78 久しぶりの精霊界
「へえ、ここかぁ」
帝都に近い森の中に、ひっそりと存在する小さな泉。
緑魔法の魔力感知で見てみれば、たしかに色とりどりに輝いて見えた。
「ここに飛び込めばいいの?」
「うん。そうすれば、精霊なら精霊界に行けるよ」
軽いステップでゼノが足から飛び込む。
ざばんっ。
水が大きく跳ねる。
ゼノの姿が、吸い込まれるように水面の中に消えた。
私はおそるおそる、ゆっくりと入ってみた。
膝まで水に浸かったところで引っ張られて、気がつけば水の中だった。
息はできる。
精霊界だ。
目の前にはゼノが浮かんでいた。
私はあたりを見回す。
初めて来た時と同じように、上も下も、右も左も、どこまでも同じような水の中の世界が続いている。
「ねえ、ゼノも精霊界に家を持っているの?」
「あるよ。行ってみる?」
「あんまり長い時間ここにいて目立つのは嫌だし、近くなら」
「すぐだよ。ほら」
ゼノが私の手を取った。
次の瞬間には、たくさんの窓がついた大きな黒い建物が目の前にあった。
「ここだよ」
「おおっ!」
この黒い建物がゼノの家らしい。
見れば正面に、玄関らしきドアがついている。
「すごい。家もすごいけど、ここに来たのって瞬間移動?」
「精霊界って、物質界と比べて距離の概念が曖昧なんだよ。行きたい場所を明確にイメージすればそこに行けるんだ」
「そかー」
――ゼノ。
――カエッテキタ。
オカエリ――。
まわりにいた黒く光る玉くんたちが、ふよふよと近づいてきた。
「ただいまー」
――デンゴン。
――シゴト、シロ。
シゴト、シロ――。
「はいはい。わかったよ。またシャイナリトーかキオジールだよね」
「誰?」
「光の大精霊と風の大精霊。真面目なんだよね、あいつら」
――ヒメサマ。
――ヒメサマイル。
黒い玉くんが私のまわりにも寄ってくる。
「ねえ、みんな、やっぱりこの子は姫サマなんだ?」
――ヒメサマ。
――ヒメサマ。
「あはは」
黒い玉くんが、たまに肌に触れてくるのが妙にくすぐったい。
闇の精霊だと思うけど、冷たくて柔らかい感触だった。
「中に入る? 歓迎するよ?」
「すごく興味あるけど、また今度でいい? 今日のところは、属性結晶をパパッと採掘して帰ろう」
でないと、私は眠くなってしまう。
「りょーかい。じゃあ、また移動するね」
「みんな、またねー」
――ヒメサマ。
――ヒメサマ。
黒い玉くんたちに見送られて、私はゼノと共に場所を変えた。
そこは岩礁地帯だった。
水晶みたいに半透明な岩が無数に浮いている。
私はソウルスロットを変えた。
採掘、銀魔法、敵感知。
すると、見える範囲にいくつかの採掘ポイントが現れた。
あ、そうだ。
マップを開いてみる。
よし。
ゼノの家も採掘地帯もマップに表示されていた。
これなら場所のイメージがしやすいし、仮に瞬間移動が上手くできなくても来ることはできそうだ。
「さてさて」
確認したところでアイアンピックを手に持つ。
「掘っていいんだよね?」
「どうぞー」
「よーし」
採掘ポイントは色とりどりだった。
黒、白、緑、赤。
たぶん、それぞれの属性を示しているのだろう。
今回は黒を集中的に選んだ。
ざくざくざく……。
掘る内、いろいろな色の光の玉くんたちが私に寄ってくる。
――ヒメサマ。
――ヒメサマ、ナニシテル。
「素材集めだよー」
適度に集めたところで、おわりにする。
光の玉くんから私の話が光の大精霊さんとやらに伝わって、ここに来られたら確実に話が面倒くさくなる。
「よし、そそくさ帰ろう!」
「リョーカイ。帝都の近くでいいよね?」
「うん。お願い」
物質界に素早く戻って、『飛行』して夜の帝都を飛び越える。
我が家に帰宅。
さて、ここからが本番だ。
待ち構えていたヒオリさんがわーわー言ってくるけど、ちょっと待ってもらう。
私たちは工房に入った。
ヒオリさんとゼノが見守る中、生成モードに入る。
問題は、闇の属性結晶というアイテムを私がきちんと扱えるかどうか。
算段はある。
名称は異なるけど、ゲームにも属性つきの鉱物は存在していた。
たぶん、それと同じだ。
レシピを確認すると、よし、大丈夫そうだ。
ちゃんと、闇属性の魔法鉱石として認識されている。
「では、いきますよー」
生成される大鎌は、純ミスリル製よりも高性能。
驚異の逸品となるはずだ。
「生成、ナイトメアサイズ」
闇を体現するかのような漆黒の大鎌が完成する。
もちろん最高品質。
続けて刃に付与用の宝石を乗せる。
「付与、耐久力強化」
付与は、1つ目なら確実に成功する。
問題なくついた。
つけたのは、武器を壊れにくくするための付与だ。
ふたつ目にも挑戦してみる。
失敗すると、宝石もろともナイトメアサイズは砕け散ってしまうけど……。
よし。
無事に成功した!
