75 アンジェリカと一緒
「ブリジットさん、今頃は何してるんだろうね」
「どうしたのいきなり?」
「アンジェの顔を見たら思い出した」
ブリジットさんは、Aランク冒険者ロックさんのパーティーメンバーで、寡黙で一流な水魔術師さんだ。
「アンタ、久しぶりの親友が目の前にいるのに失礼ね」
「親友なんだ?」
「そりゃそうでしょ? 一緒にコンテストで競って、一緒に人さらいの脅威をくぐり抜けたんだから」
「どちらかというと戦友のような?」
「戦友で親友?」
「合わせて、せんしん?」
「合わせるものなんだ?」
「なんとなく」
フィーリング的に。
「せんしんかぁ……。意味がわかんないわね」
アンジェが首を傾げる。
「専心とは、心を集中してなにかひとつに向き合うことである。そしてその間、経験値は倍増する」
ゲームではそうだった。
指輪につく付与効果であったんだよね、専心。
「倍増するんだ?」
「うん。私たちは経験値倍増コンビ」
「あ、前に、今度会ったら決めようって話してたもんね、コンビ名! 経験値倍増コンビがクウの希望なんだ?」
「ううん。さすがにそれはカッコ悪いと思うよ?」
「自分で言ったのにー」
「ふふっ! これを見よっ!」
むくれたアンジェにとっておきの芸を披露する。
いつもクールなメイドのシルエラさんすら打ち破った我が奥義!
「にくきゅうにゃ~ん」
両手を顔の横で猫の肉球みたいに丸めて、猫っぽく鳴くだけの、かつてナオから5点と言われた私の一発芸!
「……何、それ」
心底、シラけた顔で言われた。
あれ。
必勝のつもりだったけど。
おかしいね?
「ちなみに……。100点満点中の点数で今の気持ちを教えて?」
「5点ね」
「そ、そんなバカなぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
私はショックのあまり、その場で四つん這いに伏せた。
ナオと同じ点数なんて!
それじゃあまるで、シルエラさんをも笑わせた私の奥義が、本当に5点の価値しかないみたいになってしまうじゃないかー!
「そこまで落ち込まなくてもいいでしょ。そんなことくらいで」
「そ、そんなことって……。酷い……」
私の芸が……。
そんなこと扱いとは……。
「え。あ。ごめん」
泣ける。
「おもしろ……かったよ? うん、わかってきた! 面白い!」
「ほんと?」
もしかして、時間差攻撃だった?
「うん! ほんと!」
「ホントに?」
同情とかじゃなくて?
「ほんとう!」
「じゃあ、何点になった?」
真実を教えて?
「ご」
「ご?」
「ごじゅってん……?」
ふむ。
なかなかのものだ。
いいじゃないか。
うん。
ウケたのか!
ウケるよね!
知ってたし!
「なーんだ。もう、アンジェ、アレだね。やっぱりね、うん。じゃあ、もっと見せてあげるとしますか! 笑いすぎて死んじゃったらごめんね!?」
せっかくわかってくれたのだ。
ここはひとつ、フルコースを披露してあげますかー!
「あ、ねえ! そんなこと――じゃなくて! 私、帝都の見学がしたいの! 前に約束したでしょ案内してよっ、クウ!」
「そういえばそうだったね。うん、わかった」
今更だけど、私たちは広場にいた。
思いっきり衆目に晒されていた。
うん、私、ただでさえ目立つ空色の髪だしね。
その上で、四つん這いになって大きな声を上げていたしね。
「い、いこっか……。アンジェ……」
アンジェの手を取って、そそくさと広場を離れた。
「アンジェは1人で来たの?」
「まさか。クウじゃあるまいに。うしろにおじいちゃんがいるよ」
「そうなんだ」
広場を出たところで立ち止まって振り向く。
ニコニコと微笑む立派なローブを身にまとった老人がいた。
「もう、アンジェ、先に言ってよー!
す、すみませんっ!
