739 ネームド戦の行方
現れたのは――。
4本の腕を持つ、普通より2倍くらい大きなスケルトンだった。
兜に胸当て、肩当て、腰当てを身に着けて――。
腕にはそれぞれ剣を持っている。
騎士っぽい雰囲気のあるスケルトンだった。
なるほど。
と私は思った。
ここは、Fランクダンジョンの地下一階。
ネームドと言っても、大したことのない相手だ。
スケルトンとの大乱戦に勝ち残った先輩たちなら撃破は可能だろう。
最後の試練として丁度良さそうだ。
ただ、さすがに本能のまま大暴れではなく、パーティーの基本戦術を取ったほうがいい相手だ。
「マウンテン先輩、盾を」
私は近づいて言った。
私の言葉を聞いて、マウンテン先輩は小さく笑った。
「そうですね。次は、普通のパーティー戦ですね」
マウンテン先輩が大盾と剣に持ち替える。
「次というか、決戦よね」
ネスカ先輩が横に並ぶ。
「かまぁ!」
もちろんマンティス先輩もだ。
2人は、格闘と鎌のままだったけど――。
2人はそれでいいだろう。
「防御魔術をかけます」
私はワンドを掲げた。
オーバーパワーは厳禁だ。
十分に精神集中して――。
普通の水の魔術になるように注意して魔術をかけようとした。
と、その時だった。
「うおおおお!」
え。
パーティー『山嵐』のリーダーの青年が、ふらつきながらも勢いよくネームドスケルトンに一撃を与えてしまった。
騎士型のスケルトンから伸びた4本の赤い線が、それぞれ『山嵐』のメンバーにつながって、消える。
ネームドモンスターには専有権が発生する。
ダンジョンという異世界独特の、特殊な現象のひとつだ。
今、専有されてしまった。
これで私たちは手出しができない。
「やったぜ! わりぃな! ネームドはいただきだぜ!」
ふむ。
ネームドの専有権を知っていて狙ったのかな。
それなら私に言うことはない。
私たちの油断だ。
「君たち、大丈夫なのですか? 今なら間に合います。敵が動き出す前に逃げたほうがいいと思いますよ」
「はっ! ネームドは俺たちのモンだ! あきらめな!」
「……先輩、一旦、下がりましょうか」
マウンテン先輩の腕を軽く叩いて、私は言った。
「そうですね」
私たちは大人しく通路の付け根に戻った。
大広間で、『山嵐』と騎士型スケルトンとの激闘が始まった。
「ねえ、見ててもしょうがないし、私たちは外に出ましょうか」
「かまー」
「ふむ……。それは、そうですね……」
先輩たちの意見は放置ということでまとまりそうだ。
それはそうだと思う。
正直、私から見ても、もはや、彼らを心配する理由がない。
「ただ、もしかしたら、彼らから救援要請が出るかも知れません。一応はここに居てあげましょう」
「リョーカイ。相変わらず、ヤマちゃんは甘いわね」
「かま」
ネームドとの戦いには、専有権の他に救援要請という仕組みがある。
専有権を持っている人間が助けを求めれば、専有が解除されて、他の冒険者でも戦いに参加できるようになるのだ。
その場合、アイテムのドロップはなくなるけど。
結果として――。
救援要請が出されることはなかった。
「おっしゃぁぁぁぁぁ!」
リーダーの青年が剣を振り掲げて雄叫びを上げた。
勝利したのだ。
とはいえ代償は大きい。
雄叫びを上げたのはリーダーの青年ひとりで、あとの3人は、すでに意識を無くしていて倒れて動かない。
そのリーダーの青年も、全身が傷だらけだ。
盾を持っていた方の腕は、すでにだらりとして動いていないし。
リーダーの青年が仲間たちの様子に気づいた。
「おい! しっかりしろ! おい!」
片手で揺さぶるけど、仲間たちからの返事はない。
かすかに動いているので――。
重傷ながらも、まだ生きてはいるようだけど。
青年は助けを求めるように大広間を見渡して、私たちに気づいた。
「おい! おいー!」
よろめきながらも、必死の様子で青年がこちら来る。
私に用があるのだろうけど――。
私は動かなかった。
前にいる先輩たちも、じっとしていたし。
「おい……! 回復! 回復しろよ! 魔術で!」
青年が訴える。
「金ならある! 作れる! 銀貨4枚なんて余裕だぜ! ネームドを倒したからな! 早くしろよ! 早く!」
私につかみかかろうとする青年の前に――。
3人の先輩が立ちはだかった。
「かま。かまかま」
マンティス先輩!
ニンゲンに戻ってくださいっ!
