799 じーっ……。
「ねえ、クウちゃん。なんだか緊張するね」
「そうだね、エミリーちゃん」
こんにちは、クウちゃんさまです。
私は今、大宮殿の中にある立派な厨房に来ています。
ランチにカレーライスを振る舞うためです。
これから私たちは、無事に陛下からの許可もいただいたので……。
ご飯を炊いて、野菜と肉を切って……。
ことことカレーを煮込むわけなのですが……。
なんか、うん。
お仕事中にお邪魔しちゃって申し訳ないのですが……。
ランチの準備を台無しにして申し訳ないのですが……。
まあ、それについては、ヒオリさんとゼノとフラウがいるので全部食べてくれると思うのですが……。
なんか、コックのみなさんに……。
じーっと見られております。
そんな中で素人の私たちが料理をする……。
正直、とてもとても緊張するのは当然というものなのです。
とてとてなのです。
「あのお、みなさん……。私たちのことは気にせず……」
「我々のことは、どうぞお気になさらず。そのあたりに生えている雑草とでもお考えください、主宰様」
厨房に雑草が生えていたら大問題だよね?
とは思ったけど、私は口にしない。
私はちゃんと空気が読める子なのだ。
コックのみなさんは、なぜか不思議なことに、真剣な眼差しで私たちのことを見ているのだ。
遊びの雰囲気ではないのだ。
まあ、うん。
なんでこんなことになっているのか……。
私が主宰様と呼ばれていることに関係しているのだろう……。
怖いので、あえて聞かないけど。
なにしろ今日の私は、ただのクウちゃんなのだ。
決して伝説の美食家ク・ウチャンではないのだ。
「じゃあ、エミリーちゃん、始めよっか」
「うん。クウちゃん」
「エミリーちゃんは、野菜の下ごしらえからお願い」
私はご飯を炊く。
まずは準備。
大きなボウルを準備して、その中にお米を入れてっと。
次に、水を入れてっと。
手早くかき混ぜよう。
量が多いので大変だけど、頑張るのだ。
お米の表面についたヌカを取り除かないといけないしねっ!
シャカ、シャカ。
シャカ、シャカ。
ざばー。
水を捨てて、さあ、もう一度っ!
と思ったのだけど……。
「これが――。これが至高の米洗い……」
「まさに究極の技だ……」
「なんという……。一分の無駄もない動きなのだ……」
「俺はぁぁぁぁぁ! これが真の料理だと言うのならば、俺が今までやってきたものは何だったのだぁぁぁぁぁ!」
「おい、何回転だった?」
「はい。ちょうど3回転でした」
「そうか……。3回転……それが答えなのか……」
「料理長……。私は今、この世の真理を見た気持ちであります」
「そうだな。私もだ」
あのー。
私、完全に素人なので……。
素人がテキトーにやってるだけなので……。
あんまり真に受けてもらわない方がいいのですけど……。
いや、うん。
もしかして、からかっているだけなのかな。
とも少しだけ思ったけど……。
うん。
私にもわかる。
彼らは、何故か不思議なことに、真剣だ。
かわいい女の子のかわいい調理を愛でているだけなら、まだわかる。
何しろ私は、かわいいクウちゃんだ。
それは、うん。
自然なことだろう。
だけど、ちがう。
彼らは、この私に、一片の愛らしさも見出していない。
彼らが私に見ているもの……。
それはまさに、料理の賢人としての手捌き!
奇跡の技!
美食ソサエティの真髄!
…………。
……。
正直、死ぬほど恥ずかしいんですけど!
私、素人だからね!
と、私は叫びたかったのだけど、私は叫ばなかった。
何故ならエミリーちゃんは、私の弟子として、堂々と野菜を切っている。
その顔には最初こそ照れがあったものの……。
今では誇らしさに満ちている。
私の弟子と言われて、心から嬉しいと思ってくれているのだ。
その中で……。
私が、それを否定することはできない。
私は野暮な子ではないのだ。
私はちゃんと空気の読める子なのだ。
まあ、いいか。
私はあきらめた。
すべてをあきらめて、すべてを受け入れて、じーっと見られたまま、気にせず調理を進めることにした。
素人ながら、解説もしてあげる。
お米をかき混ぜる時には、とにかく優しくね。
炊く時の水の量は、お米の1.2倍。
その後、夏なら30分、冬なら2時間、じっくりお米を水に浸す。
今回は時間もないので、水の魔力でギュッと浸透させちゃうけど。
そして、蓋をして。
火にかける。
これで炊飯については、しばらくの待機だ。
ちなみに魔導コンロでの炊飯のコツは、ユイに教えてもらって、すでにバッチリ習得済みだ。
火加減がユイ直伝のものであることは、ちゃんと伝えておく。
すると、なぜか、みんなが炊飯中の鍋を拝み始めた。
まあ、いいけど。
私は気にしない。
さあ、次は、エミリーちゃんとカレー作りだ。
むしろこちらが本番だよね。
まあ、と言っても、難しいことはない。
軽く炒めて、煮る。
スパイスについても、すでにカレーセットとして販売されているものを、そのまま使うだけだ。
ポイントは、ひとつ。
オリジナリティを出そうとしないこと!
昔はそれで、よく失敗した。
なんかこう、作っていると、ルーの箱の裏側に書いてある通りじゃ、物足りないというか、面白みがない、なんて気持ちになって……。
つい、やりたくなるんだよね……。
余計なものを入れてしまって、味を台無しにすること……。
今回は、なので、あえてスタンダード。
まだカレーライスを食べたことのない人たちに、変化球は不要なのだ。
シンプルに、ストレートに。
カレーライスを楽しんでもらおうではありませんかっ!
そうして、昼。
私とエミリーちゃんは、大宮殿の食堂で、今日の鑑賞会の参加者のみなさんにカレーライスを振る舞う。
皇帝一家に、三公爵とその関係者。
私の友人たちと、その家族。
アンジェの祖父で平和の英雄たるフォーン大司教も来ていた。
錚々たる面子だ。
果たしてカレーは喜んでもらえるだろうか……。
私はかなりドキドキしたけど……。
幸いにも好評だった。
私も食べたけど、ちゃんとカレーライスと呼べるレベルに達していた。
美味しい。
久しぶりの味に、私も大いに満足するのだった。




