのだろう……。
考えていると、始業式がおわった。
「ねえ、エカテリーナさん。さっきのお見合いの話って、結局、どうなったの?」
教室に戻る途中で私はエカテリーナさんにたずねた。
「もちろん断りましたよ。いくらなんでも、ライバル都市のサンネイラに嫁ぐなんて怖すぎます」
「おじいさん、納得したんだ?」
「してはいませんでしたけど、私の問題ですから」
「そかー」
なら、まあ、いいか。
少なくとも、おじいさんが勝手に決めることのできる環境ではなさそうだ。
この後は教室で2学期の説明があった。
2学期は、9月11日から12月11日までの3ヶ月間。
行事としては野外研修と社会見学があるらしい。
「さて、というわけで2学期にも楽しい行事はありますが、学院生の本分はあくまで勉学です。今日は授業はありませんが――」
先生の言葉を聞きつつ、私は思った。
今日はこれで解散だね。
まだお昼前だし、どこかに寄って帰ろうかな。
アヤたちを誘って、姫様ロールなんていいかも知れないねー。
「明日の午前に1学期の確認テストを行います。自信のない者はしっかりと予習しておくように。確認テストで赤点だった場合は、先生としても大変ですが、しばらくの間、放課後に補習です」
「えー! そんなー!」
私が思わず悲鳴を上げると、先生はニッコリと笑った。
「マイヤさん、良い成績を期待していますね」
「は、はい……」
クラスメイトたちに盛大に笑われた。
くうううううう!
久々にネタじゃなくて、本気でクウちゃんだけにくうですよこれは。
ホームルームがおわって、先生が教室を出ていく。
今日はこれでおしまいだ。
「クウちゃん、大丈夫? 一緒に勉強しようか」
すぐさまアヤが心配してくれる。
「そうですね。勉強会ですね。その様子では、どうせ夏季休暇の間、一度も復習なんてしなかったのでしょう?」
エカテリーナさんまで来た。
「私、もう退学でいいかな……」
「何をとんでもないことを言っているんですか。友人を見捨てたりなんてしませんから安心しなさい」
「そうだよ、クウちゃん。頑張ろうっ!」
「うう」
結局、明日のテストに自信のない他の女子2人も加わって、5人で勉強会ということになった。
アヤもエカテリーナさんも本当に面倒見がいいね。
ありがたくないけど、ありがたや。
うん、はい。
感謝すべきですよね……。
わかります……。
ちなみに成績最下位のレオは、テストなんて楽勝と笑っている。
私の勘が正しければ楽勝のわけがないけど……。
まあ、うん。
放っておこう。
と、思ったらこっちに来た。
「おい、クウ。おまえら、これから勉強するのか?」
「うん。そうだけど。なに?」
「ははは! おまえみたいなのがいると、エカテリーナも大変だな」
「まあねー」
「ふーん。勉強ねえ。勉強かぁ。なあ、クウ。おまえがどうしてもって頼むのならこの俺様も特別に――」
どうやらレオは、私をダシにして女子の勉強会に交じりたいようだ。
男子には思いっきりを見栄を張っちゃったしね。
だけど残念ながら、レオの望みは叶わなかった。
「さあ。行きましょう、クウちゃん」
「え、あ、うん」
エカテリーナさんが、私の腕を取って廊下に出てしまったからだ。
私を小馬鹿にしたレオの発言にご立腹の様子だった。
アヤも同じだった。
空気を読んだ他の女子たちもカテリーナさんに同意して、レオは完全に幼稚な男子に認定されてしまった。
私は、うん。
レオの本意は理解できていたから、武士の情けで火消しに回ってあげた。
私が落ちこぼれなのは事実だしね。
それが仇になった。
「クウちゃん。ヘラヘラしていないで見返そうよ!」
「そうですね。レオには勝てるように、気合を入れて勉強しましょう」
というわけで。
アヤとエカテリーナさんに火を付けてしまって、時間ギリギリまで図書館の自習室にこもるハメになった。
教科書に参考書は、一通り図書館に置いてある。
レオは哀れだけど……。
私も哀れだった。
でも、おかげで、復習はしっかりと出来た。
テストで赤点を取ることはなさそうだ。
感謝。
で、夕方。
すっかりヘロヘロになって工房に帰宅したわけなのですが……。
お店に入ると、すぐに――。
「お。ようやく来たか」
「始業式なのに、随分と遅かったのですね」
学院の制服を着た、ブレンダさんにメイヴィスさんが声をかけてくる。
「友達と図書館で、明日のテスト勉強をしてたんですよー」
「それでそんなに疲れた顔なのね」
アリーシャお姉さまもいた。
お姉さまの手には、なにやら一通の手紙があった。
私がその手紙に目を向けると……。
「あ、この手紙ですか? これは、ふふ、もう、手紙なんてわざわざ出してこなくてもいいのに、困ったものですわよね」
お姉さまが、疑いようもなく上機嫌で語った。
私は理解した。
トルイドさんからの手紙だね。




