755 セラとの再会
8月がおわった。
正直、瞬きするようなスピードでおわった。
今日は9月の1日。
夏季休暇は、あと10日しかない。
9月の11日からは、帝都中央学院の2学期が始まる。
まあ、うん。
後悔はない。
やりたいことは、きっちり、やった。
素晴らしい夏休みだった。
なによりナオの立派な姿を見ることができたのは嬉しかった。
ただ、うん。
レア素材探しは、まったくできなかった。
まだ10日もある!
と言えば、そうなんだけど……。
私の勘が確かならば、多分、のんびり旅に出ている余裕はない。
レア素材探しは、次の機会に頑張ろう。
さあ。
今日も朝から忙しいのだ。
今日は9月1日。
今日は一ヶ月の修行をおえて、セラが帝国へと帰還する日なのだ。
私がユイの家に迎えに行く。
この一ヶ月――。
私はあえて、ユイのところへは行かなかった。
セラの修行を邪魔しないためだ。
私が会いに行けば、セラは気を緩めてしまうかも知れない。
そう思ったのだ。
「じゃあ、行ってくるね。フラウ、お店はお願い」
「任せるのである。聖国でゆっくりしてくると良いのである」
「あはは。迎えに行くだけだから帝国にはすぐに帰るけどね。ただ、家に戻るのは遅くなるかも」
「了解なのである」
ヒオリさんは、今日はすでに学院に出かけた。
だけど家にはフラウがいるので安心だ。
もうすぐエミリーちゃんも来て、今日もお店は普通に営業する。
ふわふわ工房は快調です。
私は、出かけてばかりだけどねっ!
転移。
次の瞬間には、ユイの家に到着した。
さーて。
セラの顔を見るのも一ヶ月ぶりだ。
どんな感じになっているのか、楽しみだねー。
転移陣のある精霊の間を出て、廊下を歩いて階段から一階に降りる。
3人がいるのはリビングだ。
「やっほー。きたよー」
「どうぞー」
ユイの返事をもらってからリビングへのドアを開ける。
私は礼儀正しいのだ。
勝手に家には入っているけど。
リビングには、ユイとリトとセラの姿があった。
ユイは、いつも通りの聖女様の白い衣装。
白いケモ耳な人型のリトは、こちらもいつも通りの和風ちっくな白服。
セラは、ブラウスにスカート。
出かける時の見習い神官の衣装ではなかった。
私服だ。
修行はおわった、ということなのだろう。
久しぶりに見るセラは、随分と大人びて見えた。
魔力も上がっている。
それだけで、この一ヶ月、本当に頑張ってきたのだと理解できる。
「……く」
そんなセラが、小さく何かを言った。
「く?」
クウちゃん?
かな?
と思ったら――。
「クウちゃんだけに、くう! クウちゃんだけに、くう! クウちゃんだけに、くうううううう!」
拳を握って、目を閉じて、セラが叫んだ。
…………。
……。
えー。
ドン引きですね、これは。
それが私の正直な感想ですね、残念ながら。
いやだって、久しぶりに会って、最初の言葉がそれって。
「……ねえ、ユイ。これはどういうこと?」
「どういうことと言われても」
「いや、壊れてるよね、明らかに」
「と言われても……」
するとリトが言った。
「セラは毎日、その言葉を頼りに勇気と魔力を振り絞り、ユイの助手として多くの人を助けて来たのです。セラはやり遂げたのです。その程度の口癖は優しい目で許してやるのです」
「口癖って――。そんなのあるかぁ!」
いや、なんなのそれは、本当に。
私は呆れたけど――。
気を取り直して、セラのことを改めて見直した。
セラは、叫んだまま止まっていた。
いや、うん……。
正確に言うならば、なんか、ぶつぶつと……。
まだ、クウちゃんだけにくう、を密かに繰り返している……。
私はため息をついた。
なんだこれは。
ギャグかな。
ギャグなら別にいいんだけど。
まあ、いいや。
「――我、クウ・マイヤが世界に願う。我に力を与え給え」
発現せよ――。
集中せよ――。
開放せよ――。
必殺、究極回復魔法。
「エンシェント・ホーリーヒール」
天から降り注いだ光が柱となって、リビング全体を包み込んだ。
光が収まってから、私は改めて笑いかけた。
「久しぶり、セラ」
「え。あ……」
セラはぽかんとして私のことを見た後、
「クウちゃんっ! お久しぶりです! お元気でしたか?」
「うん。元気だよー。セラも元気そうだねー」
「はい! お陰様で無事に、一ヶ月を過ごすことができました。先生とリトさんには本当にお世話になりました」
先生とは、ユイのことなのだろう。
ともかく、素に戻ったね。
「ユイ、リト、この程度の症状、治してやりなよー。ホントに」
「え。あ。うん。病気だったんだね、それ……。てっきり、魔力アップのキーワードだと思ってたよ……」
「実際、問題はなかったのです。クウちゃんさまは自分を棚に上げて細かいことを気にし過ぎなのです」
まあ、いいや。
もう気にしないでおこう。
2人にはこの一ヶ月、セラがお世話になったわけだし。
「で、ユイ。今日はこれからどうするの? もうセラを連れて帰ってもいい?」
「セラちゃん自体の聖国での行事は、昨日で全部おわったよ」
「そかー」
なら帰ろうかな。
と思ったら。
「ねえ、クウ」
「ん? どうしたの、ユイ。真面目な顔しちゃって」
「昨日、行ってた?」
「どこに?」
「新獣王都」
「もちろん行ってたよー。ナオ、カッコよかったよー。もうなんかさ、ナオの演説には本当に心を打たれてねー」
いろいろな意味で。
ヤマスバ。
ハイカット。
私のツボに刺さる言葉もてんこ盛りだった。
するとユイが真顔のまま言った。
「クウ」
「ん?」
「私も言わせてもらうよ?」
「なにを?」
「クウちゃんだけに、くう! クウちゃんだけに、くう! クウちゃんだけに、くうううううう!」
拳を握って、目を閉じて、ユイが叫んだ。
「……あの。……なに?」
いや、ホントに。




