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76 アンジェリカとぬいぐるみ



「うわぁ、おっきい……。すごいわね……」

「触ってみていいよ?」

「かわいいけど、大きすぎて、なんだか怖いわね……」

「ほらほら遠慮せずっ」

「う、うん……。じゃあ、ちょっとだけ……」

「どう?」

「思ったより硬いんだね……」

「立たせてるしね」

「そうよね……。でも、あ、優しく触ると柔らかくてあったかい……」

「でしょー」


 はい。


 アンジェに大きな犬のぬいぐるみを自慢していました。


 ここは私のお店。


 犬くんは座った姿勢で倒れないようにするため、中のわたが固めなんだよね。

 なのでクッションみたいに包み込む感じはない。


 でも表面の体毛は高級なシルクみたいになめらかで柔らかい。

 優しく触れると気持ちいいんだよね。


「この犬くんも私が作ったんだー」

「職人に頼んで作ってもらったんじゃなくて?」

「うん。私の手作り」


「……すごいわね。

 じゃあ、素材集めの旅は上手く行ったの?」


 犬くんにもたれかかって体毛に頬を埋めたまま、アンジェがたずねてくる。


「うん。バッチリ!」

「おめでとうっ!」

「ありがとー」

「冗談抜きで、素敵なお店だと思うわ」


 犬くんから頬を離して、ぴょんと身軽にアンジェが立ち上がる。


「えへへ」


 照れる。

 褒めてもらえるのは嬉しいね。


「棚に飾ってあるオルゴールとかランプもクウが作ったの? あと、この犬くん、なんか武器とか持ってるわよね? これも売り物なの?」

「そだよー。私が作りました」

「へー」


 アンジェが興味深そうに私の作ったアイテムたちを見ていく。


「ねえ、クウって魔術師なの?」

「なんで?」

「だってどう考えても、こんなの作れないよね、普通」


 確かに。


「私、実は精霊なんだ」

「精霊?」

「うん。人間じゃなくてゴメンね? 実は魔法の力で作ってるんだー」


 まあ、うん。

 相変わらず私の口は、風船みたいに軽い。


 秘密はどこにいったのか。


 でも他に言いようがない。

 普通に考えれば、11歳の女の子に作れるわけがないし。


 私の言葉を聞いたアンジェが、私の顔というか瞳を覗き込んでくる。


「ご、ごめんね……?」

「謝らなくたっていいでしょ、センシンなんだし」

「センシン、使っていくんだね」

「うん。わかった。なるほどねー。道理で、すごいわけだ」


 アンジェが納得した顔で、ウンウンとうなずく。


「わかってくれたんだ?」


「うん」

「ほんとに?」


 こんなにあっさりと?


「ほんとだってばー」

「ほんとーに?」


 真実で?


「あっさりって言うか、あれ、もしかして嘘だった?」

「ううん。本当だけど」

「ならいいでしょ」


 アンジェが肩をすくめる。


「いいならいいけど……」


 まあ、うん。


「クウは、冗談なんて言わないでしょ」

「いや言いますよ!? むしろやりますよ!? 私、お笑い系の精霊だよ!?」

「あ。え。うん。そうだったわね……」

「大事なとこだからね!?」


 忘れてもらっては困るよ!

 私の存在意義、アイデンティティーだから!


「でもどうして精霊がこんなところでお店を開いてるの? それに精霊ってこっちの世界にはいないんだよね? 実はいたの?」


「私だけ事情があってね。

 さらにいろいろあって、帝都で暮らすことになったんだー。

 だから、精霊は他にはいない――。

 ってことはないけど、あと1人しかいないよ」


「へえ。いるんだ……。

 じゃあ、やっぱり、私たちは精霊様に許されたんだ?

 この帝都は精霊様に祝福されたんだ? 

 え、てことは……。

 え。

 もしかして!

 え!?

 クウが祝福したの!?」


 アンジェが興奮した顔で、また顔を近づけてくる。


「わ、わたしじゃないけどね。あの祝福はアシス様の力なんだよ」

「創造神様の……?」

「うん。そう」

「スケールが大きすぎて全然わからないんだけど」

「で、ですよねえ……」


 とりあえず離す。

 そしてコホンと私は息をついた。


「でも安心してください。私にもわかりません」

「精霊なのに?」

「自分で言うのもなんだけど、私、あんまり頭がよくないみたいなのです」


 悲しいね!

 でも、実感することが多くてね!


