74 姫様ロールと姫様ドッグ
追い出した後、ヒオリさんが大きな鳥の丸焼きを両手にぶらさげて帰ってきたのは日が暮れて夜になってからだった。
帰りが遅いので心配して私はお店で待っていた。
「おや、店長。まだお店を開いているのですか。商売熱心ですね」
そう言われたのでカチンときたけど、心配だから待っていたというのは恥ずかしいので商売熱心ということにしておいた。
何をしていたのか聞こうと思ったら、2羽の丸焼きと共に、どさりとカウンターに小袋を置かれた。
音からして重そうだ。
「こちら、しばらくの滞在費です。どうぞお収めください」
「滞在費?」
なんだろうと思って小袋を開いてみると、なんと金貨がたくさん入っていた。
「どうしたのこれ?」
「ご安心ください。盗んだものではありません」
「それはそうだろうけど……」
ヒオリさんが盗みを働く姿は想像できないし。
「実は就職活動が上手くいきまして。ちょうど人手不足だったようで以前と同じポジションに就くことができました」
「……それでこの大金を?」
金貨30枚はありそうだけど。
約300万円?
「はい。当座の生活費としてもらってきました」
「はぇー」
すごい。
「学校なんだよね? すごくない?」
「皇族も通う学院なので、すごいといえばすごいのかも知れません」
「もしかして、帝都中央学院?」
「はい。そこですが、ご存知の場所でしたか?」
知っていると言えば知っている。
セラとアンジェが来年から通う学校だ。
ヒオリさん、そこの教師になったのか。
「友達が2人、来年から通うんだよ、そこ」
「それは教え甲斐があります」
「うん。しっかり教えてあげて。でもあれだね。これだけお金があれば、もう住むところも借りられるね」
一応、ヒオリさん用の布団とかパジャマは作ったけど。
「そ、そんなご無体な! せめてしばし! せめてしばし! 某、店長のおそばにいたい一心でここまできたのです!」
「あ、うん、べつに出ていけってわけじゃないけどね」
「このお金はどうかお受け取りください」
「さすがにこんなにはいらないよー」
押し問答をした末、金貨10枚だけもらった。
約100万円。
これでもすごい金額だけどね。
「お店の方はどうだったのですか? お客さんは来ましたか?」
「ふっふー。来たよー!」
今日はよい一日だった。
リリアさんの紹介で新米冒険者くんが来てくれただけではなく、メアリーさんのお店でぬいぐるみを見た女の人たちが来てくれた。
さらに、通りがかりのお客さんも何人かお店に入ってきた。
ぬいぐるみがいくつか売れた。
一番の人気は私のぬいぐるみだった。
私、大人気。
あと、昨日助けた獣人のおじさんが、おばさんと共にお礼に来てくれた。
元気そうでよかった。
というわけで今日はちゃんと仕事になったのだ。
すばらしい。
でも、お店を売上だけで維持していこうと思ったら、ぜんぜん足りない。
深く考えていなかったけど、商売って大変だ。
私の場合は、すでに何万枚もの金貨があるし、そもそもいろいろと優遇されているみたいなので平気だけど。
「とりあえず夕食にしましょう。この丸焼き、おいしそうですよね。きっと皮はパリパリで中はもちもちです」
「そだね。私もお腹が空いたかも」
お店を閉めて、そのままお店のテーブルでヒオリさんとディナータイム。
メニューは大きな鳥の丸焼きx2。
だけでは栄養バランスが悪いので、野菜がたっぷりと入ったトルティーヤをアイテム欄から取り出した。
作りたてほやほやのままだ。
アイテム欄に入れておくと劣化しないのは実にありがたい。
鳥の丸焼きは、腿のところを一切れだけもらった。
あとはヒオリさんが豪快に貪っていく。
ぱくぱく。
しかし、商売かぁ……。
「どうされたのですか、店長?」
ちょっと悩んでいるとヒオリさんが横から顔を覗かせてきた。
「ん。ああ、いやーね。お店って大変だなぁって。私の場合は、アクセサリーを大宮殿に卸した収入があるから余裕だけど、普通にお店の売上だけでやろうと思ったらどうすればいいのかなーと思って」
「よくわかりませんが、アクセサリーの売上も立派なお店の売上ですよね?」
「んー。そうなのかなー」
「……アクセサリー、見たところお店に陳列はされていないようですが、お店では売らないのですか?」
「品質がよすぎるから自重してる。最初は並べてたんだけど、皇妃様に高級店にしかならないって言われてね。私は庶民のお店がいいし、在庫は全部、皇妃様が買ってくれたからそれで終了にしたんだー」
「ところで店長」
ヒオリさんが、急にあらたまった態度を取る。
「どしたの?」
「某、これまでにお店の状況についていろいろとお話を聞いてきましたが、アクセサリーの売上があるなど一言も聞いていませんでした」
「あ、えっと、アクセサリーはプレゼントしたものだし、お金はそのお礼でもらったものだったし、ね?」
「お店で売ったんですよね?」
「う、うん。売ったのもあるけど」
「ならば、売上として計上する必要があります。法律は遵守しておくべきです。それがいざという時に身を助けます。こう言っては失礼かと思いますが、某が思うに、ほんの少しだけ店長には緩いところがあり……」
くどくど。
ヒオリさんに説教されると、なんか悔しい。
だって、両手に鳥肉を持ってるんだよ?
