751 虎族との会話
「クウちゃん、こいつらを起こしてほしいのである」
「いいけど、どうするの?」
「伝言だけしておくのである」
フラウが巨大な黒い竜の姿へと戻った。
かつての闇の大精霊イスンニーナに娘として育てられた竜王種。
それがフラウだ。
あたりが黒竜の巨体の影に覆われる。
私は、倒れている全員の『昏睡』の魔法を解いた。
「ひ、ひぃぃ……。りゅ……。はう」
視線を持ち上げてフラウの本当の姿を見た虎族の男が――。
目を見開いて、目を回して、気絶した。
ばたん。
かわりに、魔法の解かれた大勢が意識を取り戻した。
いったい、ここはどこだ――。
と、驚く暇もなく、フラウいや闇の竜王フラウニールの威厳に満ちた竜としての声が岩の窪地に響いた。
「聞け。愚民共よ」
その低く響く声は、まるで地鳴りだった。
私も、「うおう」と思った。
なにしろ声に乗せた威圧だけで、肌が痺れて、髪が揺らめいた。
せっかく意識を取り戻した連中は、フラウの声と姿だけで一時的発狂のような状態になってしまった。
大半の人が硬直して、何人かは気絶して――。
意味不明に感情を噴出させる人もいた。
さすがは竜。
たいしたものだ。
ただ、それでは伝言もできない。
あと、うん。
愚民共……。
エリカんとこのバカ貴族を思い出すので勘弁してほしい言葉だ。
「フラウ、まずは私に任せて。フラウは、とりあえず、そうして立派な姿を見せてくれているだけで十分だから」
フラウの大きな前足を軽く叩いて私は笑った。
「わかったのである」
「ありがと」
了承をもらったところで、連中から魔法で恐怖を取り除く。
目をぱちくりとさせて――。
連中があらためて、そびえる黒竜の姿を見上げる。
またもビクッとするけど、今度は私の魔法もかかっているので、発狂することは免れたようだ。
「さて、新獣王国に挨拶をしに来たみなさん、こんにちは」
私は笑顔で言った。
返事はなかった。
「みなさんの計画は見事に失敗しました。おめでとう」
わー。
ぱちぱちぱち。
「そしてみなさんは、竜王の怒りを買ってしまいました。おめでとう」
わー。
ぱちぱちぱち。
「ちなみに大森林から来たみなさん、手を上げてください」
私は笑顔でたずねた。
すると手前にいた男が威圧的な態度を見せた。
「……おい、ガキ。ここはどこだ? 魔術か魔道具かしらねぇが、フザけたお遊びをしやがってタダじゃ済まねぇぞ。なにが竜だ。そんな超常の存在がこんなところにいるものか。幻覚だろうがよ」
なるほど。
目の前に竜がいても、冷静な状態であれば幻覚だと考えるわけか。
身を起こした男が私に掴みかかろうとする。
虎族の大男だ。
前に立たれると邪魔なので、蹴っ飛ばした。
「ぐはっ」
仲間たちのところにすっ飛んで、男は気絶した。
せっかく起こしてあげたのに。
ホント。
ヤダね。
安易に力で解決しようとするヒトって。
「えー。大森林から来たみなさーん、いませんかー? いないなら、一方的に伝言だけ伝えちゃいますねー」
すると今度は、奥にいた虎族の大男が立ち上がった。
「俺はゴウ・ザ。大森林から来た。今日はわざわざ遠出して、新獣王国の演説を聞きに来たわけだが、いったい、これは何だ? 俺達はどこにいる? おまえは誰で何をするつもりだ?」
顔立ちや物腰、まわりの虎族達の態度からして、このゴウ・ザという男がテロ集団のリーダーなのだろう。
ゴウ・ザがゆっくりと歩いて、私の前に立つ。
私の足がギリギリ届かない距離だ。
まあ、蹴ろうと思えば余裕で届くんだけど、もちろん蹴らない。
私は暴力女ではないのだ。
「だから言ったでしょー。貴方達の計画は失敗しました。ここは新獣王都から遠く離れた山岳地帯です」
「計画など何もないが?」
敵感知は、思いっきり強く反応している。
隙があれば、私を拘束するか殺すか、するつもりなのだろう。
「ならいいね。私たちは帰るから、君達も帰って、嘘つきの金虎王に今日のことを伝えてねー」
「……娘、我らが王を侮辱するか?」
「侮辱も何も本当のことでしょー。竜王に会ったとか精霊に認められたとか。そもそもここに本物の竜王がいて、知らないって言ってるよー」
私がそう言うと――。
ゴウ・ザは笑った。
「ふははは! 何を言い出すことかと思えば。確かに、その竜は本物なのだろう。どこから連れてきたかは知らんが――。だが、いくら本物の竜とて、我らがそんな戯言に惑わされるとでも思ったか?」
ふむ。
なにやらゴウ・ザには、妙に確信のある様子だ。
眼の前にフラウがいるのに断言するとは。
「知らないのなら教えてやろう。我らが金虎王は、去年、ザニデアの竜族と協力して攫われた姫君を救い出しているのだ。その時、ザニデアの竜王は、恐れ多くも我らが姫君を背に乗せて運んでくださった。それだけではなく、他の捕らわれていた者も竜の背にて大森林へと無事に帰還しているのだ」
「……なに、そのおとぎ話。そんなの、あるわけないでしょ」
私は呆れた。
いや、うん。
だって、ね。
竜の背に乗ってなんて、創作が過ぎる。
「ふははは! 底が知れたな! 貴様らの正体はわかるぞ! 昨今、大陸を惑わせている悪魔の一味だろう! 金虎王の彗眼、ここに有りといったところか。新獣王国の正体も見たり、だな!」
私の目の前で、ゴウ・ザという男が豪快に笑う。
久々に、ちゃんと正しい意味で!
クウちゃんだけにくううううう!
なぜか不思議なことに、今、弾劾されるべきテロリストに、この私が逆に笑われているのですがー!
と。
ここでフラウが、ふわっと幼女の姿に戻った。
「クウちゃん」
「どうしたの、フラウ?」
「こいつが今言ったことは、出来事としてだけなら事実なのである」
「え」
「クウちゃんが去年、助けた獣人の娘なのである。名前はノノ」
なるほど。
ふいにクウちゃんさま、すべてを思い出しましたよ。
そう言えばそうだった。
ザニデアで助けて、竜の背中で送り返した虎族の子がいたよ。
ノノだ。
大森林の金虎族の族長の娘だと言っていた。
つまり王の娘だったのか。
と、ここで。
やはりタイミングを図っていたようで――。
虎族の連中が一斉に武器を抜いて襲いかかってきた。




