784 マリエと散歩
「おーい! クウちゃーん!」
ん?
散歩していると呼びかけられて、振り向くとマリエがいた。
「マリエ、久しぶりー」
「久しぶりだねー、元気だった?」
「うん。元気元気っ!」
2人で笑いあった。
マリエとは、夏の旅から帰ってきて以来だ。
まあ、うん。
一ヶ月すら間は空いていないんだけど、旅の密度が濃かったせいか本気で久しぶりに感じる。
「クウちゃん、1人で何してるの?」
「散歩だよー。マリエは?」
「実は私も。今日はお仕事もなくて自由なんだー」
せっかくなので、2人で歩くことにした。
今日も帝都は賑やかだ。
たくさんの人が行き交って、たくさんのお店が開いている。
「クウちゃん、素材集めの旅はどうだったの?」
「それがさっぱり」
「取れなかったんだ?」
「いろいろとあって取りに行けなかったんだよー。マリエ、大陸の東側で獣人の国が復活したって話は知ってる?」
「噂で少しだけなら。それがどうしたの? あ」
「どしたの?」
いきなり変な声を出して。
するとマリエは、「こほん」と、わざとらしく咳をして笑った。
「クウちゃん、どこに行こっか!」
「んー。そだねー。今日は冒険したいなーと思ってたけど」
「……あぶないとこ?」
「ううん。そういうんじゃなくて。この大通りのとなりの通りとか、普段行っていないところ」
「いいねー。そういうの。行ってみよ」
「で、ね。さっきの話なんだけど、ほら、ナオって覚えてる? 前に一緒にお茶会をしたナオ・ダ・リム」
「クウちゃん」
「どうしたの、マリエ。急に真面目な顔をして」
「それって、私みたいな小市民に話しちゃっても平気なこと? もしかして迂闊に口にしたら私、酷い目に遭わない?」
「マリエは平気だよー。だって今更だよねー」
「……そうだね」
「あはは」
マリエはユイのカメ時代からを赤裸々に知っているのだ。
まさに今更だよね。
「ナオさんのこと、少しだけ噂では聞いたよ。なんかすごい人だったんだね。さすがはクウちゃんの友達というか」
「大変だったんだよー」
大通りから知らない道に入りつつ、私はマリエに、旅から帰って苦労した話をアレコレと語った。
新王都建設の話とか、新生式の話とか。
マリエの方も仕事がそれなりに忙しくて大変だったみたいだ。
「そういえばマリエの映像、やっと見られるね。楽しみだなー」
「楽しみにしてて。バッチリ撮れてるよ」
南の島で撮った映像は、みんなで見ようということで、みんなが帰ってくる夏休みのおわりまで見ないで保管しておいてもらっている。
大宮殿で行う上映会には――。
旅の仲間だけではなくて――。
セラの家族、マリエの家族、エミリーちゃんの家族。
アンジェのお爺さん、ローゼントさんにメイヴィスさんたち。
アロド公爵とディレーナさん。
私たちに関わるたくさんの人を招待している。
みんなで楽しむ予定だ。
夏休みの最終日、夏休みの最後を飾る、とっておきのイベントなのだ。
そんなことをアレコレ話しながら――。
私たちは適当に通りを曲がって、帝都の町を歩いた。
いつの間にか知らない場所だ。
と言っても、大通りの方向はわかるので迷子というわけではないけど。
歩いていると、興味深い場所を見つけた。
はっ!
はっ!
はっ!
と、塀の中から、妙に勇ましい、いくつもの声が聞こえるのだ。
なんだろうね。
マリエと首を傾げながら、正面に回ってみると――。
大きな門に看板が掛けられていた。
健康道場。
と。
空いていた門から中を見れば、土くれの広い庭があって、白いシャツに黒いズボン姿の男女20名ほどが――。
熱心に正拳突きや蹴りを繰り返していた。
脇には、練習用の木剣や棒が棚に掛けて置かれている。
まるでそれは――。
カンフー映画に出てくる一場面だった。
「よし! そこまで!」
若い女性の声が庭の道場に響いた。
ふう、と、息をついて、道場生の人たちが小休止に入る。
奥にいた先生の姿が見えた。
目が合う。
すると、先生がこちらに歩いてきた。
「……クウちゃん、行こっか」
「どして?」
「……こっちに来てるよ。きっと誘われちゃうよ」
「あはは。平気だよー」
逃げようとするマリエを私は捕まえた。
なにしろ私は、その若い女性の先生のことをそれなりに知っている。
「クウちゃん、こんにちは」
「こんにちはです、ネスカ先輩」
拳法着姿で門下生を指導していたのは――。
先日に一緒にパーティーを組んだ、銀髪に日焼け肌がよく似合うキリリと精悍な学院の5年生。
ネスカ・F・エクセラ先輩だった。