しかも、口のまわりに油がべったりついている状態だし。
売上が金貨3万枚と聞いて目を回すほどに驚かれたけど、それもきちんと帳簿につけておくことになった。
あ、そういえばアイアンインゴットを売った収入もあるんだった。
完全に忘れていた。
「……でもこれ、税金、もしかしてすごいことになる?」
「いえ。このお店に税金はかかりません。単に報告するだけになると思います」
「そなんだ?」
「国営店なので」
「なるほど」
まったくわからないけど。
まあ、いいや。
税金がかからないのは素晴らしいことだ。
「とりあえず、任せていい?」
「はい、お任せください。すべて完璧に整えさせていただきます」
ヒオリさんが、とても嬉しそうにうなずいてくれた。
よかったよかった。
そうして、その日はおわった。
次の日は、大量のお金を見てニマニマしたり、家の全体の内装をいじったり商品を考えたりする内におわった。
その次の日は午前から帝都の散歩を楽しんだ。
ヒオリさんは価格の調査に出かけた。
なので散歩は、1人でのんびりとだ。
帝都はどんどん賑やかになっていく。
なにしろ今週末には陛下の大演説会があるのだ。
陛下の言葉を聞くために、あちこちからたくさんの人が訪れ、大通りなんて朝から人波ができている。
セラと町を歩いていた時に出会った甘味と激辛の2人のおじさんも、朝から中央広場で頑張っていた。
なんと2人の屋台には、行列が出来ていた。
姫様ロール。
姫様ドッグ。
というのぼりが、それぞれの屋台の脇に立てられていた。
「さーいらっしゃい! 姫様考案の姫様ロールはここだよ! 帝都に来たならこれを食わなきゃ始まらねぇ! よったよったー!」
「おっと、ヤローどもはこっちだぜー! 姫様考案の姫様ドッグ! 激辛こそが男の生きる道ってなもんだぜー!」
うわぁ。
なんか、お忍びの正体、思いっきりバレている。
しかも姫様のご利益を求めて、拝みつつ並んでいる人までいる。
いいのか、これ……。
まあ、おじさんたちも頑張っているようだし、いいか。
見なかったことにしよう。
なんか嬉しくもあるしね。
異世界に来て知り合った人たちが、元気にやっている姿を見るのは。
こっちに来てよかったって思える。
まあ、うん。
いろんな責任をセラにかぶせているのは申し訳ないけど。
そこは全力でサポートしよう。
罪滅ぼしだけじゃなくて、この世界でできた最初のお友だちとしてもね。
というわけで私は、朝の散歩を楽しんでいた。
平和で賑やかなのはいいね。
歩いているだけで、幸せな気持ちになる。
とはいえ、敵感知だけは忘れない。
先日のアンデッド騒ぎもある。
大演説会の前に、何か騒動がおきるかも知れない。
ユイが悪いわけではないと信じているけど。
ユイの信者が特に、今回の帝都での祝福について嫌悪しているようだし。
私はすでに帝都の住民だ。
無辜な被害を出させるつもりはない。
と、私が1人、静かに決意を固めていると――。
「クウっ!」
とびきり明るい声が横からかかった。
ほとんど同時に、声の主が勢いよく抱きついてくる。
「ひさしぶりね!」
「……え。……あ、うん」
赤い髪を朝の光にきらめかせ、満面の笑顔を浮かべるアンジェリカがそこにはいた。
とんがり山を目指して旅をしていた時、城郭都市アーレで友人となった同い年の女の子だ。
「何よ、その気のない返事! 久しぶりなのに!」
「あはは。いきなりでびっくりして」
「私もびっくりした! 帝都に来ていきなり会えるなんて! 嬉しいっ!」
アンジェ、変わらないね。
ホントに元気だ。
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