80 邪悪な力より生まれしモノ
よし!
では、敵の討伐に行くわけですが、その前に。
まずはゼノと能力の確認をした。
特に隠密能力について。
結果、ゼノは私と同じように『透化』と『浮遊』を使えることが判明した。
さすがは大精霊。
ただ、お互いに『透化』したところ、お互いに姿を確認できなくなった。
これでは行動に支障が出る。
なにしろ私には敵の居場所がわからない。
ゼノについていく必要がある。
かといって、姿を見せたまま現地に向かっては問題が起きそうなので、できるだけやめておきたい。
というわけで、何か打開策はないかとユーザーインターフェースからメニューを見ていたところ、いいものがあった。
「ゼノ、ちょっと触れるね」
ゼノの肩に触れて、メニューのコマンドからメンバー登録を選択。
お。
パーティー一覧にゼノの名前が現れた。
どうやらこちらの世界の人間とも――ゼノは精霊だけど、普通にパーティーを組むことはできるようだ。
「ゼノ、ちょっとパーティーを組んでみたんだけど、どう?」
「どうと言われても……。あれ、でも、クウの存在が妙にハッキリしているというか強く感じられるよ」
ここでもう一度、お互いに『透化』してみた。
うん、いいね。
ゲームでパーティーを組んだ時と同じように、『透化』した仲間の姿をうっすらと目視することができる。
私の場合はさらにマップとミニマップでゼノの位置がわかる。
これなら置いていかれることはない。
「……不思議な力だねえ」
「だねー」
自分のことだけど、自分でもうなずいてしまう。
「いやクウに同意されてもね? クウの力だよね、これ」
「そかー」
なにしろこっちの世界に来てパーティーを組むのは初めてだしね。
今までは必要なかったし。
ソウルスロットには、小剣武技、白魔法、敵感知をセット。
強力な悪魔がいたら正面から剣で斬ってやろう。
ヴァンパイアやリッチなんかの高位アンデッドが相手でも剣でやれるかな。
なんといっても『アストラル・ルーラー』。
霊体だろうがなんだろうが、問答無用で斬り裂ける。
高位アンデッドや悪魔なら、たぶん、そんなにグロくもないだろう。
グロい配下がいたら、ターンアンデッドで一網打尽!
そのための白魔法だ。
敵感知があれば不意を打たれる心配もない。
うん。
完璧。
見事に冷静に来たるべき状況を分析した、我ながら完璧なセットだ。
「じゃあ、行ってくるね!
ヒオリさんは陛下の演説会に行ってていいからねー!」
「ご武運を。どうかご無事でお帰りください」
ヒオリさんの見送りで、出発。
姿を消して宙に浮かんで、私とゼノは現地に向かった。
で。
はい。
ゼノの案内で真っ暗な下水道を進んでいった先に、そいつはいた。
「……ねえ、まさかとは思うけど」
「こいつだね」
「うぇ」
変な声が出た。
魔法の明かりで照らされる、下水道――。
いくつかの水路が集合して池のようになっている場所に、不気味に蠢く巨大な粘体生物が鎮座していた。
どうして私は、こういうことになってしまうのか。
腐ったゼリー。
腐ったプリン。
そんな言葉が思い浮かぶ。
今は『透化』しているから匂いは伝わらないけど、きっと悪臭を放っている。
だって、ぷしゅう、ぷしゅう、と、たまに皮膚が破れてガスが漏れている。
「ねえ、ゼノ隊員。悪魔かアンデッドはどこだろか」
「自分で探したら?」
なんかこう、アレですよ。
物語的に、ね。
お約束ってあるじゃないですか。
そういうのが来ると、思っていたわけなのですよ、私は。
四天王みたいな感じの、スッとしたカッコいい感じの悪魔がいてね。
そいつと何やら意味ありげな会話とかしてね。
それから戦闘になる感じを予測していたのですけれども……。
あるいは、不幸極まる人生の果てに死霊の王になった元魔術師がいて、彼のいよいよ始まる復讐劇を知るとか。
