769 ウガイvs黒騎士、メガモウvsファラータ
第1試合は進んでいく。
次に石畳の試合場に現れたのは、黒服に身を包んだ2人目の黒騎士と、白服に身を包んだ『ホーリー・シールド』の隊員だ。
メガモウではない、もう1人の方だ。
熊族の獣人で、名前はバー・ウガイと紹介された。
同じ獣人でも先程のダバと違って、こちらは実に落ち着いた物腰だ。
試合が始まる。
出だしはお互いに慎重だった。
剣の届く範囲には自ら入らず、相手の動きを窺う。
たまに切っ先が触れ合う程度の静かなせめぎ合いが続いた。
先に動いたのは黒騎士。
大胆に前へと一歩を踏み込んだ。
すぐさま反応したバー・ウガイ選手が攻撃を繰り出す。
その刹那だった。
手首のスナップだけで放たれた黒騎士の素早い剣撃が、バー・ウガイ選手の脳天を見事に打ち据えた。
バシン!
水魔術による保護膜が揺らいだ。
同時に、ゴムに当たったような大きな音が響いた。
2人が交差して、入れ違う。
「一本! それまで!」
審判のグラバムさんが腕を上げて、黒騎士の勝利を宣言する。
うむ。
誘い出しからの、見事な一撃だった。
相手を乗せる動作もさることながら、手首のスナップだけで打ったのに十分な威力があったのはすごいね。
普通なら、攻撃が軽すぎて無効の判定を受けるところだ。
「黒騎士さん、また勝ちましたね」
セラが言う。
「だねー」
今回もまた、計算された見事な動きだった。
勝利しても黒騎士は揺らがない。
無言のまま、無表情のまま、一礼だけしてテントへと引き下がった。
私は思う。
一体、ゼノはどんな鍛え方をしたんだろうね……。
確かに強いけど……。
なんか人間味がまるでないね……。
すべての感情を廃してアルゴリズム通りに動くロボットのようだ。
「ふふー。すごいでしょ、黒騎士は」
不意にゼノが背後に来た。
まあ、うん。
唐突なのはいつものことなので、別に驚かないけど。
「あの動きってゼノが仕込んだの?」
「ううん。彼らには騎士として剣士としての十分な経験があるからね。それを最大限に活かせるようにしてあげただけだよ。すべての感情を殺して、ただひたすらに自動的に動けるようにしたのさ」
「なるほど」
すごいね。
「そんなものは、もうニンゲンとは言わないのです。ただの人形なのです」
セイバー姿のリトまで来た。
「ははーん。負け惜しみを言ってー。ニンゲンがニンゲンでなくちゃいけないルールなんてなかったでしょー。ねえ、クウ」
「ないと言えばなかったね」
私は冷静に答えた。
「はんっ。好きにすればいいのです。そんなニンゲンモドキを量産したところで最後には負けるのです。最も強い力はココロなのです。ココロを育てないなんて有り得ないもいいところなのです」
「そんな長期的な勝負なんてした覚えはありませーん」
これはアレだね。
トレーナーとして見れば、リトの方が優秀だね。
リトの言葉には確かに一理ある。
心から沸き立つ力がなければ、限界の次の一歩は踏めないだろう。
とはいえ、そんな勝負でなかったことは確かなので、私は余計なことは言わずに澄まし顔をしておく。
私は、ふわふわのクウちゃん。
争い事なんて好まない、温厚で優しい精霊さんなのだ。
「……あの、クウちゃん」
「どうしたの、セラ? そんな恐る恐る」
「クウちゃんが育てた白騎士の皆さんは、どちらなんですか? 皆さん、ものすごくキラキラしていて……」
答えは前者だ。
完全なるゼノちゃんスタイル。
心の力なんて考えることなく、発狂して鍛えて、狂戦士に仕上げました。
「あー。アレね。あれはボクと同じ――」
「あーっと! ゼノさんや、そろそろ我々のカンペキなる計画を話しても良いのではありませんかな」
「ん? それってナニ?」
ナニと聞かれても困るけど……。
私は必死に考えた。
だって、うん。
私までニンゲンなんて雑に扱ってオーケー、なんて思われたくない。
私はいい子でいたいのだ。
うなれ……。
私のふわふわな頭脳よ……。
小鳥さんブレイン、フルパワーだぁぁぁぁぁぁ!
…………。
……。
これだぁぁぁぁ!
珍しく私はひらめいた!
「ふふー。最初から決めてあったでしょー。そーゆーのは御前試合までだって。御前試合がおわったらココロを返す。そして、強い合理性と強いココロを身に着けた立派な戦士を爆誕させるのです」
「そうだっけ?」
「そうだったの。だから後で、白騎士と黒騎士から、なんていうか、余計なモノは抜いておいて? オーラとか悪夢とか、ね」
「えー。せっかく作ったのにー」
ゼノは渋ったけど。
私は言い放った。
「精霊第一位、精霊姫としての命令です。やりなさい、ゼノリナータ」
「わかったよー。もー」
よし。
白騎士問題もついでに片付いた!
ヤダ、私の頭脳、すごすぎっ!?
やったね!
そんなことを話していると、次の試合が始まりそうだった。
2人には席に戻ってもらう。
石畳の上に立つのは、メガモウと『ローズ・レイピア』のお嬢様な少女。
名前は、ファラータ・ディ・オスタル。
体格差は歴然。
普通ならファラータ選手が勝つ見込みなど皆無だ。
ただし、『ローズ・レイピア』は普通の組織ではない。
そこに所属する人員も、ただの少女ではない。
先のトーノさんの動きを見ても、勝つ見込みは十分にあるだろう。
健闘してほしいところだ。
メガモウも油断せず、頑張ってほしい。
メガモウとは、初めて聖都で出会ってぶっ飛ばして以来、なんだかんだといろいろ縁があるしね。
試合が始まる。
「うおおおお!」
メガモウが斬りかかる。
ファラータ選手は、その攻撃を正面から受け止めて――。
「やぁぁぁっ!」
おおっ!
気合の声と共に弾いた!
そして、そのまま打ち合いに応じる。
正直、まさかの展開だ。
暴れ牛を名乗る大男とお嬢様が、力と力でぶつかり合っている。
これにはお姉さまたちが盛り上がった。
ファラータ選手を応援する。
特に同じパワータイプのブレンダさんが興奮していた。
セラもファラータ選手に声援を送った。
私は冷静に見ていた。
今のところ、戦況は互角だ。
だけど、この均衡状態は長く続かないだろう。
どう考えても、メガモウに分がある。
ファラータ選手は、そろそろ次の動きを始めないと、このままでは体力的にすり潰されるだけだ。
だけどファラータ選手は、一心に力を込めて剣を打っている。
私はふと、エリカとハースティオさんに目を向けた。
2人は余裕の表情で観戦している。
むしろ満足げなようにさえ見えた。
予め作戦が決めてあるのだろうか。
この動きはすべて、計算通り、なのだろうか。
私はそう勘ぐったけど……。
そんなことはなかった。
「勝負あり! 勝者、メガモウ!」
「うおおおおおお!」
メガモウが吠えた。
ファラータ選手は最後まで堂々と正面から打ち合って――。
最後には力で押し潰された。
ただ、負けてしまったけどファラータ選手は爽やかだった。
負けを認めてメガモウと言葉を交わす。
エリカとハースティオさんも満足そうにしていた。




