776 ホールで声をかけてみる
「おーっす、メガモウ」
「おう。クウか。あ、いや。ご機嫌麗しく、マイヤ殿下」
「あはは。なにそれー」
楽団の演奏が流れる賑やかなホールで、おしゃべりの時間は続いていた。
メガモウに声をかけたら、なんか妙に堅苦しい挨拶をされた。
「何それも何もありませんが」
メガモウが逃げるように、ぷいとそっぽを向いた。
「もー。今さらそういうのはいいからー。やめてよねー。気持ち悪い。だいたい聞こえてないってば」
まわりは騒がしい。
音楽もある。
私とメガモウの会話を気にする人はいないだろう。
「コホン。……で、何の用だ、クウ」
「別に用はないけど……。強いて言うなら健闘を讃えようかなぁと。今日はメガモウもよく頑張ったよね」
「おい、テメェに慰められるほど俺は落ちぶれちゃいねーぞ」
「健闘を称えてるんだってばー」
「わかったわかった。ありがとな。受け取ったから、もうあっちいけ。俺は今、死ぬほど忙しいんだよ」
「絶賛1人なのに?」
「馬鹿野郎。俺は今、聖女様のことを見ているのに大忙しなんだよ」
「うわ。きもっ!」
「ぶっ殺すぞテメェは……。万が一に備えてのことだ」
「メガモウなんていなくても平気だって」
私は気楽に笑ったけど、結局、追い払われてしまった。
真面目だねー。
私はホールを見渡した。
次はどこに行こうかな。
ユイは、セラと一緒だ。
まわりには、ヒオリさんやローゼントさんやバルターさんがいる。
メンバーからして真面目な話をしていそうだ。
ナオは、まだサギリさんと談笑を続けていた。
エリカは、お姉さまたち同年代のご令嬢と何やら楽しそうにしている。
行くならここかな……。
と思ったけど……。
私は思い切って、黒騎士のラウゼンさんに話しかけてみた。
「こんばんは。優勝おめでとうございます」
「感謝する」
「ローゼントさんも鼻高々でしたね」
「感謝する」
「すごい強かったですよね。どんな訓練で、そんなにも強くなったんですか?」
「訓練だ」
「なるほどー」
…………。
……。
「ありがとうございました」
「感謝する」
私は一礼して、黒騎士の人から離れた。
うん。
よし。
「――マイヤ様、ごきげんよう。よろしいでしょうか?」
「はい、ファラータさん」
赤い制服に身を包んだ『ローズ・レイピア』の隊員、お嬢様なファラータさんが話しかけてきた。
「今、黒騎士の方とお話をされていたようですけれど……」
「そうですね。軽くですけど」
「その――。普通にお話はできましたのかしら」
「事務的には」
「談笑する様子もありませんし、黒騎士の方は、あまり会話を好まれないということなのでしょうか」
「みたいですねー」
少なくとも後何日かは。
「……もしかして、ファラータさん。興味があるんですか?」
ファラータさんは10代半ば。
黒騎士は30代半ば。
国は違うし、それなりに年の差はあるけど。
「はい。そうですね。できれば、普段の訓練などについて、お話をしてみたいところなのですけれど……」
ふむ。
なるほど。
色恋沙汰ではなかったか。
「あ、それなら黒騎士の主家の人を紹介しましょうか? 黒騎士の訓練は見ているはずなので」
「それは有り難い話です。よろしくお願いします」
早速、メイヴィスさんのところに行った。
メイヴィスさんは、エリカとアリーシャお姉さまを中心とした貴族のお嬢様方の輪の中にいた。
ブレンダさん、ディレーナさん、オーレリアさんも一緒だ。
まずは、それぞれに自己紹介。
その後で、私がお願いをする。
実は私も、黒騎士の訓練についてはよく知らないのだ。
死ぬまで戦って限界突破していくということは知っていたので、そういうものだろうねーと思って――。
具体的な内容は気にしてこなかった。
「というわけなので、よかったらお願いしまーす」
私が気楽な感じで言うと――。
メイヴィスさんが本気で神妙な面持ちになった。
「……クウちゃんと、クウちゃんが認める方であれば、もちろんお話しするのは構いませんが。本気で、本当に聞きたいのですか?」
「え。あ。うん」
「――はい。ぜひともお願いします」
私は戸惑い気味にうなずく。
ファラータさんは、しっかりとうなずいた。
「どうなっても知りませんよ? 夢の中の話でしかありませんが」
「え。あの、それってどういう……」
私はますます戸惑った。
「なんだかよくわかりませんが、面白そうですわね。ぜひとも、わたくしにも聞かせてくださいな」
話を聞いていたアリーシャお姉さまが興味を持つ。
それならば、と。
ディレーナさんにオーレリアさん。
その他のご令嬢までもが、メイヴィスさんの話を聞きたがった。
もちろんエリカもだ。
ブレンダさんは静かだったけど。
目が合うと、ブレンダさんは肩をすくめてこう言った。
「私はもう聞いたから」
なるほど。
「私は、ちょっと他に挨拶してくるよ」
ひらひらと手を振って、ブレンダさんは行ってしまった。
メイヴィスさんが念を押して確認してくる。
「アリーシャとエリカ殿下も、本当に聞きたいのですか?」
「ええ。せっかくですし」
「わたくしもですの。差し支えなければ、今後の『ローズ・レイピア』の訓練にも活かしたいですの」
「……では、ここではなんですし。場所を変えましょうか」
というわけで。
話を聞きたい人だけ、ホールから出て応接室に入った。
一緒にいたご令嬢は、全員が来た。
トーノさんも加わった。
メイヴィスさんの話す訓練の内容は――。
おぞましいものだった。
夢の中で、という前置きはあったけど――。
まずは、手足を順番に切り落として、ゆっくりと殺していき、死ぬ瞬間まで発狂せずに冷静でいる予備訓練。
そこから始まって、お約束のダンジョン特訓もあったようだけど。
本訓練の大半は、仲間同士でひたすらの殺し合い。
練習で交互に斬り合う。
試合では、どちらかが死ぬまで斬り合う。
求められるのは、ただひたすらの冷静さ。
そうして戦闘マシーンは誕生していった。
メイヴィスさんはそんな訓練の様子を、淡々と具体的に、まるで目の前で起きているかのように語ってくれた。
闇の大精霊たるゼノにしかできない狂気の訓練だね、まさに……。
なるほどメイヴィスさんが、なんか悟ってたわけだ。
話の後。
私は、みんなに「エンシェント・ホーリーヒール」をかけた。
もちろん私自身も含めて。
すべての状態異常は、回復しました。
記憶の中で今の話は、ぼやけて、あーうん、そんな感じだったのねーという程度のものになりました。
ぼやけたけれど、すっきりです。
さあ、楽しいパーティーに戻りましょうかー!
 




