760 閑話・漢メガモウは代表に選ばれた
9月3日、朝。
「――よし。今日はここまでなのです」
聖都の訓練場で2時間に渡って続いたセイバー様の早朝訓練がおわった。
俺、メガモウはその場に崩れ込む。
とっくに心身は限界だったが、今日は死なずに乗り切った。
上々だろう。
セイバー様の訓練は容赦ない。
特に8月は悲惨で、徹底的に一対一での対人訓練が行われた。
仲間同士で、どちらかが死ぬまでの戦いを繰り返すのだ。
その疲労は半端なものではなかった。
訓練がおわって、整列する。
ちなみに死んだ仲間は、普通に生きている。
セイバー様が蘇生した。
セイバー様は人間ではない。
聖女様と契約を結んだ精霊様であることは、すでに十分に理解している。
もはや驚くことはない。
しばらく待っていると、聖女様が現れた。
普段、聖女様が訓練場に来ることはない。
何事だろうか。
「皆さん、訓練ご苦労様でした。今日は皆さんに報告があって来ました。かねてより予定されていた帝国との対抗戦ですが、明後日の5日と決まりました。代表者は2名となります」
俺は驚いた。
確かに対抗戦のことは聞いていたが、明後日とは急過ぎる。
「バー・ウガイさん、メガモウさん。前に」
「「はっ!」」
呼ばれて前に出る。
まさかとは思ったが、そのまさかだった。
「貴方達を代表者とします。よろしくお願いしますね」
「「はっ!」」
俺達は勇ましく敬礼した。
敬礼したが――。
俺は、不敬を承知ながらも質問させてもらった。
「……あの聖女様。俺とウガイが代表で、本当に宜しいのですか?」
俺は暴れ牛、ウガイは熊の獣人。
どちらも正直、栄光ある聖女親衛隊『ホーリー・シールド』の代表としては見た目の洗練さに欠ける。
だが聖女様は、外見など気にも止めていない様子だった。
「そうですね。確かに総合力で見れば上位の者の方が上でしょうけど、今回は剣のみでの勝負です。そうであればメガモウさんとウガイさんが最良です。2人とも期待していますね」
「はっ!」
そう言われれば承知するしかない。
午後。
その日は偶然にも、ウガイと俺が大通りの巡回当番だった。
俺達は、『ホーリー・シールド』の制服に身を包み、青いマントをなびかせながら軍馬をゆっくりと進める。
「……なあ、ウガイよ。本当に俺達でいいと思うか?」
「良い悪いなど、我が決めることではない」
「それはそうだがよ」
「我は、戦うのみだ」
ウガイはトリスティンからの亡命者だ。
もともとは辺境の山岳地帯に住んでいたのだが、トリスティンの襲撃で集落を滅ぼされて奴隷となった。
トリスティンでは、使い捨ての精鋭・獣人突撃兵として、過酷な日々を過ごしてきたそうだ。
聖国に流れ着いた時には病で死にかけていたが――。
運良く聖女様に癒やされた。
更には、セイバー様の推薦で選抜試験にも参加して今では同僚だ。
まあ、愚痴をこぼしてはみたものの――。
俺だって逃げるつもりはない。
ウガイに言われるまでもねえ。
ただ少し、客観的に分析してみようかと思ってみただけだ。
いや――。
本当に良いのかとは、思っちゃいたが……。
俺達は馬に乗って大通りを進んだ。
『ホーリー・シールド』の証である青いマントをなびかせる俺達は、我ながら大いに人目を引く存在だ。
黄色い声を向けられることはすでに日常だ。
祈られることすらある。
畏れられることも。
俺達がこうして練り歩くだけで犯罪の抑止効果がある。
残念だが、聖都にも犯罪はある。
なにしろ最近は、よそ者が多く流れてくる。
特にトリスティンから。
「――メガモウ、トラブルのようだ」
「おう」
大通りの先で誰かがもめていた。
俺達は現地に急行する。
騒ぎを起こしていたのは、ヒト族の青年たちだった。
俺達が来た瞬間に、騒ぎは収まった。
詳しい話を聞く。
彼らは3名と3名のグループで、互いに道を譲らず、肩がぶつかって喧嘩寸前になっていた。
どちらも身元は、しっかりとしていた。
片方はトリスティン貴族の子弟。
もう片方は大聖堂に勤める神官の息子たちだった。
両者とも反省して、ついカッとなりすぎました、今後は気をつけます、というので解放したが――。
最近、多い話だった。
トリスティンから来た貴族や金持ちが幅を利かせようとして――。
それに聖国の元からの貴族や金持ちが反発――。
争いになるのだ。
今日は俺達が居たから簡単に収束できたが――。
普通の衛兵では、俺たちを誰だと思っている! と両方から言われて対処に苦労するらしい。
「ったくよ。ボンボン共が何をやっているのか」
巡回を再開して、俺はぼやいた。
すると珍しく、ウガイのヤツが小さく笑った。
「テメェが笑うなんて珍しいな」
俺がからかうと――。
ウガイは真面目な顔で言った。
「普通なら、我や貴様が何を言ったところであの連中は歯牙にも掛けぬ。この青いマントには、本当に威光があるのだと思ってな。すべては聖女様が、幼少の砌より心血を捧げて築き上げてきたものだ」
「……まあな」
俺は、育ちの悪い暴れ牛。
ウガイは、元奴隷の獣人。
貴族や金持ちからすれば、確かにゴミクズ同然だろう。
そんな俺達が『ホーリー・シールド』として一目も二目も置かれるのは、ひとえに聖女様の存在があればこそだ。
「――故にこそ、我らは戦う。そうだろう?」
ウガイが言う。
「まあな」
俺は肩をすくめた。
青いマントの威光は、まさに聖女様の威光だ。
間違っても、汚すわけにはいかない。
なぜならそれこそが、この聖国の光そのものであるからだ。
俺の希望そのものでもあるからだ。
あるいは、俺やウガイのように――。
惨めに生きてきた誰かの、道標ともなるのかも知れない。
明後日の対抗戦――。
負けることはできない。
そんな当然なことを、俺は今更ながらに実感した。




