753 新生宣言式
「ただいまー」
「おかえりなのである」
緑に満ちた新獣王都の上空でフラウと合流する。
眼下の広場には、すでに大勢の人々が、ド・ミ獣王国の新生の瞬間をこの目で見ようと集まっている。
獣王のシンボルである五本の牙を描いた旗が、あちこちに掲げられて、陽射しに輝いていた。
楽団の奏でる勇壮な音楽と人々の声が、空の上にまで届いてくる。
新獣王都は、沸騰寸前の熱気に包まれていた。
時刻は午前11時55分。
空は快晴。
私は敵感知と魔力感知を巡らせる。
うん。
大丈夫だね。
朝の大捕物の時に視線を伸ばして街道までちゃんと確認したから、新規で入り込んでいる輩はいない。
姿は見えないけど、風魔衆も影で頑張っているのだろう。
「いよいよであるな。カメの門出である」
「だねー」
私たちは姿を消して、高度を下げた。
広場に集まった人々の頭上20メートルくらいのところに陣取る。
今のところ、広場と丘の堺に設置された立派なステージに、ナオの姿はない。
正午。
奏でられていた音楽が止んだ。
合わせて人々のざわめきも、いくらか静かになる。
いよいよか。
空にふわふわと浮かんで気楽に見ているだけの私でも、なんだか緊張するくらいの張り詰めた空気感だ。
お。
ステージに、見覚えのある大柄な熊族の戦士が上がった。
以前、クナとナオの住む海辺の村に、銀狼王家の血筋を探して現れた男だ。
悪魔の攻撃で一度は倒れたけど、私が助けた。
たしか名前は――。
「獣王戦士団、副長ダイ・ダ・モンである!
これより、獣王家の正統なる血統者クナ・ド・ミ!
並びに、獣王戦士団、戦士長ナオ・ダ・リム!
両名が、丘の館を出られ、こちらに参られる!
皆!
精一杯の気持ちを込めて、出迎えるように!」
うおおおおおおおおおお!
うおおおおおおおおおお!
うおおおおおおおおおお!
ダイ・ダ・モンの振り上げた戦斧に合わせて、詰めかけた群衆が地鳴りのような雄叫びを上げた。
それはやがて、鳴り始めた太鼓のリズムに乗せて――。
おう!
おう!
おう!
という短い気合の声に変わる。
その声の中、クナとナオを中心として御旗を掲げた一団が丘の道をゆっくりと歩いて来る。
「ナオ、がんばれ……」
私はつぶやいていた。
御旗を先頭にしたその行進には、なんだかナオの今までの七難八苦が透けて見えるようだった。
きっと、ニナさんや、ナオのお父さんお母さん、お兄さんたち。
それに国の人たち――。
無惨に殺されていった人たちも、喜んでいることだろう。
「クウちゃん」
「うん。大丈夫、任せて」
見ていると――。
頭上に空間の揺らぎを感じた。
フラウも気づいたようだ。
私たちは、その場所にまで高度を上げた。
空間から何者かが現れようとしていた。
「……くふふふ。さて、まずは契約者の遺言を叶えるとしますか。この地を血で染めて最初の祝杯といきましょう。
その後は、くふふふ、好きにして良いとのことですし、この世界を恐怖と絶望で染めて楽しみましょうか」
悪魔だった。
まあ、うん。
さぞかしナオはヒト族からの恨みを買っていることだろう。
悪魔の召喚には多数の生贄と儀式が必要になるけど、強い強い念があれば召喚者の命だけで召喚されることもある。
この悪魔も、そうなのだろうか――。
それはわからない。
なぜなら――。
手下を引き連れて現れようとしたその悪魔は――。
「ぐ……。が……。バ、バカな……」
現れた瞬間――。
陽光が輝く青空の中、ひときわ眩い青い光の中に溶けて消えた。
私が『アストラル・ルーラー』で空間の歪ごと斬った。
悪いけど、知らない誰かの知らない恨みなんて、気にすることはできない。
式典の邪魔はさせない。
私たちは高度を下げて、再び式典の様子を眺めた。
その後は問題なく、クナの手を引いて、ナオがステージに上がった。
うん。
緑を基調にしたド・ミ国の礼装に身を包んだ立派な姿だ。
まだ12歳の少女なのに――。
すごい存在感で、何倍にも大きく見えるね。
まあ、うん。
それは気のせいではなく、実際に、光のオーラと闇のオーラがナオの体から出ている影響だけど。
ただ、ユイほどの出力ではないから、信奉されて大騒ぎ――。
ということにはならないだろう。
畏怖されて、同時に尊敬される。
その程度の話だ。
ナオたちがステージに上がり、大きな御旗が目の前でひらめくと、ひときわの大歓声が轟いた。
その後は静まる。
そして――。
楽団がド・ミ国の国歌を演奏する。
その曲を聞いて涙する人は多い。
演奏がおわって、再び熊男のダイ・ダ・モンが吠えた。
「てめぇら! いいか! いよいよだ!
いよいよ、今! ついに今日!
俺達の悲願が――。
ここに結実する!
これから語られるナオ様のお言葉を、絶対に忘れるんじゃねえぞ!
それこそが!
もう二度と折れやしねぇ、俺達の戦斧だぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
おおおおおおおおおおおおおおお!
ダイ・ダ・モンが再び振り上げた戦斧に合わせて――。
またも大歓声が起きた。
とどまることを知らないすごい熱気だ。
しかし、ナオ。
なんか最後の最後で更にハードルを上げられたけど――。
大丈夫なのだろうか。
実は緊張で倒れる寸前だったりしないだろうか。
ナオが前に出る。
ダイ・ダ・モンが脇に下がり、戦斧と共に頭を下げた。
合わせて再び会場は静まる。
私は息を呑んだ。
いよいよだ。
いよいよナオの、一世一代の晴れ舞台だ。
がんばれ。
緊張みなぎる空気の中――。
ナオが最初の一言を告げた。
「ヤマスバ」
と。
「ぶはっ! げほっげほっ!」
私はむせた。




