745 ナオのお手伝い
「ナオ、おはよう」
「およはう、ソード。元気そうで何よりだ」
「うむ。ナオも元気そうでよかった」
8月13日。
朝。
今日は予定通り、獣王国のかつての王都、その中心。
かつて獣王の屋敷があった荒れ地に来た。
そこにはナオだけでなく、風魔衆と文官たちの姿があった。
なので古代の神子装束を身にまとって、白い仮面をつけて、ソード様として登場させてもらった。
ナオとは、気楽に挨拶したかったけど――。
なので口調も少し堅めにした。
ナオも今日は残念ながら、カメの子ではなくて、獣王国の若き将だ。
今日のナオは文官たちと共に、緑色を基調として黒でアクセントをつけた獣王国の制服を着ている。
いつもの脱力したナオではないのだ。
しゃべり方も含めて、全体的にキリリとしている。
引き締まっている。
まあ、うん。
今のナオには、今の態度の方が、むしろ「いつもの」なんだろうけど。
「それにしても、ナオ。建築資材が見当たらないが……」
私は荒れ地を見渡して言った。
今回は整地に加えて、獣王のお屋敷なんかも魔法で建てる予定だ。
資材は準備していてもらう予定だったけど……。
「実は予定に変更があった」
「というと?」
「私は、新獣王国は復興させるものと思っていた。なので当然、新王都は元の場所にと思っていた」
「だねー。だな」
いかん。
早くも私、お堅い口調に限界が来ておりますよっ!
「だが、文官たちから提言があった。トリスティンに荒らされきったこの地の復興には時間がかかりすぎると」
「あー。なるほどねー」
それはそうか。
だって、周囲は完全に荒れ地だ。
旧獣王国の旧王都は、緑と調和した自然の都だったと言うし。
「それで私は決めた。旧王都は保存区として、新王都はここから南にある緑の残る丘陵に作ろうと。ソードはどう思う?」
「いいんじゃない? たしかに、このあたりを緑豊かな土地にするのは、かなり時間がかかりそうだし」
「ところで、ソード」
「ん? なぁに?」
「今回は、新王都の建設に当たって、私の友である秘密のかしこい精霊さんが、特別に力を貸してくれることになっていた。皆にもそう説明した。だけど現れたのは何故か不思議なことにソードだった。ソードは、秘密のかしこい精霊さんの代理として来たと考えていいのか?」
ふむ。
なるほど。
私は、ナオのうしろにいる文官たちに目をむけた。
皆、真顔で直立している。
ここにいるということは、ナオの政治面での腹心たちなのだろう。
というか、うん。
思い出した。
そういえば最初から、文官も一緒に作業するって話だったよね。
あと、私は精霊さんとして来るんだったか。
「あー。実は、えっとねー」
私は仮面を外した。
ユーザーインターフェースの装備欄からいつもの精霊の服に戻した。
「というわけでっ!
本当はぁぁぁ! ソード様というのは、ウッソでぇぇぇぇす!
秘密のかしこい精霊さんでしたー。
わーい」
スカートと髪を翻して――。
くるっと回って、にくきゅうにゃーん。
我ながら完璧だ。
なんて可愛らしいんでしょう!
だけど反応はなかった。
ナオも文官たちも、真顔で立ったままだ。
こほん。
「ナオ。とりあえず現地を見せてよ」
「わかった」
「じゃあ、行こっか」
私は軽く浮かんだ。
ナオには銀魔法の重力操作をかけてあげようとしたけど――。
ナオは自力で浮き上がった。
ユイも愛用している光属性の飛行魔法『光の翼』だ。
さすがだね。
もうそこまで自力で習得しているのか。
「えっと、この人たちはどうする?」
必要があるなら私が魔法で浮かせるけど。
「皆は後から来るように」
ナオが文官たちに指示すると、みんな真顔でうなずいた。
ならばよし。
私はナオと2人、空を飛んで現地に向かった。
丘の上に降り立つ。
丘の上は草原だった。
脇には、すでに大量の木材が積まれている。
眼下には緑豊かな森が広がっていた。
「うん。いい場所だね」
「この場所に、獣王の館を建てたい」
「リョーカイ。建てるのは、後日でいいよね」
「いえす。まずは、新王都の設計図を文官たちが作ったから、それに合わせて整地をお願いしたい」
「けっこう有能な人たち?」
「うん。助かってる」
「そかー」
「獣人の中には、いい人に拾われて、高い教育を受けた者もいる」
「へー。トリスティンで?」
「ううん。リゼス聖国で」
「なるほどー。ユイのところかー」
それならわかる。
「ユイには頭が上がらない。感謝している」
「私は?」
「クウ?」
「うん」
「クウちゃんだけに?」
「うん」
いろいろしてあげたと思うけど。
「クウには期待している」
え。
来たの?
来てしまうの……?
キタイ、が。
私は咄嗟に、ナオから離れて身構えた。
緊張が走る。
走るけど、体はもう、熱く疼き始めていた……。
頭の中にはとっくに手拍子と、キタイ・キタイと繰り返す、ナオの無機質な声が響いていた。
と思ったら……。
「クウはこの世界を変えてくれる人。感謝というより、信仰の相手」
手を合わせて、拝まれた……。
「私は毎日、クウに拝んでいる」
「やめてねっ!?」
「クウちゃん正教を国教にしてもいいと思っている」
「普通に精霊神教にしておこうねっ!?」
「なむ」
「阿弥陀仏はいないよねこの異世界には! いるなら教えてね!?」
私が叫ぶと――。
ナオが相変わらずの真顔で、じーっと私のことを見つめた。
「ナイスツッコミ」
ナオが言う。
続けて、銀色の獣耳をピコピコとさせた。
うん、はい。
肩の力が、ガックリと抜けましたとも。
かないませんね。
さすがはナオ。
この最強のクウちゃんさまが認めた、芸ひとつでこの私を倒しうる、この世界で唯一の存在だ。
「もちろん、クウにも本当に感謝している。ありがとう」
「べつにいいですよー」
要求しておいて謙遜する私は、なんて立派な子なのだろうか!
「クウ」
「ん?」
「綺麗な王都を作りたい。お願いします」
「任せて」
バッチリ練習してきたしね。




