782 キタイされる私へ……。
「というわけで、金虎族の問題は解決しました。よかったね、ナオ」
「うむ。これで大森林、竜族、獣王国は共にセンセイの配下なのである。めでたしめでたしなのである」
夜。
私とフラウはナオの元を訪れて、吉報を伝えた。
金虎族との和解だ。
ナオは喜んでくれるに違いないっ!
と思っていたのだけど――。
獣王の館の一室で、椅子に座って、腕組みして足も組んだナオは、何故かものすごく渋い顔をした。
「……どしたの、ナオ?」
私がたずねると――。
「センセイって誰? なんで獣王国が配下?」
あー。
なるほど。
「安心するのである、カメ。センセイとはすなわち、今ここに居られる我らが精霊の姫君のことなのである」
「それなら安心です。わかりました。獣王国もセンセイの下に付きます」
「で、ある」
うんうん、と、フラウとナオがうなずき合う。
まあ、うん。
納得してくれたのならよかったね。
めでたし、めでたし。
ではないよね。
「いや、待ってね? 私、上に立つつもりはないからね? だいたいセンセイって宣誓だからね言葉の意味的に」
私が訴えると、フラウとナオにじっと見られた。
「えっとぉ。なにかな?」
「越冬。それは冬を越すこと。もう少し先の季節の話」
ナオが言う。
今日は9月の6日だもんね。
それは確かに。
「クウちゃん。クウちゃん以外に、我らをまとめられる者はいないのである。あきらめてほしいのである」
「今ここに、クウちゃん共和国、設立」
ナオが耳をぴこぴこさせて拍手する。
「やめてねっ!?」
いや、ホントに。
「そもそも仲良くさえできればいいでしょー。金虎王には命令しておいたから近い内に友好の使者が来ると思うよー」
「国の王に命令……。さすがはセンセイ」
「で、ある」
「もー。それはいいからー」
「でも、ありがとう、クウ。おかげで助かりました」
ナオがペコリと頭を下げる。
「いいよー。共和国を作るつもりはないけど、何かあればまた相談してよ。力にはなるからさ、友達として」
「クウ」
「どしたの?」
あらたまって。
「お礼がしたい」
ナオが言った。
え。
なに?
まさか……キタイ?
と思ったら違った。
少し待っていてというので待っていると――。
ナオがワゴンに乗せて、大きな木箱を4つも運んできた。
鉄で補強された頑丈な木箱だ。
蓋を開けるとミスリル・インゴットが詰まっていた。
「今の私には、これくらいしかお礼ができない。
――もらってほしい」
私は最初、断ろうかと思った。
だってミスリルの価値は高い。
これは間違いなく新獣王国の貴重な資産だ。
だけど、私が断る言葉を探していると――。
「クウちゃん、受け取るべきなのである。カメの気持ちなのである」
私の腕に触れて、フラウが言った。
それで考えを変えた。
私は、ありがたく受け取ることにした。
たしかに、うん。
私は最近、新獣王国で大きな仕事を繰り返した。
もらっておくべきなのだろう。
…………。
……。
その日の深夜、私は自宅のベッドて眠りながら、夢を見た。
それは今日のナオとの先程の場面だった。
こんな夢だった。
「今の私には、これくらいしかお礼ができない。
――だから、精一杯やる」
ナオが、す、と、2つの手のひらを胸の前に掲げた。
私は戦慄する。
まさか。
それは……。
「フラウニール様もお願いします」
「カメ、その他人行儀な言い方はいい加減によすのである。気持ち悪くて吐き気を感じるのである」
「フラウもお願い」
「うむ。で、ある」
フラウまでもが手を持ち上げた。
「ねえ……。ナオ……? フラウまで、どうしたの……?」
私はおそるおそる、なにをする気なのか。
たずねようとした。
だって、もしも私の想像したものならば、それはものすごく久しぶりだ。
一体、前にやられたのは、いつの頃だろうか。
ナオがまだ、カメだった頃?
なんか帝国の町を忍者として迷走していた頃だったかな?
とにかく。
もう、昔のことだ。
そんな昔のこと。
今さらやられたって、私の体はもう忘れてるよ……?
「クウ」
「……は、はい」
「ありがとう。これからも、期待します。その気持ちを込めて、キタイします」
…………。
……。
ナオとフラウと目を合わせてうなずき合う。
手拍子が始まった。
パン、パン、パン。
「「キタイ」」
パン、パン、パン。
「「キタイ」」
パン、パン。
「「キタイ」」
パン。
「「キタイ」」
パン。
「「キタイ」」
次第に早くなるリズムが、心と体に染み渡る……!
そして……!
手拍子とキタイが重なる!
キ・タ・イ! キ・タ・イ! キ・タ・イ!
キ・タ・イ! キ・タ・イ! キ・タ・イ!
私は踊った!
久しぶりに踊った!
もうすっかり過去のことだったのに!
もう忘れていたはずなのに!
体が勝手に、マッスルポーズを決めていく!
私は踊った。
心の底から、踊ったのだ。
キ・タ・イ。
に、答えて。
いつの間にか爆発野郎のボンバーがいて……。
一緒にマッスルポーズを決めていた。
いつの間にかジルドリア王国貴族のキン・ニクがいて……。
一緒にマッススルポーズを決めていた。
マウンテン先輩もいた。
メガモウもいた。
ロックさんもいた。
タタくんもいた。
ウェイスさんにロディマスさんもいた。
お兄さまもいた。
それどころか、セラにお姉さま、アンジェにスオナにエミリーちゃんたちまで、いつの間にかいた。
みんなで一緒にマッスルポーズを決めていた。
キタイと筋肉に囲まれて、私は幸せだった。
ありがとう、ナオ。
ホントはね。
やってほしかったの、キタイ。
踊りたかったの、私。
ついに念願が叶って、私の心はいつしか晴れ渡った。
ああ……。
世界は、広い。
素晴らしきキタイに、ありがとう。
素晴らしき筋肉に、ありがとう。
…………。
……。
朝。
ベッドの上で目覚めて、私は思った。
ううん、口に出していた。
「……私、実は大好きなのかなぁ。
……キタイも、筋肉も」
満たされた心の中、それは少しだけ泣きたい気持ちだった。




