77 いいな~いいな~
「とりあえず中にどうぞ」
お店の前でうらめしやーされていても迷惑なので、ゼノをお店の中に誘った。
先に入ると、ついてきてくれる。
「ここがクウのお店かー。本当にやってるんだー」
ふわふわ身を浮かせたゼノが、興味深そうにあちこちに目を向ける。
「まずは着地しよ。人になった時には立っていないといけないんだよ」
「そうなの?」
「うん。目立つから」
私もちょくちょく、ふわふわしていますけれども。
一応、言っておかないとね。
「でもここにはクウしかいないよね?」
「あ、わかってやってるならいいけど」
「でもそうだね。ニンゲンが来るといけないから普通に立っておくよ」
よっと。
軽い声と共にゼノが足をつける。
「こうやって実体化してニンゲンの世界にいるのは新鮮だね。ボク、ずっと遠慮して潜んでいたからさー」
「ずっと潜んでいてくれていいんだよ?」
「眼の前で次期女王サマが普通に実体化しているんだから、いいよね?」
「私をダシにしてはいけません」
迷惑です。
「えー。いいよねー。何かあったらさー、ボクは女王サマに従っているだけですって言わせてもらうからー」
「ダメです。そもそも私は女王じゃありません」
「でも姫サマだよね?」
「それは称号の話です」
「称号って、創造神サマが定めた世界の真実だと思うけど……」
「ふぃー。今日も私はがんばったー」
椅子に座って一息をつく。
お腹が空いた。
「何か食べるけど、ゼノは食べる?」
「ニンゲンの食べ物?」
「うん」
「ボクもいいの?」
「いいよー」
「クウがいいっていうなら、せっかくだしもらおうかな。ボク、ニンゲンの食べ物を口にするの初めてかも」
対面の椅子に座って、ゼノが白い歯を見せる。
邪悪さを感じない無邪気な笑みだ。
美貌のせいもあって、妖艶ではあるけれども。
「ねえ、ゼノって悪なの?」
「悪って?」
「んー。なんというか、世界を破滅に導く存在とか?」
「意味がわからない」
キョトンとされた。
「闇なんだよね? 闇って、そういう方向性もあるのかなーと思って」
「……あのね。邪悪な力と一緒にしないでくれる?」
「ああ、ごめん。そうだったよね」
「まったくもう。ボクは精霊だよ? 世界を破滅に導くわけないでしょ? むしろ逆に調和させる存在なのに」
ゼノがそっぽを向いてしまう。
「ごめんね。私、何にも知らないから、一応、聞いてみたくって。でもアンデッドとかは普通に作るんだよね?」
「作るけど?」
「それって邪悪じゃないの?」
「闇の力だよ?」
「えっと」
「まさか、光に満ちた光だけの世界が素晴らしいなんて考えていないよね?」
ごめん、そんな感じに考えてました。
「一定の闇は必要なんだよ? 死霊が蠢くから、怨念が縛るから、生物は触れてはいけない領域のあることを知る。なくなければ1000年前と同じように、すべての支配を目論んで自滅していくだけさ」
「邪悪な力とは違うんだよね?」
「邪悪な力は、ただ黒に染める。その先にあるのは、黒に満ちた漆黒の世界。ボクの司る闇とは終着が違う」
「なるほど……。わかってなくてごめんね」
私は謝りつつ、ホットドッグをアイテム欄から取り出す。
あとは、フルーツジュース。
「お詫びにどうぞ」
こんな時にはおいしいもので懐柔だ。
そっぽを向いていたゼノが、匂いにつられて、ちらりとこちらを見た。
なんといっても作りたてそのままだしね、ホットドッグ。
いい匂いがたちこめます。
私は、それはもう美味しそうな顔をしてホットドッグを頬張った。
野菜とソーセージ、それにパン。
さらにケチャップとマスタードが口の中に染み渡る。
「はぁ~。おいしい~」
そんな私を見つめるゼノが、ごくりと喉を鳴らす。
私は幸せにいただきつつ、うなずきと笑顔で早く食べなよとゼノを誘う。
ゼノがホットドッグを手に取る。
最初はおそるおそる、一口だけ、ゆっくりと。
飲み込んだ次の瞬間には食らいついた。
食べおわってジュースを飲む頃には、すっかり上機嫌だ。
「美味しかったー。これがニンゲンの美味しいなんだね。感動したっ!」
「気に入ってくれてよかった」
ふふ。
作戦通り!
