743 クウちゃんさまのお仕事
「クウバーガー」
「ぷっ」
食べかけの姫様ドッグを、私は思わず吐きかけた。
昼。
我が家の二階のテラスで、白いテーブルの白い椅子に座って、お兄さまとランチをしていた時のことだ。
お兄さまは仕事の話をするために来たんだけど――。
昼に来るというのでランチにも誘ったのだ。
まあ、ランチといっても、姫様ドッグに果実水だけなんだけども。
ともかく。
今のはさすがに不意打ちだった。
「……あの、お兄さま?」
「いや、なに。最近、帝都に近いアンヴィルという山際の町でな、急にそれが流行り始めたと聞いてな」
「へ、へえ……。そうなんですか……」
「クウバーガー」
お兄さまが、淡々とした声と顔で繰り返す。
「あのお……」
なにか言いたいことがあるのでしょうか。
私が、おそるおそる聞こうとすると――。
「名前が名前だけに、とても興味を引いてな。なんでも、ク・ウチャンという人物が考案して町での販売を許可したのだそうだ」
「もー! 私ですよー! わかってて言ってますよねー!」
「ク・ウチャンか?」
「そうです!」
他に誰がいると!
クウちゃんだけに、ク・ウチャンなのに!
「はっはっは! いや、済まない。わかってはいたが、あまりに安直だったので一応は確かめたくてな」
「まったくもう。やめてくださいよ」
唐突に言われると、さすがに恥ずかしいですよ。
「それで、クウバーガーとはどんなバーガーなのだ? アンヴィルのドワーフたちの間ですでに大人気だそうだが」
「あ、食べてみます? ありますよ」
「いただこう」
せっかくなので出してあげた。
クウバーガーとはパティの上にミートソースをたっぷりとかけた、とてもジューシーなハンバーガーだ。
ぶっちゃけ、モスバーガーの模倣品です。
「ソースがこぼれるので、袋からは出さないで食べてくださいね」
「わかった。これは美味そうだな」
「でしょー」
前世でも大人気だったしね。
私もいただこう!
ぱくり。
うーん、溢れるミートソースがたまりませんなっ!
お兄さまも大いに気に入ってくれたようだ。
黙々と食べおえて、静かに言った。
「見事だった。実に美味だった」
さすがと言うべきか、初めてなのに、お兄さまは口の周りを汚すことなく綺麗に食べきっていた。
「私が言うのもなんですけど、帝都でも買えるといいですね」
「クウバーガーか?」
「そうです」
「なるほど。おまえは、ク・ウチャンの考案したクウバーガーを帝都に広めたいというのだな」
「……すみません、前言は撤回します」
私、クウちゃんなので。
「はははっ! 安直な名前など付けるからだ」
「うー。そう言われると、その通りすぎて泣けますね。エリカリータがありなんだからありかなーと思ったんですけど」
「クウバーガーも、慣れてしまえば平気かも知れないがな」
それはエリカにも言われた気がする。
ただ、うん。
やはり冷静に考えてみると……。
恥ずかしい気がする……。
自分で積極的に広めるのは、やめておこう……。
広まっちゃった場合は、あきらめよう……。
クウバーガーが美味なのは確かだし、帝都で買えるのなら嬉しい。
さあ。
クウバーガーはともかく。
ランチの後は、本題だ。
「えっと、白騎士隊の装備の相談ですよね」
「ああ。受注してくれるのであれば、白騎士隊の武具50組をお願いしたい」
「50組ですか、かなりの量ですね。素材の質としては、どれくらいのレベルで考えているんですか?」
「白騎士隊は栄誉ある近衛隊だ。ミスリル配合でお願いしたい」
「割合は?」
「そうだな……。それについては君の方から、50組の製作を可能とする現実的な割合を提示してくれないか?」
聞かれて、私は考えた。
ミスリルインゴットは、ひとつで金貨100枚、約1000万円もする高価で貴重な素材だ。
普通なら、そんなに贅沢には使えない。
ただ相手は国だ。
純度50%で考えてみようか。
私なら純度100%でも作れるけど……。
純度100%のミスリル製品は、この世界では、とんでもなく希少で、とんでもなく高価なものなのだ。
以前、小さなアクセサリーを作っただけでも大騒ぎだった。
なのでやめておく。
ミスリルは、軽くて固くて魔力に親和性の高い万能の素材。
その分、加工が難しくて、ミスリル単体で武具や装飾品を作ることのできる職人は現在の大陸にはいない。
鉄を始めとする他の素材に溶かし込んで使うのが一般的なのだ。
純度50%のものであれば稀にダンジョンから出て、家宝レベルの価格で取引されることもあるそうだ。
熟達のドワーフ職人であれば、稀に作り上げる。
問題なし――。
とは言わないけど、許容の範囲だろう。
ミスリル50%ソードには、ミスリルインゴットが1つ必要。
ミスリル50%シールドにはミスリルインゴットが2つ必要。
ミスリル50%アーマーにはミスリルインゴットが4つ必要。
とりあえずは、これで1人分。
つまり、1人分の装備をミスリル50%で作るとすれば――。
必要なミスリルインゴットは7個。
ミスリルの価格だけで金貨700枚、約7000万円になる。
製作するとなれば他にも素材は必要になるので、実際の価格はさらに1割増しくらいにはなるけど。
すなわち、1人当たり金貨770枚か。
50人分なら金貨38500枚。
つまり、えっと……。
約39億円……。
私がまず、そのことを口にすると――。
お兄さまはしばらく考えた後で――。
「……制作代込みで、金貨12万枚。それで依頼は可能か? 無論、税金等の諸経費はすべてこちらで受け持つ前提だ」
「とんでもない金額ですよ?」
私としては、まずは仮定として話しただけだし。
「それで純度50%のミスリル装備が入手できるのであれば安いものだ。どうだろうか?」
私は完全に断られると思っていたけど……。
考えてみれば、帝国の国家プロジェクトなのか、白騎士隊の結成は。
それなら金貨12万枚なんて、ポンと出せちゃうのかー。
120億円なんだけど。
というか、制作費に81億円も出してくれるんだね。
魔法でパパッと作るだけなのに。
私、すごすぎるね……。
国家、おそるべしだね……。
ただ、そうなると……。
必要なミスリルインゴットは、何個?