 悲しいけど、最近は認めて楽になることもたまにあります。


「……そうね」


 アンジェがしみじみとうなずいた。


 う。


 納得された。

 なんだろか。

 それはそれで悲しい。


「ねえ、アンジェ」

「ん?」

「せめて少しくらい、そんなことないよ、って言ってもらえると、私としてはほんの少しだけ心が穏やかになるんだけど」

「でもだって事実なんでしょ?」

「う、うん……」


「ならしょうがないわよね?

 クウ、ノリと勢いで生きていそうだし。

 ……あ、でもそうよね!

 だからって別にバカってわけじゃないわよね!

 うん、そんなことないわよね!

 ないないっ!」


 しゃべりつつ、私の悲しみに気づいてくれたらしきアンジェが、途中から方向性を変えて慰めてくれた。


「……ありがとう。力が湧いてくるよ」


 その心遣い、胸に染みたよ。


「ねえ、じゃあ、せっかくだし、精霊の力で何か作ってよ?」

「今?」

「うん。私、見てみたい!」

「いいけど……。何を作ろうか?」


 店内を見渡す。


 あ。


 アレにしよう。


「ならさ、これ、作ってあげる」


 私は壁の棚に置いてあった、私のぬいぐるみを手に取る。


「うわぁ、それ、クウ? 可愛いっ!」

「へへー。可愛いよね、これ」

「うんうんっ!」

「というわけで、アンジェのぬいぐるみを作ってあげる」

「いいの!?」

「うん」


 では早速。

 アイテム欄から素材を取り出して。


 お約束でアンジェに驚かれたけど、精霊の力ってことで納得してくれた。


 ソウルスロットに技能「裁縫」をセット。


 精神集中。


 目の前にいるアンジェの、可愛いデフォルメ姿をイメージ。


「――生成、ぬいぐるみ」


 素材を光が包んで、5秒間待機。


「できあがりー」


 テーブルには、アンジェのぬいぐるみが完成していた。


「どう?」


 アンジェはポカンとしていて返事をくれない。

 何度かまばたきした後、ハッと我に返る。


「これ、私よね?」

「うん」

「可愛い……」

「可愛いねー」


 我ながらよくできた。


「うんっ! 可愛い! クウとおそろいで可愛い!」


 私のぬいぐるみと並べて置いてみた。

 うん。

 いいね。


「……ねえ、クウ。友達だね、この子たちも」

「そだねー」

「よくわからないけど、よくわかった! クウ、これからもよろしくね!」

「うん! よろしくー」


 両手を取られて、ぶんぶん振り回された。

 うん。

 いつもの元気なアンジェだ。


「ぬいぐるみはプレゼントするから、持って帰ってよ」

「いいの?」

「うん。私のぬいぐるみもあげる」

「ならさ、私のぬいぐるみをもうひとつ作ってよ。クウにも持っていてほしい」

「うん。わかった」


 言われて私はすぐに生成した。

 2セットのぬいぐるみをテーブルの上に並べる。

 うん。

 いいね。


 この後は、工房に行ったり2階に行ったり、私の部屋を見せてあげたりした。


 そんなこんなで楽しく過ごす内、あっという間に時間は過ぎる。


 空が赤く焼けてきた。


 お別れの時間だ。


「クウ、楽しかった! また会おうね!」

「そうだね。帝都にはいつまでいるの?」

「……残念だけど、陛下の演説会がおわったらすぐに帰るんだ。学校があるの。長く休むと成績に響くし」


 更に明日からは、挨拶回りや食事会があるとのことだった。

 自由に動ける時間はあるかわからないらしい。


「アンジェも大変だね。頑張ってね」

「うん。クウも」


 ぬいぐるみの入った袋を大切そうに抱えて、アンジェがお店から離れていく。

 宿まで送ろうと思ったけど、それは断られた。


「またねー!」


 最後に大きな声で私は手を振った。


「またねっ!」


 振り返ったアンジェが、私に負けない大きな声で手を振り返してくれる。


 やがてアンジェの姿は夕暮れの町に消えた。


 私は1人になる。


 妙に、寂しさを覚えた。




 だけどその感傷は、長くは続かなかった。



「うらやましや~。うらやましや~。ニンゲンと楽しそうでうらやましや~」


 白磁の美貌の精霊ゼノが、まるで幽霊みたいにうらめしそうな顔で、建物の陰からぬるりと現れた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] みんなのぬいぐるみを作って送りましょうか。 [一言] 私もふわふわしたいよ。
[良い点] アンジェたん、どこの柔軟剤使ってますの?ピュアクリーンなかわゆさ。 [一言] 冒頭ーー キャ───(*ノдノ)───ァ通報しなきゃ (読み進めた結果)……きっと読者の心が薄汚れてただけ…
2021/06/17 11:12 退会済み
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