「普段は精霊って、何を食べているの?」
「何も食べてないよ。食べなくても魔素さえ吸収していれば平気だし」
精霊界には魔素が満ちていて、存在するだけで十分らしい。
「だからみんな、ふわふわしているだけでさー。ボクらみたいに強い自我を持った個体は魔力で家を作って暮らしたりもして、魔素をジュースみたいに飲むこともあるけど、味なんて淡白なものだしね」
「仕事とかはあるの?」
「自分の属性の物質界への影響の調整だよ。面白い仕事ではあるけど、さすがに繰り返しすぎてボクは飽きた」
「娯楽は?」
「んー。喧嘩とか?」
「物騒な」
「体を消し飛ばす程度でボクたちは死なないしね」
「そうなんだ?」
「だって体なんてボクたちにはただの器でしょ? 本体は精神そのものだし」
「そうなんだ?」
当然のような顔をされたけど、私は知らない。
「うん。試しに滅ぼしてみる? 3日もあれば戻ってこれるよ」
「やめとく。精神も滅ぼしちゃったら悲しすぎる。ゼノの形見の鎌だって、粉々にして消しちゃったし」
「あー、うん。そうだったね。アレには驚いたよ」
「ごめんね?」
「襲ったのはボクだしね。自業自得だと思って諦めているよ」
ゼノはそう言うし私もそうだとは思うけど、やはり申し訳ない気持ちはある。
特にこうして仲よくしゃべっていると。
「かわりの鎌、作ってあげようか?」
「クウが?」
「うん。あの鎌って、素材は何だったのかな?」
「闇の属性結晶だよ」
「それってどんなの?」
精霊界に存在する、光や闇といった魔力を帯びた鉱物とのことだった。
精霊界のあちこちで、かたまりになって浮かんでいるらしい。
上位の精霊は、それを加工して、いろいろなものを作っていると言う。
ゼノとフラウの親である、かつての闇の大精霊イスンニーナは、特に属性結晶の加工が得意だったそうだ。
闇だけでなく、すべての属性結晶を加工できたらしい。
竜の里のダンジョンも、そう言えばイスンニーナさんが魔改造を施して住めるようにしたとフラウが言っていた。
かなりの高レベルなクラフターだったのだろう。
存命なら、精霊のものづくりについて学ばせてほしかったものだ。
「ねえ、ゼノ、取りに行ってみようか?」
「属性結晶を?」
「うん。今からささっと。私も一度、精霊界に戻ってみたかったんだ。でも自分1人だと迷子になりそうだし、案内してよ」
「いいけどさ……」
「よし決定!」
そうと決まれば行動あるのみっ!
「森なんだよね? ちょうど夜になってきたし、一気に空を飛んでいこう」
「ボクの鎌を作ってくれるの?」
「うん。そのかわり、ちょっと手伝ってほしいことがあるんだ」
「……何?」
「私、陛下の演説会を守るため、帝都防衛隊を結成しようと思うんだ。ゼノにはそのメンバーになってほしくってね」
帝都防衛隊構想。
実は今、ふんわりと頭の中に浮かんだ思いつきなんだけど。
我ながらよいアイデアな気がする。
私の敵感知とゼノの邪悪を感じる力があれば、陰謀の大半はたぶん検知できるに違いないだろうし。
話していると、ドアを開けてヒオリさんが帰ってきた。
「ただいま戻りました! 遅くなりまして申し訳ありません! しかし価格調査は完璧ですのでご安心ください! ……おや店長、お友達ですか?」
「ごめん出かけるね!」
「え、今からですか? もう日が暮れていますが――。というか、店長!? その御方もまさか精霊ですか!?」
「うん! 闇の大精霊! 機会があったら紹介するよ!」
「へー。キミ、霊視眼を持っているんだね。ハイエルフの巫女かな?」
のんびり会話していたら深夜になってしまう。
ヒオリさんには申し訳ないけど、ゼノの手を引っ張って外に出た。
そのまま『飛行』。
ゼノは、ぼやきつつも飛んでついてきた。
「せっかちだなー。さっきのニンゲンとおしゃべりしたかったよ。あの子、精霊が見える特別な存在だよね」
「また今度ね。あの子、うちに住んでるから、いつでも会えるし」
私が眠くなる前に、属性結晶を採掘してしまおう。
こういうのは、その場のノリと勢いでやってしまわないと、次の出来事に流されてやる機会を無くす。
特に今は、いろいろ忙しくなりそうな時期だし。
「いいな~いいな~。
ニンゲンと暮らしていいな~」
なんとなく前世的に懐かしさを感じるフレーズだね、それ。
「そんなに暮らしたいなら、しばらくうちにいてもいいよ」
「いいの?」
「今1人いるし、2人になっても変わんない」
「ありがとうっ! ボク、嬉しい! ニンゲンと暮らすのかー! どんな感じになるのかとても楽しみだよ! 光の大精霊あたりが激怒するだろうけど、姫サマがいるんだから問題なんてないよね! やった!」
あれ、私、もしかして、見事に地雷を踏んだ?
光の大精霊さんが激怒するんだ?
喜ぶゼノの姿を見て、今さら、やっぱりダメとは言いにくいけど。
ここは勇気を出して……。
やっぱりダメ。
と。
「嬉しいよ! ずっと夢だったんだ! 本当にありがとう! クウ!」
「う、うん……。どういたしまして……」
言えない。
ゼノが楽しそうすぎて、とてもじゃないけど言えない。




