761 閑話・少女トーノは代表に選ばれた
9月3日、朝。
定例のミーティングで、それはメイド長たるハースティオ様から、なんでもないことのように告げられた。
「最後に、来る5日の対抗戦ですが、代表者は、ファラータ・ディ・オスタル及びトーノ・ク・ウネルに決まりました。当日の朝の出立となりますので、両名は準備しておくように。以上」
身を返して、ハースティオ様が王城のホールから出ていく。
私はトーノ。
エリカ王女に使えるメイド隊『ローズ・レイピア』の正メイドであり、今、代表に選ばれた者だ。
今日の仕事が始まる。
私の今日の仕事は、3名の部下を引き連れて、王城1階の通路掃除だ。
私たちの仕事は多岐に渡る。
エリカ王女の補佐役として事務仕事をすることもあれば、王都での治安維持の任務に当たることもある。
領内に現れた魔物退治に出動したこともあった。
最近では、地方領主への監査まで仕事の内に含まれてきた。
何でもありだ。
とはいえ、本質として私たちはメイド。
王城の清掃は欠かせない大切な仕事だ。
淡々粛々と、しかし丁寧に手を抜くことなく通路を磨き上げる。
無駄話はない。
我々はエリカ王女直属のメイド隊。
メイドとはいえ、エリートの中のエリートなのだ。
とはいえ、使用人室に入って、休憩時間となれば話は別だ。
そこではさすがに普通に会話もする。
一通りの仕事をおえて使用人室で小休止となったところで、部下のモニカが目をキラキラとさせて私に話しかけてきた。
「先輩っ! すごいっすね! まさかまさか、貴族出身の方を差し置いて代表に選ばれるなんて! 庶民の星っすよ! 帝国と聖国のエリート共も蹴散らして庶民の力を見せつけてやってくださいっす!」
「そういう言い方はしない。余計な勘ぐりを受けて困ることになるだけ」
「はい……。すいませんっす。でも、感動したっす!」
「ありがとう」
私は小さくため息を付いた。
モニカは、私よりも1つ下の15歳の準メイド。
お互いに王都の商家出身ということもあって、妙に懐かれている。
働きぶりに問題はないし、訓練にも付いてくるが、やや、というか、明らかに迂闊なところがある。
失言には注意してほしいところだ。
「トーノさん、こちらにいらしたのですね」
ほら、危ないところだった。
早速、正メイドにして貴族令嬢のファラータ様が現れた。
「お疲れ様です、ファラータさん」
「ええ。お疲れ様です」
本来なら身分的に、気軽に話せる相手ではないが――。
正メイド同士であれば話は別だ。
「お互い、大変な任務を仰せつかってしまいましたわね」
「突然で驚きました」
「本当です。もっとも、エリカ様が唐突なのは昔からいつもことですけれど」
椅子に座って、ファラータ様が笑う。
モニカは素早くお茶を汲みに行った。
良い判断だ。
「ファラータ様は、エリカ様とは古いお付き合いなのですよね?」
「ええ。幼少からのお茶会仲間でしたわ。その縁で、メイド隊にも最初から参加させていただきましたの」
「……予想とかなり違っていたのでは?」
「ええ。本当にその通りです。最初は父に言われて、ただエリカ様のご機嫌を取るためだけに参加したのですけれど。今では正真正銘、『ローズ・レイピア』はわたくしの生きがいですわ」
「私もです。ここまで毎日が新鮮な場所は、他にないですよね」
2人で笑い合う。
私たちはお互いに、すでに何度も死んでいる。
なのに普通に生きている。
そんな人生は、他では決して有り得ない。
「……ところでトーノさんは、明後日の対抗戦に自信はありますか? 相手はあの『ホーリー・シールド』に加えて、帝国の精鋭とのことですが」
「全力を尽くすだけです」
「勇ましいのですね。……わたくしは正直、まさかわたくしが指名されるとは考えてもいなかったので、早くも緊張で倒れそうです」
今回の対抗戦は、あくまで一般隊員によるお互いの力量の確認、気軽な交流のようなものです。
ソードにセイバー、それにハースティオ様たち。
最強を決すべき方々は、対抗戦には参加しないとこのことです。
なので、私たちが勝とうが、聖国が勝とうが、帝国が勝とうが、別にそれで最強が決まるわけではありません。
とはいえ――。
もちろん、簡単に負けることは許されませんが――。
「トーノさんには緊張している様子もなさそうですね」
羨ましそうに言われた。
「私は何しろ、ただの平凡な商家の娘でしたし。『ローズ・レイピア』に参加させてもらえること自体が奇跡で、そこから毎日、奇跡の連続だったので、すっかり慣れてしまいました」
どんな任務を与えられても全力で挑むだけ。
どんな任務も変わらない。
今では本当にそんな心境だ。
「それを言ったらわたくしだって、ただの平凡な貴族の娘でしたわよ」
「それならもう、慣れていますよね」
私はあえて笑ってから、
「ファラータさんは、剣の腕前なら私たちの中で一番です。選ばれたのは当然だと思います」
「トーノさんとの戦績は互角だったと思いますが」
「31戦して、15勝16敗。私の方が悲しいけど負けています」
「お2人とも十分に強いっすよー!
私からしてみれば、まさに雲の上の存在っす! 応援しているっすよー!」
お茶とお菓子を持ってモニカが戻ってきた。
確かに私たちは強い。
私とファラータ様であれば、それこそゴロツキの集団に囲まれても簡単に鎮圧することができる。
自分は超人になったのだと錯覚するほどだ。
いや、実際、超人なのだろうけど。
遥か彼方には、上がいるというだけで。
「聖国のヤツラも帝国のヤツラも、ギッタンギッタンにしてやってくださいっす! エリカ様最強伝説の始まりっすよ!」
「モニカ」
また余計なことを言って。
私はたしなめたが、ファラータ様は愉しげに笑った。
「そうですね。トーノさん、わたくしたちの手で、エリカ様の最強伝説を始めてみましょうか」
「……はい」
求められて、私はファラータ様の手を握った。
「感動っす! 感動っす!」
声を上げたのは、モニカだけではなかった。
休憩室にいた他のメイドたちからも、たくさんの声援をもらった。
私たちが代表に選ばれたことは――。
あっという間に王城の中に広がった。
多くの人に期待された。
私はただの商家の三女だった人間だ。
トーノという名前が、たまたま精霊様の名前と同じだったというだけで選ばれたに過ぎない庶民だ。
あまり期待しないでほしい……。
とは思ったけど――。
私は同時に、エリカ様の言葉も思い出していた。
私が昔、そんな風に自分を卑下した時に、言われた言葉だ。
「おーほっほっほ。私の見立は確かだったでしょう? 貴女はすでに一人前の隊員ではありませんか」
そう――。
キッカケはどうあれ、私は認められてここにいる。
勝とう。
私はあらためて、その決意を固めた。




