756 聖女の声
叫んだ後、ユイはうなだれてつぶやいた。
「……私も行きたかった」
「行けばよかったのに」
「誘ってよー!」
「え。なんで?」
「え。なんで誘ってくれないの?」
「いやだって、ユイなら転移魔法も飛行魔法も使えるでしょ?」
余裕だよね。
「私、これでも聖女だよっ! 待っている人たちがいるのに、仕事を放り出して行けるわけないよねっ!」
ユイが叫ぶと、セラがしみじみと言った。
「先生は昨日の夜まで、一生懸命に患者さんを助けていました。本当に立派なお姿でわたくしは感服しました。だからこその聖女なのだと。正直、今のわたくしでは到底真似できません」
「……それはすごいことだと思うけど、私、関係ないよね?」
うん、完璧に。
「関係あるよねっ!? クウちゃんだけにくうなんだからっ!」
ユイが叫んだ。
ふむ。
意味がわからないね。
私はリトに目を向けた。
するとリトが、ため息交じりに肩をすくめて――。
「これだからクウちゃんさまは、馬鹿で無能でどうしようもないのです。ユイの言いたいことくらい察しろなのです。ユイは、つまりクウちゃんさまに誘われたから仕方なく断れず強制的に、連れて行かれたということで、患者を放り出して遊びに行く自分を正当化したかったのです」
「……いや、それ、けっこう最低だよね?」
いろいろな意味で。
「そもそもなんで8月のおわりなの!? クウは、私が8月は大忙しだって知ってたよね! 一ヶ月くらい延長させてよ!」
「無理。それだと、私の2学期が始まっちゃってるでしょ。ていうか、そもそも私たちの都合は関係ないよね」
「ふえーん! 私もナオの勇姿が見たかったのにー!」
ああもう面倒くさい!
蹴っ飛ばして大人しくさせてやろうか。
と思ったら――。
ケロリと泣き止んで、ユイはニコニコと言った。
「そうだ。早速、祝辞を出さないといけないよね。なんて言おうかなー」
「ねえ、ユイ。そんな昨日の今日でユイがおめでとうしたらさ、トリスティン王国から反感を買わない?」
「……そうだね。……それはそうか」
「ユイ個人としても聖国としても、それなりに中立性がないと、停戦の仲立ちが出来なくなるよね」
私がそう言うと、ユイがまじまじと私のことを見つめた。
「えっと。どしたの?」
「クウがそんな真面目なことを言うなんて――。もしかして、真っ赤に熟したキノコとか食べちゃった? 毒キノコだよ、それ」
「セラ、帰ろうか」
「うわーん! 冗談だってばー! 帰る前に、せめてナオの新生式典の話を詳しく聞かせてよー!」
「ユイもクウちゃんさまも、お茶でも飲んで落ち着くのです。リトが淹れてくるので大人しく待っているのです」
リトが、淹れたての緑茶に加えて、切った羊羹も出してくれた。
もぐもぐ。
ずずず。
聖国は、和の文化が根付いていて素晴らしいね。
気持ちも落ち着いたところで、昨日のことを詳しく話してあげた。
敵反応のあった相手をまとめてポイしたところから始めて、悪魔が出現したことに話が移るとユイに驚かれた。
「また出たんだ?」
「うん。また出たんだよー」
「……Gみたいだね。……どこからでも出てきて」
ユイがため息をついた。
それには私も同意する。
「ホントだねー。ホウ酸団子でもあればいいけど。勝手に食べて、勝手に消えてくれる的な」
「それ、研究してみる価値があるかもだね」
「ホウ酸団子?」
「うん。そう。悪魔がほしがるモノにさ、光の力を込めておいて、悪魔が触れたところで一気に開放する感じの罠」
「いいかもだねー」
ナイスアイデアな気がする。
帰ったらフラウとヒオリさんに相談してみよう。
「……でも、悪魔に届くほどの恨みを抱いている人がいたんですね。考えるとなんだか悲しいですね」
セラが言う。
言って、自分から言い直した。
「あ、いえ。戦争なんですから当然だとわかってはいます。獣人の人たちにとっては奪われたものを取り返しただけなんでしょうし。そういう悲しい連鎖が、なくなればいいなーとは思いますけど」
「だねー」
私は短く答えるに留めた。
ユイは返事をせず、静かにお茶を飲んでいた。
まあ、うん。
正直、私とユイは、セラが言ったようなことについては、かなりドライな考え方を持っている。
そんなのは無理だよね、と。
わざわざ口にはしないけど。
その後は、覚えている限り、ナオの演説を語って聞かせた。
ヤマスバ。
ハイカット。
これにはさすがのユイも疑って――。
「ねえ、クウ。もしかして、私たちをからかってる?」
なんて睨まれたけど――。
「残念ながら真実です。私、現地で吹きかけたもん。2回使われて、けっこう危なかったんだから」
「そっかー。ナオらしいと言えば、ナオらしいけど」
「だねー」
ちなみに話の間、セラは静かだった。
話がおわった後で、どうかしたのかと聞いてみると――。
セラは苦笑した。
「先生もクウちゃんもナオさんも、すごいなーと思って。わたくしと同い年なのに本当にすごいです」
あー。うん。
3人ともチートだからねえ。
ごめんよ。
「セラちゃんもすごいと思うよ。クウ、セラちゃんね、たった一ヶ月でそれなりに治療できるようになったよ。私が言ったことは、キチンとメモを取って夜にまとめているし。本当にすごいと思うよ」
「へー。そうなんだー。すごいね」
「……でも、まだ全然、先生の足元にも及びません」
「セラちゃん、少なくとも足元には及んでいるよ」
「そうでしょうか……」
「うん。大丈夫。昨日までの一ヶ月のことを忘れないで、あとは学院でしっかりと学んで将来に備えてね」
「はい」
ユイに力強く微笑まれて、セラはうなずいた。
考えるまでもなくセラは優秀だ。
私たち以外と比べれば、セラに匹敵する同年代なんて、それこそアンジェやスオナくらいしかいない。
卑下することなく、研鑽を重ねていってほしいものだ。
帰り際、セラはユイからお土産を貰った。
それは、神官の制服であり、神官の地位を示すペンダントであり、大聖堂から発行された神官の認定証だった。
セラが真摯に学んだ、その証だね。
「――先生。この一ヶ月、本当にお世話になりました。正直、辛くて逃げ出したいことも多かったですけど……。思い返してみれば、すべてが最高の記憶です。一緒に居られて幸せでした」
「また会おうね、セラちゃん」
「はい。先生」
「あはは。今日まではいいけど、次に会う時に先生は駄目だよ」
「はい。先生」
2人は固く握手を交わした。
なにしろ一ヶ月間、共に旅の中で暮らしたのだ。
いろいろなことがあったのだろう。
最後に抱き合った時、セラは泣いていた。
ユイは優しい顔で、そんなセラを受け止めていた。
私はつくづくと思った。
ユイはホント……。
こういう時には、ちゃんと聖女様に見えるのがすごいねえ……。