「……帰ろっか」
腐ったゼリーはないよね。
うん。
関わりたくない。
「いいけど、放っておいていいの?」
「だってこいつ、ただここにいるだけでしょ?」
「たぶん、この間の邪悪な力が流れてきて、スライムが取り込んだんだろうね。
どんどん瘴気も吸収しているし……。
いずれこのままだと邪神の眷属として目覚めるよ。
ううん、もう目覚めているのかな?」
様子を見ていると、粘体生物の皮膚が破れて眼球がギョロリと現れた。
しかも、いくつも。
その視線は、少しだけ彷徨ったけど、やがて固定される。
私たちに。
私とゼノは姿を消した状態でふわふわと浮かびつつ、通路の付け根のあたりでバケモノの様子を見ていた。
下水道は暗いので白魔法のライトボールを浮かべている。
なので、明かりに反応しているだけかも知れないけど。
ただ、うん。
気のせいでなければ頭上のライトボールではなくて、剥かれた眼球たちの視線はすべて私とゼノに向いている。
「……ねえ、これって見つかったかな?」
「ボクたちを見ているね」
「う、うん」
姿を消していても反応してくるモンスターはゲームにもいた。
なので油断は厳禁。
いつでも戦えるように剣を握りしめる。
次の瞬間だった。
腐ったゼリーが動いた!
皮膚を横に裂き、ノコギリみたいな歯を剥き出しにして、ヨダレのような粘液を撒き散らしながら一直線に!
私たちのところに!
「ひぃやぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁ!」
私は逃げた。
全力で。
『浮遊』では追いつかれるので、地面に降りて全力で走った。
『透化』も解けてしまったけど、そもそも見つかっているからどうでもいい。
「ねえ、戦わないの?」
横に並んで飛ぶゼノが平気な顔をして聞いてくる。
「むりぃぃぃぃぃぃ!」
あんな気持ち悪いの、どうしろと!
通路に入っても、腐ったゼリーは狂った亡霊のような金切り声を上げながら壁や床を破壊して追いかけてくる。
しつこいっ!
アンデッドじゃないからターンアンデッドは無理だし、黒魔法はセットしていない。
剣は手に持っているけど、斬ったら絶対になんかいろいろ降り注ぐ。
ぶっしゃっと。
汚物が。
全身に。
それ以前に、斬りつつ食われそうな気がする。
「でもこのままだと、下水道が壊れるよ?」
「ゼノがやってぇぇ!」
「えーでもー」
「なにさー!」
「だってクウ、ボクには手を出すなって言ったよね。私がやるって」
「それはそうだけどぉぉぉぉぉ!」
キャンセル!
それはキャンセルでいいよー!
腐ったゼリーの足が速くて、会話していると捕まりそうになる。
なので最後まで言えなかった。
にゅるっと触手が伸びてきて、腕に絡みかける。
通路を壊しながらこのスピードって、どんなバケモノだよー!
って、邪神の眷属なスライムかぁ!
どうしようー!
白魔法には閃光による目潰しがあるけど、たぶんスライムには無意味。
ここはもう振り向いて、全力で斬るしかないか……?
たぶん倒せる。
倒せるけどしかし……。
「べちょべちょはイヤぁぁぁぁぁぁ!」
ここで幸運ロール!
成功!
なんてゲーム的な何かが世界の裏側であったのかはわからないけど。
通路に錆びついた鉄のドアを発見。
開けて、飛び込む。
素早く閉める。
強烈にスライムが体当たりしてくるけど、鉄のドアは耐えた。
「ふぃぃぃぃ」
助かった。
ドアに鍵がかかっていたら、詰んでいたかもだけど。
私は運がよかった。
なんとか一息をつくことができた。
ついに80話!
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます!
今後もよろしくお願いしますm(_ _)m




