777 ルルさんの憂鬱
「おいっすー!」
「おいっすー! おう、クウ! 暇になったなら座れや」
「うん。座るー」
ホールに戻った私はロックさんのところに行った。
席が余っていたので座らせてもらう。
同じテーブルにいたのは――。
ロックさんのパーティーメンバーで、金虎族のルルさん。
獣王国の戦士で黒豹族のダバ。
ホーリー・シールドの隊員で熊族のバー・ウガイ。
腕組みしたルルさんが、ムッとした顔でダバを見据えている。
ダバは上から目線で余裕の表情だ。
ウガイは我知らずの顔で、紅茶を飲んでいる。
「ねえ、ロックさん。なんか、楽しそうな雰囲気じゃないんだけど……」
「はっはっは! よくわかったな。その通りだ」
「じゃあ、私はこれで」
失礼しますね。
と、思ったらロックさんに腕を掴まれた。
「まあ、待てって。せっかく座ったんだから話くらい聞け」
「まあ、いいけど……」
「実はな、ルルんとこの大森林の金虎族と、ダバんとこの獣王国がな、ちょっと揉めちまってるみたいでな」
「あー。アレかー」
あったあった。
ナオが新生宣言をする日に、金虎族の連中が嫌がらせに来たんだよね。
私が成敗して、大森林に帰らせたけど。
「なんだ、クウ。知ってるのか?」
「あ、うん。噂で聞いたけど……」
ごめん。
嘘をつきました。
「なあ、クウちゃん。どんな噂なんだ?」
ルルさんに聞かれて、私は困りつつも無難に答えた。
「それは、えっと……。獣王国の新生宣言の日に、金虎族がわざわざ嫌がらせに来て撃退されたっていう」
「ほらみろ。本当のことじゃねーか」
ダバがふんぞり返る。
「――それは、ただの噂だよな、クウちゃん?」
「えっとぉ。はい……」
ルルさんに睨まれて、私は目を逸した。
するとロックさんが言った。
「ルル、あきらめろ。クウが言うなら、それは本当のことだろ」
え、なに。
私って、そんな信用あるんだ?
しばしの間を置いて、ルルさんが頭を掻いてぼやいた。
「チッ。なんてこった。親父のヤツ、馬鹿なことしやがってよ。一族の無礼はアタシが詫びる。悪かった」
座ったままとはいえ、ルルさんがダバに頭を下げる。
「テメェに謝られても意味ねぇだろ。そもそも俺に謝ってどうするよ」
「だな」
ロックさんがお気楽に笑う。
ここでバー・ウガイが静かに口を開いた。
「……今日の会談で、帝国、王国、聖国、獣王国はまとまった。大森林は孤立することになるだろう」
「トリスティンと裏でつるんでたりしてな」
「そんなわけがあるか!」
ダバが軽口を叩くと、ルルさんが牙をむき出して怒った。
と、思ったら、目を逸して、
「って、いいたいところだが――。あー。欲深い男だし、金目のモンに目が眩んで馬鹿な手を打ったかもだなぁ」
「なあ、ルル。親に連絡は取れねぇのか?」
ロックさんが言う。
「そんな簡単に取れるわけねーだろー」
大森林は、ザニデア山脈の向こう。
トリスティン王国とジルドリア王国の間にある、金虎族を頂点とした多くの獣人族が暮らす武装中立地帯だ。
他国との国交はなく、ヒト族は立ち入ることができない。
手紙を出すことも困難な場所だ。
その意味では、もともと孤立しているんだけどね……。
「というわけで、クウ。頼む。なんとかしてやってくれ」
ロックさんが頭を下げてくる。
「私に言われても……」
「だっておまえ、聖女様とも戦士長様とも親しいんだろ? なんかこう上手く話をつけてくれや」
「自分でやりなよー。2人ともここにいるでしょー」
「おまえな。いくらなんでも、俺が気安く声なんて掛けられるわけがねーだろうが。ぶち殺されるぞ」
うむ、と、ダバとバー・ウガイがうなずく。
「そもそも私、その現場にいたけどさ」
「は? いたのかおまえ!? 噂はどうした!?」
「それは嘘」
面倒くなりそうだったし。
「……おまえ、本気でどこにでも居るんだな」
「まあね。いたけどさ、ぶっちゃけ、ルルさんには悪いけど金虎族の人たちの態度には腹が立って、前にもらった短剣も返しちゃったんだよね。だから完全に獣王国派だよ。中立じゃないからね、私」
ナオのためにならともかく。
金虎族のために、頑張る気持ちはない。
「とりあえず、ナオを呼んできてあげるから話してみなよ」
というわけで呼んできた。
軽く事情も話した。
「要件は?」
ナオが立ったまま、冷たくルルさんを見下ろす。
そのとなりには、まるでボディーガードのようにサギリさんがいた。
なんか、うん。
2人とも威圧感がすごい。
「あ、いや、あの……」
さすがのルルさんもしどろもどろだ。
「ナオ、怖い」
私はため息まじりに言った。
するとナオがよそ向けの声で言った。
「――クウ、この件は簡単なことだ。我々は現状、金虎族に興味がない。向こうも我々に興味を無くせば良い」
「さすがはナオ様! その通りだぜ! カンペキだぜ!」
すかさずダバがヨイショした!
「獣人同士で協力しないの?」
「一方的に牙を向けてきた相手と?」
「……それはそうか」
大森林の金虎族は、完全に銀狼の王家を下に見ている。
なので、挨拶に来なかった、無礼。
と怒って、嫌がらせの部隊を差し向けたのだ。
協力も何もなかった。
「ごめん、ありがとね、ナオ」
「構わない」
ナオがサギリさんと共に立ち去る。
「ナオ様! そっちの銀狼の美人は、どこの誰なんだよ!?」
「貴様には関係ない」
「そんなことねーだろ! 俺も関係者だろ!」
ダバが後を付いていく。
私は、ルルさんとロックさんに言った。
「そういうわけだから、気にしなくていいと思うよ。興味ないってさ」
「お、おう」
「……ならいいけど、な」
ルルさんが深いため息をついた。