あの私、アンジェの友達でクウって言います。
こんにちはっ!」
今更ながらちゃんとおじぎした。
「ふぉっふぉっふぉっ。アンジェリカからよく話は聞いているよ。わしは祖父のフォーンというものじゃ」
「えっと、偉い神官さんなんですよね?」
「偉いかどうかは知らぬが、アーレの町で働かせてもらっておるよ」
「やっぱり陛下の演説会で帝都に来たんですか?」
「そうじゃの。招待されての」
「おじいちゃんは偉いのよ。特別席の招待状が届いたんだから」
アンジェが誇らしげに胸を張った。
「すごいんだね。なら、アンジェも特別席なの?」
「うんっ! 当然っ!」
「そかー。私と一緒には見れないんだね」
「そうね……。あ、私、なら、クウと一緒に普通に見てもいいよ」
「ううん。それはいいよ。招待されて出ないのって、すごく失礼だよね? しかも相手は皇帝陛下なんだし」
「そうじゃのぉ。残念じゃが、クウちゃんの言う通りじゃな」
「そうよね……。うん、わかった」
「では、お邪魔であろうし、わしはしばらく神殿に行っておくかの。アンジェリカ、宿の場所は覚えているね?」
「うんっ! 平気っ!」
「夕方までには戻るんだよ。クウちゃん、孫をよろしくお願いします」
「はいっ」
午前中をかけて、アンジェをいろいろと案内して回った。
冒険者ギルドとか。
商業ギルドとか。
う、うん。
微妙。
私、帝都の名所とか、まったく知らなかったよ。
あらためて考えてみると、意外にも働いてばかりだったみたいだ。
アンジェは喜んでくれた。
冒険者ギルドの中に入った時は、見ていて面白くなるくらいに緊張していたけど。
それはそれで楽しかったそうだ。
今まで知らなかった世界を知ることができる。
見ることができる。
それが最高に楽しいらしい。
私も嬉しくなって、行く先々で一発芸を披露してあげた。
アンジェは喜んでくれた。
お昼は『陽気な白猫亭』で取ることにした。
おじさんたちの姫様ロールと姫様ドッグも食べてみたかったけど、正体がバレて騒ぎになると嫌なのでやめておいた。
陛下の演説会がおわって帝都が落ち着いたら、こっそりと買ってみよう。
ヒオリさんは、朝から市場調査に出ている。
今日1日をかけて、しっかりと帝都の相場を調べてくるそうだ。
ヒオリさん、時々めんどくさいけど、実はしっかりしているというか、かなり有能な人だよね、たぶん。
ともかく今日もお店は閉店。
まあ、仕方ないね。
「はーい、クウちゃん、今日のランチねっ! お友だちもどうぞっ!」
「ありがとー」
「今日は、最近話題の姫様ドッグだよ! 皇女様考案のパンなんだってー。それなりに辛いから気をつけて食べてね。無理そうならサービスで、パンとスープに替えてあげるから遠慮なく言ってね」
「うん。メアリーさん、いつもありがとー」
「いいのいいの、まいどありっ」
お皿には、真っ赤なソースのかかったホットドッグが置かれていた。
ソーセージと刻んだ野菜がたっぷり入っていた。
サイズは大きい。
フランスパンの半分くらいはある。
「……皇女様考案のパンって、すごいわね。……さすがは帝都ね」
「あはは」
ヒントをあげただけだけど、ごめんね、それは私です。
ともかく食べてみた。
感想は……。
「うぐっ!」
おじさん、あの時と変わらず、辛いよこれ!
いやあの時よりはマイルドになったけどさ!
でも辛すぎ!
と、私は思ったのだけど。
「おいしい……! この辛さが本当に、最高に肉とパンに合うわね……。うん、私、これかなり好きかも! さすがは皇女様ね!」
アンジェは美味しそうに食べている。
本気の笑顔だ。
お店を見れば、みんな、美味しい美味しいと言って食べている。
大好評のようだった。
この雰囲気で、合わないので交換してください。
とは、言い辛い……。
小心者の私にはとても無理だ。
頑張って食べた。
唇が、ひりひりになりました。
ひりひりの唇を水で癒やしつつ、アンジェにひとつ提案をしてみる。
「ねえ、アンジェ、コントをやってみない?」
「コントって何?」
「えっとね、2人で面白いことを言ったりやったりするの」
「私とクウで?」
「うん。私たちのコンビで」
「へえ、コンビか。いいわね」
「アンジェなら私のセンスがぴったり合うみたいだしさ。2人でにくきゅうにゃ~んを超えてみよう?」
「ごほっごほっ」
ここでアンジェがむせた。
辛いものを食べた後だし、しょうがないよね。
「……あの、クウ?」
「うん?」
「もしかしてコントって、私もアレをやるっていうこと?」
「アレって、私の必殺芸?」
「う、うん……」
「そそっ! それそれ! そうそう!」
さすがはアンジェ。
理解が早い!
「じゃあ、アンジェ! 決定でいいよねっ!?」
「あ、ダメっ!」
「ん?」
「私、あのね! その。魔術の勉強があるから、他のことは無理かも!」
「あー、そっかぁ」
「ごめん! ごめんね無理! 無理だからっ!」
「うん。わかった。アンジェ、魔術を頑張っているんだもんね」
残念。
「アンタと一緒に何かをやるのが嫌だってわけじゃないのよ? でも、その、アレは遠慮させてほしいかな、なんて」
芸の道は長く厳しいものだしね。
やむなし。