7個を50人分。
350個か。
つまり、えっと……。
ミスリル鉱石が700個も必要になるのか。
う。
頭痛が……。
ふむ。
手持ちのミスリル鉱石は、わずか10個。
すっかり使い果たしている。
「んー」
私は考え込んだ。
「条件があれば提示してほしい」
「正直に言ってもいいですか?」
「無論だ」
「必要なミスリル鉱石を集めてくるのがメンドイです」
「なるほどな」
お兄さまが、にっこりと笑った。
私にはわかる。
怒った!
でも、メンドイものはメンドイ。
そもそもナオとの約束がある。
レア素材集めにも、まったく行けていないのだ。
「ちなみになのだが、クウ。ミスリル鉱石かミスリルインゴットをこちらで入手できれば、製作は引き受けてくれるのか?」
「それは引き受けますよー。ただ、商業ギルドで前に見たミスリルインゴットは品質が低かったので、手に入れるなら鉱石でお願いします。それなら私が最初から綺麗に加工できるので」
「わかった。大至急、帝国中の施設や鉱山からかき集めよう」
「……なんか、それ、すごい量が集まりそうですね」
「くくく。帝国の力を見せてやろう」
とりあえず、インゴット350個分で十分なことは伝えた。
まあ、うん。
とんでもない量だけど。
「ところで、大量受注ですし、少しまけましょうか?」
「クウ君、俺の知る限り、ミスリルを50%も配合して武具を確実に製作できる者は君を置いて他にはいない。こちらとしては提示した価格で引き受けてくれれば本当に有り難いと思うのだが」
「……その言い方、陛下とそっくりですよ」
私は顔をしかめた。
「はははっ! 褒め言葉と受け取っておこう。それで、どうかな」
うわー。
めっちゃわざとらしいイケメンスマイルが来ましたよ。
「まあ、いいですけど」
「よし。決まりだな。ありがとう。……あと、正直に言うとだな」
「なんですか?」
「高い金額を提示することで、高配合のミスリル装備がポンポン生み出される状況を無くしておきたいという意図もある」
「それは平気ですってー。わかってるから自重してるでしょー。そもそも50組も作らせようとしている人が言うことですかー?」
「はははっ! それはそうだな。だが、今回だけだ。許してくれ」
「まあ、わかりますけどね」
近衛兵と言えば、まさに国の顔となる存在だ。
しかもお兄さまにとっては、初の大きな仕事となる。
最大限に強化したいのはわかる。
「ただ、帝国に売るってことは、エリカとユイとナオのところにも売ることになりますからね、バランス的に」
喧嘩になっちゃうと嫌だけど、それについてはハッキリと言った。
幸いにもお兄さまは理解を示してくれた。
「ああ、異存はない。その点については理解しているつもりだ。ただ、それなりには加減してくれると嬉しいが」
「言われなくてもメンドイので、50組とかにはなりませんよ。今回だってお兄さまの初仕事だから引き受けただけです」
ということにしておこう。
でないと、さらに大変な依頼が来かねない。
「感謝する。確かに白騎士計画は俺の初仕事なのだ。俺の能力を示すためにも失敗は出来ないのだ」
私が文句を垂れると、お兄さまが深々と頭を下げてきた。
まったく。
最初の頃はツンキャラだったのに。
いつの間に、こんな処世術を身に着けたのか。
さすがにここまで率直に出られると、ふわふわな私ながらも、微力を尽くしてあげますかーとは思うのだった。