「そもそも、ダンジョンや野外で赤の他人の別パーティーの水魔術師を使いたければ金貨1枚以上が相場よ」
そうなのか。
すみませんネスカ先輩、私も知りませんでした。
「はぁ!? どんだけボッタクる気だよ! たかが魔術で! いくらでも好きに使えるクセによ!」
「だったら使えばいいでしょ」
「使えねーから言ってんだろ! ふざけんなよ! ボンボンがよ!」
「……貴方のようなヒトがいるから水魔術師の冒険者が減って、ますます相場が上がっていくのよね」
ネスカ先輩がため息をついた。
ここでマウンテン先輩が、ずいと前に出た。
「スケルトンが大発生していた時、君たちは途中から戦うのをやめて休憩していましたよね。その上でネームドがポップすれば我々に確認することなく先取り。まずはそのマナー違反についての謝罪がほしいところですね」
「敵を取るのは早いもの勝ちだろうがよ! 常識だろ!」
彼らに計画性があったかどうかはわからない。
なにしろ雑魚湧きの時、途中から戦うのをやめたのは、純粋に疲れ切って動けなくなったからだろうし。
その上でチャンスが来たから――。
飛びついた。
若さ故の――、という成分も多分にあるのだろう。
「常識というなら、冒険者は自己責任。それが大原則です」
そもそも別パーティーに回復魔法を求めるのは、ゲームで狩りをしている時ですら非常識な行動だった。
どうしてもの時は、丁寧に丁寧に、本当に申し訳ないのですけど……と、伏してお願いをしたものだ……。
さて。
青年はどうするのだろうか。
覚えてろよ!
必ず復讐してやる!
と、でも叫んで、私たちを逆恨みして生きていくのだろうか。
まあ、うん。
ここで生き延びたとしても、その気性では、遠からず死ぬだろうけど――。
ただ、幸いにも敵感知は反応していない。
「さて。マイヤ君はどう思いますか?」
マウンテン先輩が私に意見を聞いた。
視線が合うと――。
マウンテン先輩は、無言で小さくうなずいて見せた。
まあ、うん。
帰らずにここに残っている時点で、最初からマウンテン先輩に彼らを見捨てるつもりはないのだ。
先輩たちが悪役となって厳しい言葉を投げつけた上で――。
勉強する機会を与えた上で――。
私を「優しい子」にさせるつもりなのだう。
ここで突然――。
青年が土下座した。
「頼む! 助けてくれ! 手に入れたアイテムは全部やるから! あいつらは俺の幼なじみで村から一緒に出てきて大切な仲間なんだ! こんなところで! まだ始まったばかりのところで死なせるわけにはいかねぇんだ! 頼む! 回復の魔術をあいつらにかけてやってくれ!」
「いくつか条件」
私は言った。
「なんだよ! 言ってくれ!」
「ここから無事に帰ることが出来たら、当分の間はダンジョンに来ないで下水道の仕事を頑張ること。その中で他の冒険者の人とよく話して、冒険者の常識をキチンと勉強すること。わかった?」
「……なあ、助けて、くれるのか?」
「言っとくけど、キミに頼まれたからじゃないからね? 私は正直、魔術を安物扱いするヒトに、もう魔術なんてかけたくないし。だけど、先輩たちが助けろって言うから、先輩たちの顔を立てて、助けてあげるだけ。先輩たちに、まずは、しっかりと感謝してもらえる?」
先輩たちを悪役にするわけにはいかない。
青年には十分に理解させた。
その上で助けた。
水の魔術を受けて、重傷だった3人が元気に身を起こす。
リーダーの傷も癒やした。
3人にもキチンとお礼はさせた。
その後は、さっさと地上に戻す。
最後は笑顔で見送った。
「今日はゆっくり休みなよー。それで明日から、また頑張って。無理せず一歩ずつ未来の英雄を目指すんだよー」
私は優しいので、根に持ったりはしないのだ。
彼らは、素直に帰っていった。
「……なんか疲れましたね」
私は肩の力を落とした。
「マイヤ君、ありがとうございました。彼らも懲りたようですし、次からはもう少し冷静に立ち回ることでしょう」
マウンテン先輩は、本当に人格者だねえ。
「ヤマちゃん、カマ、私たちはどうする?」
「かまー!」
「お、やる気ね、カマ」
「かまかまー!」
「私もそうね――。まだまだ敵をぶん殴って、ぶん投げたい気分かな」
ネスカ先輩とマンティス先輩は元気いっぱいだ。
「そうですね。まだ予定の時間にはなっていませんし、私たちはもう少し修行を積んでいきますか」
「おー!」
私も元気に拳を振り上げた。




