754 勇者の声
緊張が極限まで高まっている場面で、いきなりとんでもない不意打ちを食らった。
ナオさんや……。
なぜいきなり、ヤマスバなのですか……。
私は正直、むせて死にかけた。
ナオは話を続ける。
「ヤマスバとは、去年、聖国で行われた平和の英雄決定戦で、神の御使いである審判者マリーエが口にした言葉」
マリエよかったね!
なんか、獣人国にまで名前が知られているよ!
「その言葉を聞いた時、私は思った。
山は素晴らしい、と」
おお。
その通り。
まさにマリエも、その意味を込めて叫んだのだ。
ヤマスバ、と。
「山だけではない。
森も川も、すべての自然は素晴らしい。
我らは、自然と共にある者。
我らの父や母も、祖父も、その前を生きた者達も――。
皆、自然と共に在った。
だが、我々は一度、それを失った。
それだけではない。
大切な人々も。
私もまた、父を、母を、大切な人たちを亡くし――。
奴隷として生きてきた。
私は最後、生贄として谷底に落とされたが、運よく生き延びた。
だが、生き延びてから、私はカメだった」
たしかに。
甲羅、背負ってたよね。
カメの子として。
「背負った甲羅だけが私を守ってくれていた。
私はカメでいい。
甲羅さえあれば暖かいのだと。
そう思っていた」
きっと、竜の里での日々のことだね。
平和だったことは確かだ。
「だが、私の心は寒かった。
当たり前だ。
そこに、この雄大な大自然はなかったのだから。
それを気づかせてくれたのは――。
どんな空でも消えることのない、眩しく輝く青い星――。
1人の精霊だった。
私は精霊の導きで、再び、歩みを始めた」
もしかして、私のことだろうか。
青とか言っているし。
照れるねっ!
まあ、うん。
次の瞬間、ナオが真顔で――。
「ハイカット」
なんて、祈るものだから、また私はむせるところだったけど。
不意打ちはやめてね!
いやというか!
ナオはハイカットが「はい、カット」なの知っているよね!
ユイちゃんお別れ映像の撮影現場にいたよね!
知ってて真顔なの!?
すごいね!
なんていう私のツッコミは、もちろん、ナオには届かない。
ナオは話を続けた。
「我ら獣人は、自然と共に在る。
我らは一度、それを失ったが――。
今、私はここに、堂々たる態度で宣言しよう。
我らは取り戻したのだと。
我らは今、祖先の生きた場所に、祖先の眠る場所に。
我らが生きるべき場所に――。
帰ってきた。
我らは、帰ってきた」
会場は静まり返っていた。
誰もが真剣に、ナオの言葉に耳を傾けていた。
「ヤマスバ」
ナオが言う。
私は、またも不意打ちをモロに食らって――。
むせかけて、必死に口を押さえた。
「ハイカット」
連続攻撃はやめてお願い!
「私、ナオ・ダ・リムは――。
今、ここに――。
我らが女王、クナ・ド・ミの名代として、宣言する。
ド・ミ獣王国の新生を。
我らはこの場所に、帰ってきたのだ」
会場が爆発的な熱気に包まれるまでには、しばらくの時間を必要とした。
最初は静かに。
だけど、やがて、それは幾重もの波となって。
新獣王都を包んだ。
旗が振られて、国歌が鳴り響く。
それを見届けて、私は高度を上げた。
フラウが付いてくる。
「クウちゃん、もう帰るのであるか?」
「うん。帰ろっか」
「わかったのである」
ナオへの挨拶は、また後日でいいだろう。
今日はさすがに邪魔になる。
「って、あ。まだあいつらのことがあったよ。岩山に置いてきたままだった」
正直、感傷に浸って――。
今日はこのまま帰りたかったけど――。
そういうわけにはいかない。
郊外で待機していた風魔衆の小隊に声をかけて、引取をお願いする。
風魔衆の皆さんは、幸いにも私のことを知っていた。
なので話は早かった。
連れてきて引き渡す。
これで私の仕事は本当におわった。
私はフラウと共に、竜の里に転移魔法で戻った。
竜のみんなにナオの雄姿を伝える。
ナオは長い間、竜の里でカメの子として暮らしてきた。
みんな、ナオのことは心配していた。
話をすると喜んでくれた。
中にはメイドや執事になってナオのことを手伝ってやろうか、なんていう竜の人まで現れる始末だった。
それについては、まあ、一旦、保留にさせてもらった。
ナオが希望するならいいとは思うけど。
今のところ、ナオからそういう希望はなかったし。
その日は夜まで、竜の人たちとカメの子の話題で盛り上がった。




