789 夏空の雪
「ソード殿……。不躾な願いではあるが、我が父、ラムス王だけでも、この城から逃がしてもらえないだろうか」
「馬鹿なことを言うでない! 逃げるとすれば其方であろう! ソード殿、どうか王太子を逃がしてくれ!」
「父上!」
「我が息子よ!」
えっと、茶番でしょうか……。
なんて思ったけど、ラムス王とリバース王太子は真剣で切実だ……。
どうやら私は、最悪のタイミングで来てしまったようだ。
今、王城の前には敵反応がギッシリ。
トリスティン王家は、もはや崩壊寸前だ。
まあ、うん。
私には関係ないし、自業自得だし、もう帰っちゃおうかなー。
とは思ったんだけど……。
ここで強硬派に政権を奪取させてしまうと、新獣王国との争いは泥沼だ。
ラムス王の心がせっかく折れていて、もうヤダー、と言っているのだ。
あと少しラムス王には頑張ってもらって、新獣王国との間に停戦条約を交わしてもらう方がいいだろう。
「はぁ……。まあ、2人はここにいてください。外の連中は、とりあえず私がなんとかしてきますから」
「助けてくれるのか……? 我等を……?」
「その代わり、できるだけ早く新獣王国との間に停戦条約を結んでくださいね。先生との約束ですよ?」
「あ、ああ……。約束する……」
よし。
なら、まあ、いいか。
面倒だけど、ちょっと行ってきますか。
私は空の上に飛んだ。
王城の外――。
お城を囲んだ堀の外側には、ざっと3000名の兵士がいる。
しかも皆、意気盛んだ。
対する守備兵は、その30分の1にも満たない。
しかも、一様に怯えている。
幸いにもまだ戦闘には至っていないけど、攻撃されれば、あっという間に降伏しそうな雰囲気だ。
さて、どう助ければいいのか。
定番なら……。
まずは、主要人物をトリスティン送りにするところだけど……。
残念ながら、ここはトリスティンだ。
なので送れない。
それならソード様でオネガイしてみる……?
有効かも知れないけど……。
それだと確実にユイに迷惑がかかるね……なにしろソード様は聖国の人間ということになっている。
くまった。
これはクウちゃんさま、安請け合いしてみたものの、くまりましたよ。
オネガイするにしても、他国に迷惑のかからない誰かじゃないと……。
…………。
……。
いるね。
いる。
とっておきの人物が。
そして同時に、いい作戦を思いついた。
しかし……。
私、思う。
いいんだろうか、ホントにやっちゃって。
…………。
……。
「まあ、いいかー!」
深く考えてもしょうがないよねっ!
どうせ私の小さな頭では、他に名案なんて思いつかないのだ!
今は相談する相手もいないし、やってから考えよう!
うん。
それがいい、そうしよう!
というわけで、早速、アイアンゴーレムを生成した。
でん。
空中に鉄の巨体が現れる。
すぐに銀魔法『重力操作』で空中に固定、しようと思ったのだけど――。
重いっ!
さすがは鉄のかたまりだ。
墜落には耐えられたけど、空中での自由機動は無理っぽい。
どすーん。
地響きと共に、巨大なアイアンゴーレムが強硬派の人たちの前に降り立つ。
私はゴーレムの頭のうしろに隠れた。
その場所から、さらにアイアンゴーレムを何体か生成して並べた。
うむ。
かなりの迫力だ。
なにしろ、人の背丈の優に5倍はある大きさなのだ。
強硬派の人たちは、当然ながら呆然としている。
尻餅をつく兵士もいた。
これなら、すぐには攻めてこれないだろう。
さて、ここからだ。
私はアイテム欄から拡声器を取り出す。
この拡声器は、ヒオリさんとフラウと共に開発した魔道具。
なんと、声質を変えることもできる優れものだ。
ただ前世の拡声器と同程度のサイズがあるので、相手の眼の前で密かに使うことはできないけど。
今回なら、もってこいだ。
さあ。
やってみよう。
「聞いてください! 私は、先生の代理人――」
いきなり詰まった。
誰だ私は!
一瞬、反射的に、クウチ・ヤーンと言う名前を叫びかけたけど――。
私は頑張って誘惑に耐えた。
「代理人です! 先生は、この争いにお悲しみです! 天を見てください! 先生が泣いています!」
さあ、魔法の時間だ。
使うのは――。
古代魔法、ピュアホワイト・トゥインクル・スノー。
キラキラと輝く真っ白な雪を、舞い降らせる魔法だ。
実用性はない。
冬のイベントで取得できた、お遊び魔法だ。
ただ、見た目は良い。
美しくて、幻想的だ。
それを、効果範囲を思いっきり広げて、発動する。
青空の中。
雲もないのに、王城のまわりに真っ白な雪が降る。
兵士たちの間から驚きの声が聞こえる。
「兵士の皆さん、先生の悲しみを知ってください! この夏の雪の中に、先生の意思を感じてください!」
ふむ。
名案だと思ったけど、私は何がしたいのだろうか。
謎だ。
いや、うん。
何がしたいのかと言えば、攻撃をやめさせたいのだけど……。
ちなみに雪に触れれば、HPがほんの少しだけ回復する。
すなわち癒やしの力を感じることができる。
なので、それこそが先生の意思。
超常の現象なのだ。
それは、すごいことなのだ。
ふむ。
やっぱり、よく意味がわからないね、我ながら。
やっぱりアレか。
うん。
いつものようにしよう!
流血必至のところを、クウちゃんさまらしくふわっと解決する……。
難問ですね……。