「完成っと。はい、どうぞ。名前はナイトメアサイズだよ」
ゼノにナイトメアサイズを渡す。
軽く掲げて、ゼノは驚愕に顔の色を染めた。
「すごいね、これ。力が伝わってくる。イスンニーナが作った前の大鎌と変わらないくらいにすごいよ」
「……なんと凄まじい闇の力」
ヒオリさんが逃げるように離れて身震いする。
「ニンゲンには辛すぎる力だよね。特にキミは敏感だろうし」
「某、触れるだけで発狂しそうです……」
「そう言われると、お試しで触ってほしくなるけど。
……どう?」
ゼノが妖艶な笑みをヒオリさんに向ける。
「お、おやめくださいいいっ!」
「ジョーダンだよー」
一振りしてから、ゼノは大鎌を空間の割れ目みたいなところにしまった。
「ありがとうね、クウ。ありがたくもらっておくよ」
「今のって異次元収納?」
まるで私のアイテム欄のようだった。
「うん。そう呼んで差し支えないかな。次元の隙間に物をしまっておける能力を持っているんだ、ボク」
「私も持ってるけど、私だけだと思ってた」
「上位の精霊はだいたい使えるよ」
「そかー」
さすがは同族。
感心したところで、私の口から大きなアクビがこぼれた。
「……ふう。とりあえず今日はここまでにしようか。続きは明日ー」
一息つくと、いつものことながら眠くなる。
なんといっても体は11歳だしね。
「某、まだ何も聞きたいことを聞けていないのですが……」
「あーじゃあ、ゼノを2階に案内してあげて。部屋でおしゃべりしてよ。お布団とかも用意してあるし」
寝具は、ヒオリさんの分だけじゃなくて、来客用の分も作った。
私、えらい。
「ゼノ、今夜はヒオリさんと寝てね」
「はーい。じゃあ、ひおりん? ボクのことよろしくね。おしゃべりもしよう」
「……あの、某、とても不安というかなんというか」
「どこなの? 連れて行って?」
ゼノが笑顔でヒオリの腕にからみついた。
仲よくできそうだね。
ゼノもえらい。
「お、おまちを……。
某、敏感故、触れられると闇が、闇が染みてきてぇ……」
「平気だって。気持ちいいでしょ? 闇は、夜になれば必ず世界を包む、すべてを静寂へと返す優しい力なんだから」
「それにしては体が痺れています! 明らかに力が抜けていきます!」
「ああ、うん。
そうだね?
クウやフラウには無効だったから忘れていたけど、麻痺や吸収の自動効果が発動しているのかな?
ボクの特性だけど、最弱の状態だし、たぶん、すぐに慣れるよ?」
「某、まだアンデッドになる気はありませんが! 店長、某はピンチです! ヘルプですヘルプを要請しますー!」
「ふぁ~あ。……ゼノ、アンデッドにしたらダメだからねー」
「しないよー。ひおりんならすぐに気持ちよくなるってばー」
「気持ちよくなりたくありませんー!
ひぃぃぃぃぃぃ!」
私は『浮遊』した。
ふわふわ浮かんで、階段を上がっていく。
「店長っ! 店長っ! 某を見捨てないでくださいー!」
ヒオリさんがうるさいけど、いつものことだよね。
だから、たいしたことじゃないよね。
私は眠いのだ。




